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【法政の研究ブランドvol.13】医療現場で学んだ心の理解を大学教育に生かしたい(現代福祉学部臨床心理学科 関谷 秀子 教授)

  • 2021年08月02日
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「法政の研究ブランド」シリーズ

法政大学では、これからの社会・世界のフロントランナーたる、魅力的で刺激的な研究が日々生み出されています。
本シリーズは、そんな法政ブランドの研究ストーリーを、記事や動画でお伝えしていきます。

自分自身を知り他者を知ることでウェルビーイングを実現する

法政で教壇に立つ前は精神科の勤務医として臨床経験を積んできました。現在はその医療現場での経験を教育現場へ還元することに力を入れています。

最近ではコロナウィルスの流行をきっかけに精神科を受診する人が増えていますが、現代において心の病は決して珍しいものではありません。これは大人に限ったことではなく、「不登校」「ひきこもり」「発達障害」など子どもの心の問題についても同じことが言えます。インターネット上には精神疾患に関する色々な情報が溢れていますが、それらが全て正しいとは言えません。しかし、心の病に適切に対処するためには、医学的根拠に基づいた正しい疾患の理解が必要となります。そのため私が担当する「精神医学」や「児童精神医学」の授業では、様々な精神疾患や心の発達について学んでいきます。精神科医としての臨床経験を踏まえて医療現場での実際を紹介し、リアリティーのある授業を行うように心がけています。

私が専門分野の一つとしている精神分析は、19世紀から20世紀にかけてフロイトが創始した学問で、人間の心には意識している部分だけではなく、意識していない部分(無意識)があるという考え方を基礎にしています。人間の心の動きは非常に複雑です。不安を避けるために知らず知らずのうちに自分自身をごまかして、何が本当の心配事なのかをわからなくしてしまう場合もあります。精神分析ではこうした無意識を含めた人間の心を探究していくことを目指しています。

法政大学現代福祉学部では「ウェルビーイング」という教育理念を掲げ、社会で暮らす全ての人々が健康で幸福な暮らしができる未来を創造する人間を育成しています。この理念を実現する上でも、心の探求は避けて通れません。なぜなら自分自身を知らずして、他の人々を知ることはできず、自分自身を知らずして、ウェルビーイングは実現できないからです。ですから授業では、単なる知識の習得にとどまらず、学びの場で得た知識を学生自身の発達や成長、深い自己理解に生かすことを目指しています。授業の際には、「他人事と思って学ぶのではなく自分自身と関連づけて学ぶこと」、「自分自身を知ることが他の人々を知ること、さらにはウェルビーイングの実現につながること」を伝えています。

子どもが心の奥底に抱えている本当の気持ちに目を向ける

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長年、児童思春期の子どもの心理療法を行ってきました。子どもの心の問題を考える上で最も大切なことは、子どもは大人と異なり発達途上の段階にあるということです。「この子は○○病か」という質問は「正常か」「異常か」という二分法の物差しからの質問で、発達的観点は含まれていません。大人への発達路線を歩んでいる子どもを理解する際には、一人ひとりの心の発達を考慮しなければなりません。症状一つとっても、発達途上で生じ得る心配の要らないものなのか、病気としての治療が必要なのか、その病気は不可逆的な性質なのかなどの見極めが必要です。

外来には「気分が落ち込んでやる気がでない」「学校に行きたくない」と訴える方がたくさんいますが、子どもの場合はうつ状態の背景に発達上の問題が存在していることが多いのです。例えば思春期の年代では、親離れをして仲間と親密な友人関係を築くこと、第二次性徴を迎えて変化しつつある自分の体に慣れていくこと、大人としての自分の将来像を描いていくこと、など難しい課題がたくさんあります。それらに取り組むことができずに大人への発達路線から外れてしまい、将来への不安や絶望感を感じてうつ状態になる子どもは少なくありません。そのような場合には年齢に応じた発達課題に取り組むことが問題解決につながっていくため、一人ひとりの状態を見極めるべく様々な発達的側面を評価することが重要です。

親からは「子どもにどんなサインがみられたら気をつけるべきか」と尋ねられることがあります。何らかのサインを見逃さないことはもちろん大切ですが、日ごろからのコミュニケーションや信頼関係が大切であることを忘れてはならないと思います。また「自分の子どもの病名は何なのか」という質問を受けることもあります。親として病名が気になるのは当然だと思いますが、病名は最後の答えではありません。子どもが再び発達方向に前進するためには病名をつけて安心してしまってはいけないのです。どんな病名がついたとしても、子どもが心の奥底に抱えている本当の悩み事や本当の気持ちに目を向けずして問題が解決することはありません。

「親ガイダンス」では子どもの無意識の心の動きを親に説明することを行っています。例えば、リストカットをした子どもの親は、驚いて止めさせようしたり怒ったりするものの、その行動の背景に子どものどんな気持ちがあったのか考えるに至らないことがあります。親の言葉が子どもを追い詰めるきっかけになることもありますが、親がそれに気づいていないこともあります。また、子どももその時の気持ちを言葉にできず、行動で表現することもあるわけです。ガイダンスでは親が気づかない子どもの心の動きを親に説明し、親が子どもに対して発達促進的な関わりをしていけるように助言を行っていくのです。

大学時代は自己を確立する時期

大学時代は大人になるための総まとめの時期です。学問や職業を選択し、成人としての社会的な自己の在り方を見出すために、様々な経験、実験や実習を行って成人としての自己形成を進める、自己を確立する大切な時期だと思います。ですから学生の皆さんには将来に向けて、失敗を恐れずに、興味がある事柄を積極的に探求してほしいと思います。

私のゼミでは自分の興味や関心、問題意識を大切にして、自らテーマを選んで研究することを大切にしていますが、与えられた課題をこなすことに慣れてきた学生は自分の興味がわからず悩んでしまう場合もあります。また研究の過程で本や論文で得た知識は全て正しいものだと思い込んでしまう学生もいます。

現在流行しているコロナウィルスについても権威的な人々がそれぞれの立場から様々な見識を唱えています。情報が溢れる時代を生きていくには、ただ、「偉い人が言っているからその通り」と認識するのではなく、自分の頭で考え、情報を取捨選択し、吟味していく力が必要だと思います。「ん?」と思ったことがあれば、その感覚を大切にして納得がいくまでその疑問点を調べてほしいと思います。この地道な作業を通して自分なりの意見や考えをもつことは、学問を探求するためにも、豊かな人生を送るためにも大切なことだと思います。

私が指導上特に気をつけていることは、学生の皆さんに対しても発達促進的に関わるという点です。各々が自分の持っている力を生かし主体的に学べるように、全てをお膳立てするのではなく、状況に応じてきっかけを作ることを心掛けています。大人になるための総まとめの時期に、大学生活を通じてより発達方向に成長していけるように、私も共に学びながらできる限りのサポートをしていきたいと考えています。

  • ゼミの様子

  • 近著『思春期に心が折れた時 親がすべきこと』(中公新書ラクレ)

現代福祉学部臨床心理学科 関谷 秀子 教授

精神科医。医学博士。初台クリニック医師。子どものこころ専門医、日本児童青年精神医学会認定医、日本精神神経学会精神科専門医・指導医、日本精神分析学会認定精神療法医・スーパーバイザー。児童青年精神医学、精神分析的発達心理学を専門としている。児童思春期の精神科医療に長年従事しており、精神分析的精神療法、親ガイダンス、などを行っている。著書『思春期に心が折れた時 親がすべきこと』(中公新書ラクレ)