2017年度 体験談

フォントボン大学SAプログラム体験記

2017年度 体験談

失敗の経験こそが成功の鍵

 加藤 蒼士(留学時3年生)/2017年フォントボン参加

ルームメイトとの部屋での何気ない会話が, 何よりもかけがえのない時間でした。

 初めて出会った日に, 「自分が話す英語で間違えているところは全て指摘してほしい」と伝えていたので4か月間毎日親身になって教えてくれました。毎日が新しく成長を実感することができました。帰国する間際に, 2人きりで遊園地に行き絶叫マシーンを1日中堪能し, その後彼の家で互いの将来の夢を一晩中語り合ったことは, 一生忘れることのできない思い出です。彼に出会えたことに感謝しています。

 ESLとAcademicの授業を2つずつ受講しました。ESLでは, 英語学習だけでなく, 様々な国の文化や習慣も学ぶことができました。 Advancedのクラスであったため生徒の英語レベルも高く, 授業内容も濃いものでした。第一言語・バックグランドが様々でも, 「英語」を使うことでコミュニケーションが取れることを体感できたことも財産です。

 印象的であったのが, 他国の留学生たちが, 文法や表現が多少間違っていようと自分の英語に自信をもって堂々と話していたことです。日本でも知識としては持っていましたが, 正しい英語を話すこと以上に「伝えようとする意志・姿勢」がいかに大切であるかを体感しました。アメリカで長く英語を勉強している同じクラスの中国人の英語を流暢に話す女子生徒が, 簡単な英文を授業の最初のSmall Talkで間違えていたことがありました。(現在形と過去形であったと思います)その時に, 「これだけ英語が堪能な方でも簡単なことを間違えるのだから, 自分が間違えるのは当たり前だ」と開き直り, 間違えることがそれ以来全く恥ずかしくなくなりました。 むしろ成長のチャンスと捉えられることができるようになり英語スキルの成長を実感することができました。

 Academicのクラスでは, Psychologyの授業に学習の喜びを見出すことができました。TED Talkのプレゼンを聞いているかのような魅力的でCreativeな教授でした。週に1度, 4時間連続の授業で, 毎週大量のReading課題やテストが課されましたが, 授業が楽しみでしかたがありませんでした。授業後の質問対応も快く引き受けてくださり, 毎回話す時間を作ってもらっていました。感謝しています。

 様々な困難もありました。至らないリーダーでもありました。ですが, 現地の学生やスタッフ, 法政大学の国際課, 文学部の担当の方々, 携わってくださった全ての方々の献身的なサポートのおかげで人間的にも成長できた4か月間でした。この経験を生かしていきます。間違えることを恐れずに。 日本を飛び出し学びに行くことは, 楽しい経験だけではなく辛いことも多くあると思います。ですが, 帰国した今思うことは「失敗の経験」こそが成長するための鍵であるということです。確かに多くの費用が掛かります。ですがそれを自分の行動次第で安くできると思います。これから行く皆さんに何か参考になることがありましたら, ありがたいです。

出会いが出会いを呼ぶーSAでの経験を夢に繋げてー

岩瀬 仁志(留学時2年生)/2017フォントボン参加

出会いが出会いを呼ぶとはまさにこのことである。

 私はフォントボン大学で2週間ほど過ごしたある日、現地のある人へメールを出してみたのだった。長年夢であったラビへの対面。英文学科ではユダヤ人作家による有名な著作をいくつか読んでおり、ユダヤ人の文化についてもっと知りたいという思いがあった。

 初めてユダヤ教の施設に訪問した時、暖かく私を招き入れてくれた。ふと思いたち、アメリカのユダヤ人学生はどのような生活をしているのかきいてみると、お隣の大学のコミュニティーを紹介された。

 ワシントン大学には2つのユダヤ人のためのサークルがあり、そこで文化享受や交流活動が行われているという。そしてその2つの場での新たな出会い、そして、フォントボン大学のユダヤ人学生と知り合うことができた。週末にはそれらのアクティビティに参加し、新年祭やスーコット、そしてハヌカ祭を現地で経験することができた。

 フォントボン大学では正課6科目を履修し、そのうち2つの授業でこれらの私が研究した成果を日本文化と対比することによって発表し、さらなる理解を深めることができた。

 さらにニューヨーク視察中には2016年度の夏季UCD留学中に知り合った女性にブルックリンのユダヤ人街を案内していただいた。

 2018年の1月〜2月にはイスラエルのヘブライ大学で現代ヘブライ語の語学留学を経験する。アメリカで学んだ知識や経験そして絆をいかして、こちらについても積極的に挑んでいく所存である。