研究×SDGs人間環境学部 長谷川 直哉 教授

企業の非財務情報を体系的指標化し日本を持続可能な社会へ

  • 2016年 10月11日
研究×SDGs

環境対策や地域貢献、労働環境の整備など、社会システムの変化とともに注目される企業の非財務情報、いわゆるCSR(企業の社会的責任)活動。
1990年代後半、まだ企業人であった頃から持続可能な(サステイナブル)社会を築くための企業活動に関して実践的研究を進めてきたのが、大学院公共政策研究科サステイナビリティ学専攻(2016年開設予定)および人間環境学部の長谷川 直哉(はせがわ なおや)教授です。

企業における非財務情報の体系的指標化へ

「CSRというと、かつては経済活動の対立軸として考えられてきましたが、日本でもようやく経済活動と社会活動を統合させる考え方が定着しつつあります。アベノミクス日本再興戦略の一環で金融庁から打ち出されたコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)とスチュワードシップ・コード(機関投資家の行動指針)によって、CSRは大きく変わろうとしています。新たな企業評価軸として注目されているESGについて現在は研究を行っています」

ESGとは、地球環境問題や社会的課題の解決に取り組むことが経済の発展、持続可能な社会の形成に寄与するという概念から、Environment(環境)、Society(社会)、Governance(企業統治)の頭文字を取って造られた言葉。「環境」なら製品や製造工程での温暖化対策、「社会」ならダイバーシティやNPOとの協働、「企業統治」なら長期ビジョンを推進する経営体制など、「『統合報告書』として財務情報とともに情報開示する企業はだいぶ多くなりましたが、今は各企業がそれぞれに取り組みを紹介している状況。ESG投資を体系化し、経営の質を分析できる指標づくりを目指しています」。長谷川教授のその思いの根底には、かねてから提唱しているサステイナビリティ(持続可能性)があります。

「企業の価値は経済性だけでしょうか?近年では企業価値を2~3年の利益水準で測るショートターミズムの傾向が強くなっていますが、企業の社会的課題への取り組みは未来社会の基盤をつくります。ビジネスを通じて社会課題に挑戦する企業を、20~30年の長期的スパンで後押しする。ESG投資の指標ができれば、有益な取り組みへの投資が進み、社会的課題解決と企業成長を両立できると考えています」

この指標構築とともに、日本の企業史も同時に研究。「実は同様の取り組みをしてきた日本企業は多くあるんですよ。指標を日本企業に適した内容にできるよう、生かしたいと思っています」

 

企業史研究の成果をまとめた最初の一冊。自動車メーカー・スズキ創業者の取り組みを経営戦略、企業家精神、労働争議など多角的に分析し、自動織機メーカーから現在の成長に続く自動車メーカーへと育てた先見性・経営手腕をひも解く。予測不能な事項が含まれる未来に向けた事業の選択・集中は、経営者自身の感性が生かされているとして「企業家はアーティスト」と長谷川教授

日経STOCKリーグや学術論文の最優秀賞 — 数々の担当学生の研究力を見える形で養成

「ESGの概念は経営者や専門家のみならず、日本人一人ひとりが養っていくことが大切」と説き、日経STOCKリーグ最優秀賞・審査員特別賞、環境経営学会最優秀賞、住友理工学生小論文アワード最優秀賞など、長谷川教授は多くの担当学生・院生を学術・研究賞受賞へけん引。「こんなに熱心に指導してくださる先生はいないと思う」と学生たちから慕われながらも、「教員にも研究者にも、なるつもりはなかったんですけどね(笑)」と、これまでの経緯を振り返ります。

本学法学部を卒業した後、安田火災海上保険株式会社(現・損保ジャパン)に入社。静岡支店での営業や東京本社での財務企画部・株式部を経て、出向した損保ジャパン日本興亜アセットマネジメント(以下、損保ジャパンアセット)での資産運用経験が現在の研究の源になったと言います。

