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【ライサポ】ライサポが聞く!図書館インタビュー 第5回 現代福祉学部 末武 康弘教授

  • 2021年12月21日
  • 新入生
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「大学に入ったころに図書館でこの専門書と訳書に出会えたということが自分の人生にとってはすごく大きかったですね」
現代福祉学部 教授 末武 康弘(すえたけ やすひろ)

 図書館学生ボランティアのライブラリーサポーターが、多摩キャンパスの先生方に本や図書館との関わりについてインタビューするシリーズ企画。今回は現代福祉学部教授の末武 康弘先生です。末武先生の専攻は臨床心理学、カウンセリング・心理療法で、実際にカウンセラーとして活動されているほか、カウンセリングに関する著書や訳書も多く手掛けられています。そんな末武先生が、本との関わりの中でカウンセリングの道を目指されるに至った経緯についてお話ししていただきました。また、カウンセリングを初めて知る学生へのおすすめ本や、これからの図書館に期待することについてもお聞きしました。

カウンセリングと本についてたくさんのお話をお聞きできました。(撮影時のみマスクを外しています)

1.来歴

——はじめに、先生がこれまでどんな活動をなさってきたのかをお話しいただけますか。

末武 専門は臨床心理学で、カウンセリングや心理療法、心理学的支援法という分野の専門です。
 最初、法政大学には市ヶ谷の文学部に赴任をしまして、そちらでカウンセリング関係の授業と教職課程の心理学関係の授業を5年ほど持っていました。2000年に現代福祉学部が出来まして、1年間は文学部と現代福祉学部を兼務するという形で、正式には2001年からこちらに赴任しました。それ以来、主に臨床心理学やカウンセリング、現在は心理学的支援法という科目を中心に担当しています。修士課程では公認心理師、臨床心理士資格取得のための科目を、博士後期課程では研究者の方の博士論文の指導を行っています。
 学外では、あるカウンセリングセンターの場所を借りて、一般の市民の方にカウンセリングサービスを三十数年行ってきています。

——臨床心理学やカウンセリングについてよく知らないのですが、もしよろしければ詳しく教えていただけますか。

末武 皆さんにとって一番近い活動領域は学生相談室かと思います。私も法政大学に来る以前は、幾つかの大学で学生相談室のカウンセラーなども兼務で務めていました。いわゆる病理的な疾病などは抱えていなくても、学業とか対人関係とか人生問題とか、人間誰でも心理的に悩んだり苦しんだりはしますので、そういう方達の手助け、主にカウンセリングです。
 大学の外では、主治医のドクターから紹介をされた鬱や不安障害といったなんらかの病理や疾病を抱えた方たちの心理療法を行っています。

2.学生時代の図書館利用について

——次に、先生が学生時代に図書館をどう利用してらっしゃったのかをお聞きしたいです。

末武 大学に入る少し前は、私自身、人生どう進んだらいいかということに悩んだり苦しんだりしている子どもでしたので、ヘルマン・ヘッセ『車輪の下』とか、武者小路実篤さんとか、倉田百三さんとかね、一見無垢で善良な……と本人が思っているだけかもしれませんが、そういう人間が社会的な葛藤とか軋轢によって苦しんだり挫折したり、そういうテーマの文学作品を好んで読んでいました。また、私は長崎県佐世保市の出身なのですが、同郷の村上龍さん『限りなく透明に近いブルー』でデビューされたのですが、父親同士が田舎の教員仲間でちょっと知り合いだったこともあって、非常に刺激を受けて、村上作品も読むようになりました。
 大学に入ってからお世話になったのは、そういった文芸作品よりもいわゆる専門書ですね。中央図書館に行けばいろんな分野の専門書が所蔵されていて、かなり広く読めるということが入学してすぐ分かりました。近くの学生宿舎にみんな住んでいたわけですが、なかなか暇も時間も持て余しますので、本を読むだけではなくて、友達と会ったり駄弁ったりつるんだりするような時間も含めて、図書館で過ごす時間はかなり長かったですね。

