HOSEIブックレビュー

【第3回】生命科学部 杉山賢次 教授

教員の本棚から-人生を豊かにする本との出会い-

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第3回目は,生命科学部の杉山賢次教授よりご紹介いただきました。
なお,書名のリンクをクリックすると,本学図書館蔵書検索システムの書誌詳細画面に遷移します。

自分にとって読書とは

このコラムの執筆を依頼されたとき,何故か,小学校6年の時に学校参観日の学級会で「テレビと読書」について話し合ったことを思い出しました。当時,テレビの長時間視聴は生徒の学力低下につながるとして,大人たちの多くが批判的であったと記憶しています。テレビが大好きだった私は,テレビは見たいものが自動的にやってくるもの,本は自分から知りたいことを探しに行くもの,どちらが良いとか悪いとかいうものではないと子供なりに言い張ったことをいまでも覚えています。あれから40年たった今でも,とりあえず世間で流行っている物事を手軽に知りたいときは,テレビの情報番組やドラマをつけたままにしています。ただ最近は,良くも悪くもサービス精神旺盛な動画配信サービスの方がマンネリ化したテレビよりも楽しめることが多いです。

さて,本題の「読書」ですが,作者の用意した世界に飛び込み,自ら進んでいかなければ何も見えてきません。自分でページを捲らなければならないし,テレビのように次々と場面が変わることも,感情を揺さぶる音声や効果音もありません。でも好きな時に好きな場所で,マイペースで楽しめるのが良いところです。スマートフォンで電子書籍や動画を楽しむことも,よく似たプライベートな体験を提供してくれます。しかし,本を手にしたときに感じる厚みや重さ,装丁,紙の手触りや臭いは1冊ずつ異なっていて読書体験をより鮮明なものとしてくれます。

話は変わりますが,私の専門とする化学分野では,出版の電子化が急速に進み,学術雑誌はほぼ全てPDFファイルで提供されています。電子化の利点は,紙媒体とは比べ物にならない圧倒的なスピードと検索システムの利便性にあります。短時間で目的とする論文を入手し,好きな機材(PC,タブレット,スマホ等)を使って,文字の拡大・縮小も簡単,次々と読むことができます。しかし,このような論文を読む行為は単なる情報収集のための作業でしかありません。「読書」とは,文字を追いかけることではなく,まだ見ぬ世界に想像を膨らませ自由の世界に羽ばたくことができる至福の時を過ごすこと,人生を豊かにしてくれる体験なのだと思います。

自分自身の形成に影響を与えた本

今でこそ,読書体験は素晴らしいことと断言できますが,小学生の時は感想文が大嫌いで,読書の良い思い出は全くありません。しかもテレビに加えて家庭用ゲーム機が普及し始めた時期なので,自然と本から遠ざかっていたような気がします。はっきりした読書の記憶(良い記憶)は,中学生のとき読んだカール・セーガン(著)「COSMOS」です。今となっては科学的に古い内容も含まれていますが,宇宙論,天文学,惑星探索,人類誕生,さらには地球外生命体の可能性まで幅広い内容が記されています。宇宙とは混沌としたカオスではなく,秩序あるコスモスである,そして人類もコスモスの一員である以上,地球環境をどのように守りながら発展していくのかを考えるきっかけを与えてくれました。

自身の学術領域関連で読んで欲しい本

理系の話が出たところで,私が専門とする高分子化学の分野で皆さんにお薦めできる本はないかと探したのですが,細分化されマニアックなものばかりで,これといったものが見当たりません。そこで,ポピュラーサイエンスまで範囲を広げることにします。

まずは,ヴィジュアル系で,セオドア・グレイ(著)「世界で一番美しい元素図鑑」です。これまでに発見されている118個の元素のうち100個についてカラフルな写真とともに紹介されていて,写真集としても楽しめます。ちなみに,原子番号113の元素は,日本の研究グループが発見したニホニウム(Nh)です。

