お知らせ

【法政の研究ブランドvol.24 】科学的・計量的なアプローチで福祉サービスの質の向上を支援する(現代福祉学部福祉コミュニティ学科 岡田 栄作 准教授)

  • 2023年09月14日
お知らせ

「法政の研究ブランド」シリーズ

法政大学では、これからの社会・世界のフロントランナーたる、魅力的で刺激的な研究が日々生み出されています。
本シリーズは、そんな法政ブランドの研究ストーリーを、記事や動画でお伝えしていきます。

「福祉は科学なのか?科学ではないのか?」

vol.24_sub1.jpg

もともと医療に携わりたいと思って進路を考えていましたが、祖父の病気、介護の経験をきっかけに介護、福祉の分野にも関心を持ち、大学に進学する際には臨床福祉学科を選択しました。しかし、大学で実際に福祉について学んでいくなかで、福祉は医学に比べて文系寄りのアプローチであることが気になり始めました。

当時の社会福祉士の国家試験の専門科目には、「地域福祉論」や「児童福祉論」といったように「論」といわれているものが多くありました。一方で、医師の国家試験の科目には「解剖学」や「病理学」といった「学」といわれている科目が大半であり、この「論」と「学」を学ぶことにどのような差があるのだろうと考え始めました。「論」は「誰かが言った学説」が中心で成り立っているという話を聞いたときに、「福祉のサービスにも科学的な根拠が必要であるにもかかわらず、論を学ぶことはどういう意味を持つのか?」「福祉は科学なのか?科学ではないのか?」という問題意識を抱きました。卒業後の進路に関しても福祉の担い手として現場に出るべきか、医学など他の道に進むべきかについても悩むようになりました。

そんな時、父の書斎に並んでいた公衆衛生や医学判断学に関する本を読んだことで、医学において治療判断を決定する際には、なるべく客観的な疫学的観察や統計学による治療結果の比較に根拠を求めるEBM(根拠に基づいた医療)という概念があることを初めて知りました。

そこで、福祉の領域でもこうしたアプローチが必要ではないかと考え、福祉を学びながら疫学を学ぶ道を模索したところ、在学していた北海道医療大学で「予防的視点による福祉疫学研究」を専門にされていた志渡晃一教授の授業を受けました。志渡教授の講義の中で「統計などの計量的な視点で福祉を考えることで社会に貢献することが必要である」というお話に感銘を受け、まさに「自分がやりたいのはこういうことだ!」と思い、福祉疫学の道に進みました。

質と量を併せもった自分自身の研究をデザインしたい

福祉疫学は、主観性よりも数値が重要視されにくい福祉学の領域において、疫学という科学的手法を駆使して、客観的評価の枠組みを提供する領域です。主に社会調査のデータを集計して、解析する「計量社会福祉学」や、理論、法則、モデルなどを数理的に明示して、新たな解釈を試みる「数理社会福祉学」などを含んでいます。研究デザインや簡単な統計手法などは大学の専門ゼミで学びました。

卒業論文は「福祉学生のボランティアイメージの類型化」というテーマで取り組みました。これをテーマとしたのは「福祉」や「ボランティア」という言葉が持つ固定化したイメージを変えたい、福祉やボランティアの本質を掘り下げたいという思いがあったからです。しかし、必死に学びながらも私自身の力不足、特に研究デザインや統計解析に関する知識不足が否めず、完成した論文は自分が想定した水準には届かないものでした。

今後、福祉疫学という分野を自分なりに体系化していくためには本腰を入れて研究デザインと統計解析を学ぶ必要性があると痛感したので、基礎から解析を学ぶことができ、多様な学生や教授が在籍している大学院を探したところ、久留米大学のバイオ統計学に行きつきました。

バイオ統計学は人々や医療に貢献するだけではなく、ライフサイエンス、つまり生命、健康に関わる人のための統計学です。久留米大学バイオ統計学の修士課程には薬剤師、看護師、臨床検査技師、製薬会社の分析担当、理学部数学科出身者など様々な分野から、統計学的なアプローチを自分の現場に還元したいという高い志を持った学生が集まっており、彼らとともに学べたことは私にとって新鮮かつ貴重な経験でした。

しかし、バイオ統計学の博士課程では統計学の方法論を発展させることが求められ、それは自分が抱いていたもともとの問題意識とは離れていってしまうと感じました。そこで博士課程では質と量を併せもった自分自身の研究をしていきたいと考え、久留米大学で学んだ統計学を実際に現場で生かす方法を具体的にデザインするために北海道大学の公衆衛生学の研究室に進みました。そこでは、医学的な研究だけではなく、福祉や看護など様々な研究に触れ、経験を積んだことで、自分の研究をデザインする力や技術を飛躍的に高めることができたと思います。また、科学的なアプローチだけではなく、市民協働やまちづくり、チームビルディング手法を身につけるためにNPO法人日本ファシリテーション協会の北海道支部の運営にも携わるようになり、ファシリテーションに関する手法を学ぶことができたことも現在の活動につながっています。

ビッグデータやAI技術を用いて福祉サービスの質の向上を支援する

ここ数年は、大学の研究とは別にNPO法人フューチャー北海道の理事として活動しています。このNPOは地域の住民と自治体の間に入って、両者の納得解を生み出していくための対話の場づくりを支援しており、ファシリテーションをともに学んだ仲間と一緒に活動をしています。私はその一環として、北海道の高齢化率の高い農村地域に協力いただき、高齢者の健康に関するビッグデータを収集・分析しながら、行政や住民と対話を行い、地域の福祉サービスの質の向上を支援するための研究を行っています。

