お知らせ

街の遊休資産を活用する(現代福祉学部福祉コミュニティ学科 水野 雅男 教授)

  • 2022年06月09日
お知らせ

現代福祉学部福祉コミュニティ学科
水野 雅男 教授


ESSAYでは、15学部の教員たちが、研究の世界をエッセー形式でご紹介します。

まちづくりは行政任せで良いのか

まちづくりは、行政がやるものと思い込んでいる方が多いのではないでしょうか。私がこれまで取り組んできたのは、行政機関、民間企業の二つのセクターの他に市民活動(市民セクター)がまちづくりにおいて重要な役割を担っていることを、具体的なプロジェクトで示すことです。

本学に着任する前は、石川県でまちづくり分野のコーディネーターとして仕事をする傍ら、市民セクターの立場でまちづくりに携わってきました。住宅街の金澤町家(古民家)の実態を調査し、空き家を活用して若者がシェア居住するドミトリーを提供したり、使われなくなったしょうゆ蔵を借用してアーティストのアトリエとしたり、地震で被災損壊した土蔵の修復に取り組んだり。いずれも10年近く継続したプロジェクトで、行政機関がそれまで政策として目を向けていなかった(金澤町家)、復興支援補助制度の対象外であった(被災土蔵)、民間企業の収益性の尺度に合わなかった(しょうゆ蔵)という領域を対象としてきました。

地震で被災した土蔵の修復ワークショップ。学生や職人が協働作業を楽しみながら左官技術を伝承

どのプロジェクトも、NPO法人(特定非営利活動法人)や一般社団法人などの組織を立ち上げ、運営してきました。当初の使命が達成され、解散した活動組織もありますし、まちづくり活動が新たに継承されている事例もあります。身の丈に合った形で、地域の情勢に対応しながら柔軟に、しかも長期的に取り組めるのが、市民活動の強みです。

行政機関は、道路や橋梁、公園、上下水道、学校、文化施設など、街の基盤(インフラ)を整える役割を担っています。片や民間企業は、再開発ビルやショッピングセンター、マンションなど、営利を目的としてさまざまな開発を手掛けています。私自身は、これまで25年余り携わってきた活動において、世界に誇れる建築技術を継承しながら、遊休資産をリノベーション(改修)したり、コンバージョン(用途転換)したりして、新たな空間を生み出し、コミュニティーにエネルギーを注入してきました。行政機関や民間企業と連携しながら、身近な生活空間の魅力を高め、地域住民の誇りを醸成すること、これがまちづくりにおける市民活動(市民セクター)の使命と役割であると言えます。

大地震が起きたら

わが国は自然災害多発国で、毎年のように地震や台風などによる災害が発生しています。地震で自宅が被災したら、どうしますか? 行政機関が策定した防災計画には、小中学校などが避難所に指定されていますし、街の中ではその案内表示が至るところで見られます。その計画には、想定される避難住民全てを指定避難所で収容できない、つまり避難民が街の中にあふれてしまうことが明記されています。さらに、近年の感染症まん延により、指定避難所での個々人の間隔を確保するために収容力を従来よりも低く抑える必要があります。

「我慢を強いる」避難生活

わが国では、毎年のように自然災害が起きているにもかかわらず、体育館のような屋内において集団で雑魚寝するというスタイルが、関東大震災から100年が経とうとしている現在も変わらないというのは、どういうことなのでしょうか。避難所ではこれまでもインフルエンザなどの集団感染が発生していますし、車中泊によりエコノミークラス症候群にかかる事例も散見されます。2016年の熊本地震では、地震による直接死の約4倍の方が劣悪な避難所生活などで命を落としています。2019年の台風19号では豪雨と強風に見舞われ、水害の恐れのある地域では避難指示が出され、短い時間ながらも過酷な避難生活を味わった方がいらっしゃるでしょう。

地震国イタリアでは、発災直後にテントやトイレ、キッチンカーが被災地に届けられます。家族ごとにベッドのあるテント内で生活をします。キッチンカーと共にボランティアで駆け付けたプロの料理人が、パスタなど温かい食事とワイン、ドルチェ(デザート)を提供します。我慢を強いるわが国とは対照的に、日常生活の延長として避難生活を送ることを、国を挙げて保障しているのです。

大学キャンパスを避難生活拠点として開放する

「大規模自然災害発生時の大学キャンパスでの避難生活のデザインワーク〜豊かさと包摂性を追求した避難生活〜」というテーマで、2019年度から3年連続で集中講義を開講し、学内10学部48人の学生が参加しました。イタリアに倣って、屋外でテント生活を送るために、本学の多摩キャンパスを提供できないかというのが問題提起です。

  • 多摩キャンパスの芝生広場にテントを設営し、学生と地域住民による避難生活拠点の実証実験「CAMP in Campus for well-being」を実施

多摩キャンパスは、テント設営に適した芝生広場やグラウンドなど、広大な敷地を擁しています。また、数カ所のバーベキューサイトと食堂厨房施設、周囲の保全林にはジョギングコース、さらに診療所や図書館などもあり、身体面でも精神面においてもストレスを解消できる避難生活を提供する可能性があります。空間や施設の面だけでなく、長期の休みがある大学キャンパスは、時間的にも遊休資産と捉えることができます。

不足する指定避難所を補うだけでなく、避難生活様式の価値基準を転換する役割も果たせるでしょう。既存の行政施策を補完し地域社会に貢献することが、市民セクターの一員としての大学に求められています。その実現化に向けた運営計画などを学生たちと共に検討中です。

(初出:広報誌『法政』2022年5月号)

現代福祉学部福祉コミュニティ学科

水野 雅男 教授(Mizuno Masao)

1959年生まれ。東京工業大学工学部社会工学科卒業、同大学大学院社会工学専攻修了。地域計画系コンサルタントを経て1993年個人事務所設立。金沢大学地域マネジメントコース教授(2年間)を経て2011年より本学現代福祉学部教授。博士(学術)。石川デザイン賞受賞、地域づくり総務大臣表彰受賞(金沢大野くらくらアート活動)、第5回ティファニー財団賞伝統文化振興賞受賞(輪島土蔵修復活動)。