科学に関する物語として,スティーブン・ストロガッツ(著)「SYNC」は,タイトル通り「同期」をキーワードに,生物学的なホタルの明滅から始まり,脳波や睡眠,ヒトの行動,レーザー,コンピュータ,量子論,さらには惑星の運動まで,なぜスケールや分野を超えて秩序が自然に生じるのか,視点を変えて考えるきっかけを与えてくれます。

専門性が増しますが,J. R. Mohrig,W. C. Child, Jr.(著)「教養の化学 物質と人間社会」は,一般教養科目の教科書として書かれたものです。日本の教科書では見かけない,写真や挿絵が30年前のアメリカンな雰囲気を伝えています。それはさておき,第Ⅰ部では現代化学の基礎となる重要な事柄を網羅し,第Ⅱ部では日常生活における化成品や健康,エネルギーや資源・環境について述べています。まずは,気になった章から読み進めてもよいでしょう。

ここでは紹介しきれませんが,「ブルーバックス」シリーズは,自然科学からパズルまで理系的センスの良書が数多くそろっています。

未来を支える若者に読んでほしい本

科学以外の読書体験を振り返ると,「新潮文庫の100冊」は中高生のころにチャレンジし,名作の多くは読破しましたが,100冊には届かなかった記憶があります。それらの中で,芥川龍之介(著)「羅生門・鼻」は行動原理について考えさせられ,強く印象に残っています。

また,その頃読んだ本の中で最も好きだったのが,庄司薫(著)「赤頭巾ちゃん気をつけて」でした。物語の舞台は1969年2月9日,日比谷高校3年生,庄司薫クンの一日が当時の世相を背景に描かれています。正直なところ,時代背景は全く理解できないことばかりですが(1969年,私はよちよち歩き),若き主人公を通じて,理想と現実,生と死といった若者が経験する悩みについて,優しさをもって描かれていると思います。続編として,「白,黒,青」と色がタイトルに含まれる作品があり,4部作として若い10代の方々へお薦めします。

さて,生と死,善と悪は物語の普遍的なテーマであり,数多くの小説がありますが,ここでは長編小説2冊を紹介します。少し大げさかもしれませんが,どちらも気合を入れて読み始めないと,物語に飛び込んだと同時に溺れてしまうかもしれません。

まずは,ジョン・アーヴィング(著)「ホテル・ニューハンプシャー」です。登場人物はみな傷ついているものばかり,暴力と死が隣り合わせの過酷な現実のなかで物語は進行していきます。それでも読後に作者の優しいまなざしが感じられる作品です。

スティーブン・キング(著)「グリーンマイル」は,冤罪で死刑囚となった黒人男性が引き起こす奇跡を目の当たりにした看守の回想録として物語は進みます。作者はホラー小説家としてよく知られており,やや過激な表現を用いてダイレクトに感情を揺さぶってきます。読者は感情の起伏のなかで,生死感を見つめ直すことになります。

最後に,だいぶ趣が異なりますが,ミステリー小説から,独断と偏見で主人公(シリーズ名)を記します。主人公のキャラクター設定に感情移入できるかどうかが好き嫌いの分かれ目です。アーサー・コナン・ドイル(著)「シャーロック・ホームズ」モーリス・ルブラン(著)「アルセーヌ・ルパン」シリーズ,そして岡本綺堂(著)「半七捕物帳」シリーズは,言わずと知れた名作です。シリーズ物の場合,主人公が歳をとることは想定されていませんが,パトリシア・コーンウェル(著)「ケイ・スカーペッタ」シリーズは,主人公が年齢を重ね,悩みを抱えながら犯人と対決していく様を描くところに面白さがあります。そして,ダン・ブラウン(著)「ロバート・ラングドン」シリーズは,事実の中に少しの作り話を紛れ込ませると全体が真実のように思えてくるフィクションの王道を行く作品ですが,細かいことは考えず,エンターテイメントとしてワクワクドキドキ感を楽しんでみてはいかがでしょうか。