お知らせ

社会心理学の観点から、集団間の対立関係を解きほぐす(キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科 熊谷 智博 教授)

  • 2022年05月26日
お知らせ

キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科
熊谷 智博 教授


戦争や民族紛争などの解決に向けた研究を進める熊谷智博教授。
「人間の考え方の本質」を理解すべく、集団心理のメカニズムの解明に取り組んでいます。

昨日までの隣人が、突然敵に変わった理由

専門分野は社会心理学です。特に「集団間関係の解明」や「紛争解決」に着目して研究に取り組んでいます。

研究の原点は、1990年代に勃発したボスニア・ヘルツェゴヴィナ(以下、ボスニア)紛争です。かつて中欧に位置していた「ユーゴスラビア社会主義連邦共和国」の解体に伴い、地域内で独立の動きが高まり、内戦が起こりました。ボスニアでも国の支配を巡って複数の民族による権力争いが繰り広げられ、やがて激しい民族紛争に発展したのです。

当時の私は、法政大学の経営学部で組織論を学んでいました。授業の課題で時事問題を扱うことになり、連日ニュースで取り上げられていたボスニア紛争について調べるうちに、大きなショックを受けたのです。

他国からの攻撃であればまだしも、同じ地域で平和に暮らしていた人同士が、突然対立する立場になって銃を向け合う。なぜそんなことになるのだろう。事と次第によっては、日本でも起こり得ることなのだろうか。そのような答えの出ない疑問が湧き出て、頭から離れなくなりました。

組織の集団心理を理解するための知見として社会心理学に触れていましたが、やがて社会心理学そのものを学びたいという気持ちの方が強くなり、経営学から軸足を変えたのです。

戦争や紛争では、対立する敵を倒すという大義名分の下、残虐な行為が繰り広げられます。訓練を積んだ兵士だけではなく、時には憤りを感じた一般人も手を下すのです。

集団の中にいると、個人の性格をしのぐ力が働き、普段ならしないようなことができてしまう。その行動原理は何なのか。集団間で対立関係や紛争が生じた場合、人間はどのように反応するのか。その集団の一員となったとき、どのような心理が働くのか。そうした「心の動き」を分析し、不可解で不合理な行動を起こす心理的メカニズムを解明しようと探究を続けています。

  • 写真1

  • 写真2

  • 写真1:2004年にボスニアに滞在した際の一枚。背景の橋は、ボスニア紛争中に破壊された後に再建され、2005年に初の世界遺産に登録された「スタリ・モスト」
  • 写真2:ボスニア紛争の研究は、サライェヴォ(Sarajevo)大学の研究者に協力を仰ぎ、共同で研究を進めている。写真は2018年に現地を訪れた際の一枚

人間の本質を探ることで普遍的な解決の手掛かりに

集団間での対立や紛争の解決を考えるときに無視できないのは、「第三者」の存在です。

社会は、幾つもの集団が複雑に絡み合いながら関係を構築しているので、ある集団が対立すれば他の集団にも影響を及ぼします。例えば、戦争にまで発展してしまった「ロシア・ウクライナ危機」でも、周辺の国々の動きが戦況に影響を与えていることは明白です。第三者の存在は抑止力になるのか、当事者の感情を刺激して戦闘を激化させてしまうのか。そうした視点でも研究を深めたいと考えています。

人間関係の問題は、特殊な事情や独自の要因が絡んで複雑化することが多いものです。しかし、それらの事情を全て考慮すると、仮に問題がうまく解決できたとしても「特定条件でのみ通用する対策」になってしまいます。

普遍的な解決法を探るには、特殊化される事情はそぎ落とし、できるだけシンプルに考えることが必要です。そうすることで、どの国で起こった事例であっても、日本をはじめ他の地域にも応用できる知見になります。

独自事情は心理学の概念に置き換えることで一般化し、「人間の考え方の本質は何か」という根本的な問題の解明に取り組みたいと考えています。

これからの人生に、心理学の「実践知」を活用してほしい

学生には「社会を少しでも良くするために、今いる場所で自分ができることは何か」という意識を持ち続けてほしいと願っています。

教育者として母校に戻ってきて、何よりうれしく思うのは、学生とディスカッションができることです。受け身の姿勢で学ぶのではなく、身に付けた知識を自分の言葉で表し、活用しようとする積極的な姿勢がうかがえるからです。

社会に出ると、中長期の「計画」の立案に携わる機会が増えます。ただ、人間は具体的な未来像を思い描くのは苦手です。特に現代社会は変化が著しく、予測しづらいのが現実です。

だからこそ、心理学を学び、大局的な視点を育んでほしいと思います。人生には、道に迷ったり、遠回りをしているように感じることがあるかもしれません。状況を改善するには大きな変更をしなければいけないと、焦ることもあるでしょう。しかし大局的に視野を広げてみれば、進みたい道につながるためには急ハンドルを切らなくても、どの程度軌道修正すればよいか客観的に判断できるようになります。

大学での学びを今後に活用できるよう、学生に「実践知」というバトンをつなげていきたいと思っています。

  • ゼミでは社会心理学に関するテーマで学生が活発に議論を繰り広げている。写真は「心理的安全性」を高めるアイデアについてのブレインストーミング

(初出:広報誌『法政』2022年4月号)

キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科

熊谷 智博 教授(Kumagai Tomohiro)

法政大学経営学部経営学科卒業、同大学院社会科学研究科経営学専攻修士課程修了。東北大学大学院文学研究科人間科学専攻博士前期、後期課程単位取得満期退学。修士(経営学)、博士(文学)。東北大学大学院文学研究科助教、大妻女子大学文学部助教、准教授を経て、2018年より法政大学キャリアデザイン学部准教授に着任。2021年より現職。現在に至る。American Psychological Association、Society for Personality and Social Psychology、日本グループ・ダイナミックス学会、日本心理学会、日本社会心理学会に所属。