対談・講演記録

ダイアナ コー 常務理事 × 蛭田 絹子 養護教諭(法政大学中学高等学校)

対談・講演記録

性的マイノリティ・ダイバーシティ等における学校現場の現状と今後

ダイバーシティ推進に向けた現状と課題

コー:蛭田先生は昨年度、大学のダイバーシティ推進委員会の委員でいらっしゃいました。1回目の会議では「生徒には、LGBTQやダイバーシティ全般に対し、困っている人を助けるという意識ではなく、自分が当事者として関わってもらいたい」とおっしゃいました。

学校現場における生徒への意識づけや、先生自身のお考えをお聞かせください。

蛭田:中学校では、道徳の時間を活用するなど、取り組みが進み始めています。

2019年にはトランスジェンダーとしての自らの体験をもとにLGBTの若者たちの支援をされている遠藤まめたさんを招いて性的マイノリティについて講演会を行いました。生徒たちに「当事者意識を持ってほしい」と思ったきっかけもここにあります。当時、開催にあたり事前学習を行ったのですが、生徒たちは真剣に取組み、よく理解しているようでした。ただ、生徒たちの感想を読んだ時「自分とは違う特別な人には優しくしてあげよう」というニュアンスが根底に含まれているように感じ、それに違和感を覚えたのです。

このような「自分は普通、そしてそうではない特別な人がいる」という認識の表れの発端は、私自身が当時はまだLGBTQに対して特別な人という考えが根底にあったためではないかと反省しました。どんな人もみんなグラデーションの中の一つだと伝えきれていなかったのだと感じたのです。

コー:大学でも2016年からダイバーシティ推進に取り組んでいますが、LGBTQなど学生・教職員への理解や支援については若干遅れているように感じます。中学校・高校においてはいかがでしょうか。また課題などはありますか。

蛭田:残念ながら正直なところ中学校・高校での具体的な取り組みはそれほど進んでいません。

私自身は、学校として「みんな違ってみんないい」と個性を認め合えるような雰囲気・環境づくりをしていきたいと考えています。ジェンダーのことだけでなく、例えば発達の特性がある子どもたちにも、「変わっているから」「自分と違うから」といった目線で配慮するのではなくて、それぞれの個性を認め合えるような取り組みができるといいと思っています。

コー:発達障害などについて私も何度も研修を受けましたが、多様であることで一律の対応は難しいと思います。それぞれのニーズに応じて、具体的なサポートをあげた上で、先生のおしゃった通り、それぞれの個性を認め合えるような取り組みが必要だと思います。

先生は今年度からはHOSEI2030特設部会の男女共同参画推進チームのメンバーになられましたね。男女共同参画推進について先生ご自身の経験に基づいてお考えを伺えますか。

蛭田:私は両親ともに教員で共働きの家庭で育ったため、女性だから家庭に入らなくてはいけないという思いは一切持たずに生きてきました。

実際に、私も働きながら産休・育休を3度取得させていただきました。一定期間の休業をいただくことに対して「ご迷惑をおかけします」と頭を下げた際には、「みんな迷惑を掛け合って仕事をしているのだから、そんなの気にすることないよ!」と嬉しい言葉をかけてもらい、とても心強く温かい気持ちになったのです。また、育休を取得した先輩から、「子どもが小さい頃は早く帰らなくてはならず仕事をセーブしていたけれど、子育てが落ち着いた後に職場に恩返ししていければと思っている。」という話を伺い、ずっと心に残っていました。子育てが落ち着ききつつある今、私も同じ思いでおり、この経験をぜひ次の世代につなげていければと思っています。

現状として、産休育休をとる女性教員は増えつつあり、今年度は2名が取得しています。一方、男性教員の取得は開校以来、たった一名のみと伺っています。男性の取得率の低さはまだまだ課題と言えます。

しかし、結婚や出産もそれぞれの人生の選択。してもいいし、しなくてもいい。最も大切なのは、その選択をした人と周囲の人たちのためのサポート体制、誰もが働きやすい環境づくりなのではないでしょうか。

 