——学生時代は図書館をかなり利用されていたんですね。

末武 そうですね。一つの居場所のような感じですかね。

3.学生時代に読んだ、印象に残った本

——そのころに読んだ本で、印象に残った、こんな本読んだなぁというのはありますか。

末武 大学に入る前後で、私の専門を決める手がかりになったのは、友田不二男先生『教育公害へのアプローチ』という本です。友田先生は日本にカウンセリングを紹介して広めた先駆者なんですが、この友田先生が教育大学の関係者だったということもあって、私は筑波大学に進学したんですね。ただ残念ながらこの本は筑波の中央図書館には確か所蔵されていなかったので、自分で購入して読んでいた覚えがあります。
 ただ、友田先生が紹介したカール・ロジャーズという世界的に有名なカウンセリングを広めた方の訳書は、『臨床心理學』という本で、その後ロジャーズ選集、ロジャーズ全集という形で何回も繰り返し新しい訳が出ていまして、その全てが図書館には揃っていました。選集は8巻、全集に至っては全23巻ありまして、自分ではとても揃えられない量と金額でしたので、図書館はありがたかったですね。田舎では本屋さんでせいぜい文庫本や単行本を探すくらいしかできませんでしたので、大学図書館の専門書の所蔵に非常に感動した覚えがあります。

末武 同時に原著『Counseling and psychotherapy』も入っていました。カウンセリングの実際場面とかやりとりを録音した逐語記録が公開された最初の本で、カウンセリングとは一体どういう風なやり取りが行われているのかを最初に知らしめたという位置づけの本ですね。 原著も1、2年生では読めませんでしたが、借りてコピーをして書き込みをしたりしました。偶然のことですけれども、2005年に私も訳者の一人となって、この本についての新しい訳書『カウンセリングと心理療法 : 実践のための新しい概念』を出せることになりました。大学に入ったころに図書館でこの専門書と訳書に出会えたということが自分の人生にとってはすごく大きかったですね。

末武 カール・ロジャーズのお弟子さんに、ローガン・J・ファックスというアメリカの研究者がいまして、今の茨城キリスト教大学の前身のシオン学園という学校の創設者の一人として来日されたんですね。講演会で友田先生と知り合って、その二人のタッグでのワークショップや講演会などがあちらこちらで展開されて、日本にカウンセリングが広まっていきました。
 1999年にローガン先生が茨城キリスト教大学のある茨城県日立市の名誉市民を贈呈されるということで、久しぶりに来日されて、私が一日ドライバーを務めて、友田先生のところとか、講演会場とかいろいろお連れしたんですね。その時にローガン先生が、法政の岡崎昇先生は私の助手だったんですよとおっしゃって、とてもびっくりしました。その岡崎 先生という方は、法政の私の前任者なんです。岡崎先生が文学部の教育学科心理学コースでカウンセリングの授業をお持ちで、それを引き継ぐ形でした。
本やローガン先生との接触がなければそういうことは知りえなかったかもしれないので、とても不思議な感じがします。

——不思議なつながりですね。友田先生のことをお知りになったのはいつ頃ですか。何かお読みになられたのでしょうか。

末武 父親が教員としての定年に近づいた頃に、カウンセリングの勉強をしていたみたいなんですね。友田先生の『教育公害へのアプローチ』という本が偶然うちの書斎にあって、『車輪の下』なんかに共鳴していましたので、このタイトルがすごい引っ掛かったんですね。教育を公害だと思っている人がいるんだと。それで父親に「これちょっと借りていいか」と、借りて読んだのが最初のきっかけでした。

——その本をお読みになるまでは、大学でどういう学問分野を学ぼうか迷われていたのでしょうか。

末武 もうまったく心理学用語でいうとアイデンティティ拡散状態ですね。音楽、スポーツ、哲学、心理学、教育学、何をやればいいのかさっぱり分からなかった。どれをやれば満足できるのか、一人前になれるのかな、たぶん満足できないし一人前になれないだろうなと、そういう気持ちが圧倒的に強かったですね。

——友田先生のご著書やロジャーズ、臨床心理学との出会いの積み重ねの中で、アイデンティティの、青年期の危機を徐々に抜け出せたんでしょうか。

末武 そうですね。すぐにではなかったですけれど……。最初は『教育公害へのアプローチ』を全て理解できたわけではなかったですが、「ここには何かがあるんじゃないか」みたいな感覚がありました。筑波大学がどういうところか分からないけれど、九州からずいぶん離れちゃうけれど、もうとにかくここを受けてみようと。その後ロジャーズの本と出会ったり、「これだ」というひらめきがあったりしました。