高齢化が進むと医療費の上昇が地域の経済にも影響を及ぼすため、過疎地では自治体の存続問題にも発展しかねません。そこで、私たちは医療費と健康行動データを紐づけ、医療費の高騰に関わる要因を分析することで医療費の高騰を防ぎ、住民の健康を守るための有効な取り組みについて様々な関係者と対話しながら考えています。分析結果から課題がわかっても、必ずしも人は合理的に行動変容するものではないこともあり、具体的な対策や施策につなげていくにはまだ課題がある状態です。地域の人の地元への思いを反映させることも重要だという想いもあり、現在は分析結果をわかりやすく説明するためのツールの開発に注力しているところです。

また、コロナ禍を機に「アフターコロナを見据えた高齢者の交流と介護予防に関する研究」にも取り組んでいます。従来の介護予防は1つの場に集まって体を動かしながら交流できる通いの場を推進していましたが、コロナの影響で1カ所に集まりづらくなり、介護予防活動に大幅な方針転換が求められています。そこでスマートフォンやSNSを活用した交流の場づくりを試みるなど、集まらなくても交流ができて幸福感を保てる方法はないかとこの3年間模索していました。こうしたコロナによる「公共」に対する捉え方の変化は高齢者にとどまりません。新しい人々の交流の仕方を考えれば都心への一極集中も変わり、地方創生につながる可能性もあると期待しています。

現在は、「AI技術を導入した健康無関心層への高齢者の健康行動を高めるための行動変容アプローチ」を研究テーマとしています。自治体が主催する高齢者の交流の場には主に健康な人が通っていて、行政が本来ターゲットにしたい健康無関心層にはアプローチできていないことが課題となっています。そこで、AI解析技術を活用してターゲットとしている高齢者の特性や興味・関心などのデータを収集・分析することで、そうした方に響くようなアプロ―チ方法を探っています。

AIが発達してきた現在、科学的に出された答えだけを扱えばいいわけではありません。福祉の中にあるマインドはすごく大切だと私は思っています。これまで福祉の良さをより人々に伝えるために、その対極にあるようにも思える科学的な手法を勉強した上で、その間はどこにあるのかを探究してきました。福祉と科学を二極化するのではなく、その「間」にこそ人々が幸福になれるヒントがあるのではないかと考え、福祉への科学的・計量的アプローチを中心にファシリテーションで学んだ手法を探求しながら実践しています。

  • 奈良県大和高田市での講演の様子

  • ビッグデータの分析結果をもとに健康づくりに関して住民と対話する様子

ゼミではどんな現場でも生かせる福祉マインドを育てる

今年で3年目となるゼミには多様な学生がいますが、せっかく法政大学の現代福祉学部に入ったのですから、法政が掲げる「自由を生き抜く実践知」や学部のテーマである「ウェルビーイング」「福祉」に対して自分なりの考えを持ってほしいと思っています。

このゼミでは夏休みのフィールドワークを含む多様なカリキュラムの中で、企画力、説明力、対話力、実行力の4つの能力を養うことを目指しています。福祉の現場には自分自身の理想を描く方法に苦慮していて、現実で自分がどのように進んでいけばいいのかわからないという経験をされている方々がいます。学生にはまずはそうした方々と出会い、一緒に理想を探し、創るところから関わり、自分ができることから実践し、その結果について振り返りをしながら検証する。そして、そこで感じた困難や自分の中に起こった変化を言語化し、コミュニケーションを行ったりすることこそが大切だと意識して伝えています。

こうした福祉で勉強することで培えるマインドは福祉の分野に限らず、生涯必要とされることです。彼らには学生時代に自分の興味、関心、アイデアを膨らませながら、自らの考えを現場で実行し、その都度、自己点検しながら成長する経験をしてほしい。そうした経験を通じて何かをやり遂げたという誇りを感じてもらう教育を意識しながら日々学生と向き合っています。福祉の技術とマインドを身につけた上で、卒業後は福祉職にこだわることなく、広く自分の選択肢を自己開発しながら、世の中で活躍してほしいと思っています。

  • ゼミ合宿の様子。北海道の農村地域の暮らしを知り、介護予防の取り組みを学んだ

  • ゼミの一場面。フィッシュボールというグループワークの様子(話したい人が内側の輪の中に入り、外側の人と入れ替わりで輪を広げる話し方)

現代福祉学部福祉コミュニティ学科 岡田 栄作 准教授

北海道医療大学看護福祉学部臨床福祉学科卒業、久留米大学大学院医学研究科バイオ統計学群修士課程修了、北海道大学大学院医学研究科博士課程修了。博士(医学)。日本学術振興会特別研究員(DC2)、日本福祉大学健康社会研究センター主任研究員、浜松医科大学健康社会医学講座助教を経て、2021年より現職。主な研究分野は福祉疫学、高齢者福祉。主な研究テーマは、「アフターコロナを見据えた高齢者の交流と介護予防に関する研究」、「AI 解析技術を導入した健康無関心層への高齢者の健康行動を高めるための行動変容アプローチ」など。2015年よりNPO法人フューチャー北海道理事。2009年に日本社会医学会奨励賞、2015年に第20回静岡健康・長寿学術フォーラムPoster Presentation Awardを受賞。