性的マイノリティ・ダイバーシティにおける現場での取り組み

コー:包摂的な環境づくり、性的マイノリティの学生の支援について、学校での取り組みはありますか。

蛭田:制服に関しては22年度から制服選択制が導入され、誰がどの制服を選んでもいいという環境が整いました。

現状として女子生徒の中でスラックスを選ぶ人は増えましたが、体が男子の生徒でスカートを履いているというケースは、なかなか目にすることはありません。しかし大切なのは、選択ができるということを学校側がきちんと示すこと。選ぶ人がいないからしなくていいのではなく、私たちの姿勢をきちんと伝えることが大切だと思います。

しかし、その他の面ではまだまだ取り組みが遅れています。私は今回大学のダイバーシティ宣言を聞いて感銘を受け、中学校・高校内の教員に共有し、性別の取扱いへの配慮などに可能な限り取り組めるよう声がけを行いました。すると、呼称を「さん」に統一する先生も増えるなど、成果が見られ始めたところです。

しかし学校のなかでのジェンダーバイアスは強く感じていて、特に部活や行事など男女分けの場面が多いことは否めません。明確なルールがないにもかかわらず、それが当たり前と化していたのです。

そこで取り組みとして、不必要な性別欄や男女分けはなくし、健康診断は男女一緒で行うようにしました。他にも部活動において、男子野球部に女子生徒の入部(マネージャーではなく選手として)が実現しており、今夏の活躍を新聞にも取り上げられました。

コー:ダイバーシティへの取り組みについてはいかがでしょうか。

蛭田:毎年、海外からの留学生が1~2名在籍しています。日本語がまだ堪能でなくても、他の生徒たちと同じように一部の日本語の授業を受けることもあります。

先日、性教育の授業を一緒に受けた際、留学生から「日本は遅れている。アメリカやシンガポールではもっと幼い時期に習う」という感想が出たと伺いました。そういった面でも組織的に形にしていくために力をいれていかなくてはならないと感じました。

 

ダイバーシティに関する高大連携の可能性

コー:ダイバーシティに関して高大連携でできる取り組みはありますでしょうか。

蛭田:実際に生徒からは「学ぶ場がほしい」という声があがっています。大学で専攻する生徒だけが学習するのでなく、高校生と大学生が一緒になって学びの場を得る機会を作ることが大切ではないでしょうか。それぞれの年齢における発達段階によって違う”気づき”を共有し合いながら学べる場を作りたいと考えています。

そのために、大学で開かれているDIVERSITY WEEKsなどのイベントに、付属高校生も参加できれば、同じような境遇の人たちと話ができたり、出会える場ができたりということにもつながるのではないかと可能性を感じています。

このような連携や交流をもって、ダイバーシティ推進や性的マイノリティの学生たちへのサポートに取り組んでいきたいと考えています。

コー:最後に、男女共同参画推進チームメンバーとして、抱負を聞かせてください。

蛭田:まずは私自身がきちんと学ぶところからだと感じています。これまで、私自身が無知であったことにより、困っている生徒たちへのサポートが欠けていたことがあったかもしれません。そして今もなお、そういった状況があると思います。そのためにもきちんと学び、学んだことを行動に移していくことが何よりも大切だと感じます。

男女共同参画においても、会議に参加して初めて知ることが多々ありました。得た知識を中学校・高校に持ち帰って共有し、皆で考え、学校を変える一歩にしていきたいと思っています。

蛭田絹子 法政大学中学高等学校 養護教諭

教員の両親の影響を受け、幼少期より教員を志す。大学では看護学を専攻し、養護教諭・看護師・保健師の資格を取得。卒業後、大学院に進学し、健康教育とヘルスプロモーションの理念に基づく大学生の健康管理について研究する。保健学修士号、養護教諭専修免許状取得。大学院生時代に精神科病棟と外科病棟で看護師としての勤務経験あり。

2002年より養護教諭として法政大学第一中・高等学校(現 法政大学中学高等学校)に勤務。医療の知識を生かして生徒の健康管理・健康教育に取り組んでいる。2022年「文部科学大臣優秀教職員表彰」を受賞。

また、高校時代は理系大学の付属校のため男女比5:1の学校生活を送り、大学時代は男女比1:49という環境を経験。そのような経験からジェンダーや男女共同参画に興味を持つ。