おすすめ本をお持ちいただきました。

4.学生へのおすすめ本

——今日は何冊か本を持ってきていただいているのですが、そちらの本は何でしょうか。

末武 こちらは、『西の魔女が死んだ』が有名な梨木香歩さんの本で、『沼地のある森を抜けて』というちょっと変わったお話です。これは主人公が親戚からもらった「ぬかどこ」がどうもおかしくて、そこから卵が生まれて、不気味な人やら幽霊のようなものやらが登場してくるという摩訶不思議なお話なんです。その「ぬかどこ」をくれた親戚のルーツを探っていくと非常に壮大な歴史と物語があって、その中に主人公の久美ちゃんが入っていくんです。
 『西の魔女が死んだ』でもそうですけれど、梨木さんはほとんど同じだけれども全く同じではない、微妙に異なる連綿とした反復が生命とか歴史とか文化の姿であるという、そういう捉え方をされていて、非常にカウンセリングやセラピー、心理療法とも近いんですね。
 あと、梨木さんの書かれる主人公は、ある感触をつかんでその方向に進んでいくんです。行かざるを得なくなっちゃう、その中で突然はっとひらめきとか気付きを得て、その気づきが確かなものであるかを探求していって、いろんなことがつながってきて、やっぱりそうだったのかと発見をしていくんです。そういうプロセスがカウンセリングで自己発見とか自己治癒をしていくプロセスと非常に近いんですね。そういうことで多くの人に是非読んでもらいたいなと思って今日は持ってきました。

——なんだか壮大な感じで面白そうですね。

末武 そうですね。個人史がその親族とか地域とかその地方の連綿たる歴史に実はつながっているんだという話で、ある種の謎解き物語、自己発見物語、そういう話です。

——もう一冊の本もおすすめ本として持ってきていただいた本でしょうか。

末武 最相葉月さん『セラピスト』は臨床心理の世界を知っていただくために。最相さんはカウンセリングに対して「何そのいかがわしいの、疑わしいでしょう」というスタンスで勉強を始められて、「いや結構すごいじゃん」という形で描かれたものなので、我々の専門の世界を広く知っていただくとっかかりとしておすすめです。ノンフィクションの小説で、事実を深く掘り下げて書かれているんですけど、その中にカール・ロジャーズも、その紹介者の友田不二男先生の名前も出てくるんです。

5.図書館の今後について

——いま先生が図書館について「もっとこうなったら良いのに」というお考えがあればお聞かせいただけないでしょうか。

末武 電子化が進んできましたし、今後もそれは一層便利になると思います。その面では、図書館に足を運ばなくてもサービスを受けられるというのは、特にこういうコロナの状況ですと、すごく大きいですよね。文献のPDF化も含めて、電子化のサービスをより一層進めて頂ければと思います。
 その一方で、電子化が進めば進むほど、逆に図書館に直に足を運んで得られる魅力が今まで以上に増すと良いんじゃないかと思います。私の大学時代は電子的な情報は全くない時代でしたので、本や論文はカード目録で全部探して「あったあった」とか言って。それこそ地下書庫に行って、借りて……という時代でした。あれはあれで楽しかったんですよね。ですので、図書館に来てそこで探したり、受付で何か尋ねたりして、こういう資料があるんだとか、こういう探し方があるんだというような発見と言いますか、宝探しと言いますか、玉手箱と言いますか、何かそういうものがあるといいなと思います。
 時々教員方のとか、作家の方とかの館内展示が行われていますよね。ああいったものも、なかなか足を運ばないと手に取ってみられないでしょうし、「この先生、こういう作品を書いておられるんだ」とか、「楽しみ」があるといいと思います。

あと地域の方も、よく図書館にいらして利用されていたみたいなんですね。ですので、地域の方向けの企画展とか地域と関連するような情報みたいなものがあるといいかもしれませんね。全然関係のない学生さんたちが来ても、「八王子ってこうなんだ」とか「相原はこうなんだ」というようなことを知るきっかけになるかもしれないですね。コロナが明けたら、地域の方との文化交流とか地域を活性化するみたいな企画展があっても良いのではないかと思います。

——本日はありがとうございました。