教員紹介(2016年度)

文学の基礎を教えながら、学生の創作活動をサポート 文学部日本文学科 教授 田中 和生

  • 2016年08月23日
教員紹介(2016年度)

プロフィール

文学部日本文学科 教授 田中 和生

文学部日本文学科
教授 田中 和生(Kazuo Tanaka)

1974年富山県生まれ。慶應義塾大学経済学部および文学部卒業。在学時から『三田文学』の編集に携わり、2000年に「欠落を生きる――江藤淳論」を発表、第7回三田文学新人賞(評論部門)を受賞。2007年より法政大学文学部の専任講師を務め、2009年には准教授、2015年に教授。現在に至る。教育活動と並行して、毎日新聞で文芸時評を担当。文芸評論家としても活躍中。

学生の創作意欲を応援し新しい作品を生み出す手助けをしたい

文芸の世界で生きようと決めた理由

大学時代に出入りして、仕事を手伝っていた三田文学の編集室にて。右奥は当時の三田文学編集長

大学時代に出入りして、仕事を手伝っていた三田文学の編集室にて。右奥は当時の三田文学編集長

文芸評論家として活動しながら、日本文学科の「文芸コース」で創作を志す学生たちを指導しています。創作活動の現場に立ち会い、多くのフレッシュな作品を読める機会はありがたく、私自身教えられることも多いですね。

文学に携わる道を歩み出したのは大学時代から。でも、順風満帆ではありませんでした。慶應義塾大学(以下、慶應)の経済学部に進学したものの経済には興味が持てず、学内にあった文芸雑誌『三田文学』の編集部に出入りして、作家と交流したり、作品を読みふけったりしていました。

生き方が不器用なのか不真面目なのか、希望していた出版社への就職も大学院進学にも失敗し、崖っぷちに立たされた気分で暗中模索する日々を送っていたころ、衝撃的な出来事が起こりました。第一線の文芸評論家として活躍し、三田文学会理事長だった江藤淳氏が自死したのです。文学と人の生死について改めて考え、江藤氏を題材に初めての評論作品「欠落を生きる―江藤淳論」を書き上げました。その作品で三田文学新人賞をいただき、今へとつながる道が開けました。私の原点です。

創作は特別な人しかできないわけではなく、いい作品を生み出せる可能性は誰にでもある――。それが私の持論です。しかし、書いている最中は楽しいことばかりではなく、ずっと書き続けられるかどうかは別の話です。学生のうちはともかく、社会に出たら休止せざるを得ないこともあるでしょう。でも、私自身がそうだったように、何もかもうまくいかない状態でも、いつでもどこでも創作ははじめられます。だから、教え子たちが卒業するときには「創作に卒業はないので、見せたい作品があったらいつでも送っておいで」と声を掛けて送り出しています。

落語に親しみ子育てを楽しむ

年に2度ほど子どもを連れていく、長野県の野沢温泉スキー場

年に2度ほど子どもを連れていく、長野県の野沢温泉スキー場

 落語を聞くのが好きで、大学生のころから演芸場に足を運んでいました。偶然で落語家の柳家喜多八師匠と知り合い、残念ながら先ごろ亡くなりましたが、親しくさせてもらっていました。

語りでいくつもの役を演じ分け、物語に人を引き込んでいく落語は、創作に通じるものがあって興味深いです。「よく知られた古典作品も、話し手である落語家が登場人物を理解し、共感していないと面白くならない」といった話を伺うと興味深いし、創作活動も同じだなと感じます。

家族が増えてからは、3人の子どもたちを連れて、虫取りやミニキャンプに行くなど、アウトドアで自然に触れることが多くなりました。スキーを再開したりキャンプ用のスモーカーで、自己流の薫製づくりも楽しんでいます。塩漬けした肉を1週間ほど酒に漬け込んだベーコンや、水気を切った豆腐、かに風味かまぼこなどの変わり種も、いい酒のつまみになるんですよ。

法政のキャンパスでしか得られないものを大切に

卒業後も創作をつづけている、卒業生の結婚式にて。2016年5月ごろ

卒業後も創作をつづけている、卒業生の結婚式にて。2016年5月ごろ

 学生時代はESS(English Speaking Society)サークルに所属して、英語劇をやっていました。ただ、せりふを話す俳優ではなく、音響などの裏方を担当していたので、英語は一向に上達しませんでしたけど(笑)。

法政大学の学生を見ていると、自分が目立つことより、周りを見て、困っている人がいたら助けになろうとするような印象があります。そうした感度は生かしながら、法政のキャンパスにいるからこそ得られることを、たくさん経験して吸収してほしいと思います。

いいお手本になるのが、法政大学の卒業生である吉田修一氏が毎日新聞に掲載した連載小説で、後に映画化もされた『横道世之介』です。法大を舞台とした青春群像劇だけあって、登場人物たちが法政らしさを体現しているので、新入生にも一読を勧めています。法政で過ごした日々が、やがて人の心に残る傑作を生み出す糧になることを証明したような作品ですから。

これからの世界では、今までのように自分が何を成し遂げるか考えるよりも、人に対して何ができるかを考え、手を差し伸べていく時代になっていくだろうと感じています。社会に対して自分は何ができるか、それを考えて実践していくことは、自分の基礎をつくることにつながると思います。

でも、実際にどのようなことが人の役に立つのかは、時間がたってみないと分かりません。ですから、自分が面白がれることに、たくさん挑戦してみてください。本を読むだけではなく、演劇や映画を見たり、音楽を聞いたり、スポーツを楽しんだり。そうやって、自分の間口を広げながら蓄積された経験は、いつか未来で誰かに手を差し伸べるときに生かせるはずです。

(初出:広報誌『法政』2016年度6・7月号)