「1990年代後半、損保ジャパンアセットに出向している際に、損保ジャパン本体の社長直轄事業として、環境問題に積極的に取り組む企業の株式に投資する投資信託を開発することになったのです。現在、SRI(社会的責任投資)やESG投資と呼ばれる種類のもので、リリースが他社より数週間遅れてしまったために国内2番目となってしまいましたが、開発段階では国内初の試み。うがった見方をする人はいましたが、調査段階から手ごたえは感じていましたね。業務上必要だった財務情報に加え、対象企業の歴史や理念に関心を抱いて独自に調べていく中で、それらが経営面に与えている影響の大きさを見て取れたからです」

損保ジャパン・グリーン・オープン、愛称“ぶなの森”は30億円なら成功と言われる中で発売時の売上高は180億円を記録。「その後250億円まで伸ばしたことには驚きましたが、日本にもESGの土壌があることを教えてくれました」。研究意欲が押されると同時に「自分の市場価値を確かめたいと応募した山梨大学と縁あって」研究者・教員の道に進むことになり、2011年度からは本学の人間環境学部で教べんを取っています。

「第14回日経STOCKリーグ」で優勝した人間環境学部のゼミ生たちと【写真左】 / 中学生の時は本気で指揮者を目指していたほど好きなクラシック音楽。現在も「リビング・コンダクター」として研究の合間、総譜を片手に楽しんでいる【写真右】

2016年4月、大学院公共政策研究科にサステイナビリティ学専攻を新設

2015年度からは大学院公共政策研究科においてサステイナビリティ学専攻の設置準備委員長として、長谷川教授は2016年度開設に向けても奔走しています。

「公共政策研究科ではこれまでもCSRをはじめとした科目はありましたが、サステイナビリティ学専攻においては行政、法律、経営、環境など領域を横断した統合的教育プログラムを設置する計画です。世界の複雑な諸課題の解決には社会システムの根本的な見直しと多角的なアプローチが不可欠。サステイナビリティをキーワードとした新たな学術体系によって人間環境と自然環境が調和した持続可能な社会を構築するための研究・教育を行っていきます。

公務員や研究者、非営利セクターの方々のみならず、企業の役職員の方々も対象にしています。ヤマト運輸がCSV(共通価値の創造)として高知県大豊町で自治体、商工会議所と協働している高齢者支援事業が営業担当者の提案から生まれたように、現場に携わる人たちの課題発掘・解決能力こそが持続可能な社会への第一歩になり、ひいては日本産業の成長にもつながると考えています」

大学院の進学相談会が開かれる12月5日(土)と同日、開設を記念した公開講座を開催する予定です。国連のグローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパンの代表理事であり、元富士ゼロックス社長の有馬利男氏も登壇。興味をお持ちの方は11月上旬以降に大学院公共政策研究科ウェブサイトより詳細をご確認ください。

(HOSEI ONLINEから転載)


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人間環境学部

長谷川 直哉(はせがわなおや)教授

法政大学 大学院 公共政策研究科(サステイナビリティ学専攻)
法政大学 人間環境学部
1958年神奈川県生まれ

1982年に法政大学法学部法律学科卒業後、安田火災海上保険株式会社(現・損保ジャパン日本興亜ホールディングス株式会社)に入社。財務企画部や損保ジャパン日本興亜アセットマネジメント等における資産運用業務や、(公財)国際金融情報センターへの出向で国際経済の調査に従事する傍ら、1997年法政大学大学院社会科学研究科修士課程修了(経営学)、2002年早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了(法学)、2005年横浜国立大学大学院国際社会科学研究科博士後期課程修了(博士〈経営学〉)と学位を取得。その後、大学教員として山梨大学大学院持続社会形成専攻助教授などを経て、2011年4月から現職。環境経営学会理事も務める。

著書に『スズキを創った男 鈴木道雄』(三重大学出版会)、『サステナビリティ社会のための生態会計入門』(森山書店、共著)、『企業家活動でたどる日本の金融事業史』(法政大学イノベーション・マネジメント研究センター叢書、共著)などがある。

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