ミュージアム・サテライト

サテライト小金井

ミュージアム・サテライト

概要

本学小金井キャンパス西館1階に、ミュージアム・サテライト小金井(STEAM)が設置されています。
サテライト小金井は、法政大学の理工系教育・研究に焦点をあて、その豊かな歴史と個性を伝えていくことを目的に、企画展示、研究キーワード展示、モニタ展示、柱グラフィックから構成されています。本サテライトの愛称STEAMという語は、Science, Technology, Engineering, Arts and Mathematicsの略で、理工系の教育・研究が、人文・社会系の教育・研究とも連関し、総合的に展開する姿を表しています。

企画展示

法政理工系の研究・教育の過去・現在・未来を展示する場です。常設的には「法政理工系の軌跡」を展示しています。

「法政理工系の軌跡」
法政理工系の起源は、法政大学航空工業専門学校の創設(1944年)です。1945年終戦による法政工業専門学校への再編後、1950年に法政大学工学部が設酒され、法政理工系は新たな出発をします。その後は何度もの校舎移転を経て1964年に小金井キャンパスが開設。法政理工系はこの地で大きな発展を遂げていきます。

モニター展示

本学内で様々な機会に制作されてきた法政理工系の教育・研究を伝える動画を集約して映写するモニターです。
タッチパネルではありませんが、ゆっくり流れるサムネイルから、時々、特定の映像にフォーカスして全編映写されるつくりになっています。
今後、新たな映像も随時加えていく予定です。

研究キーワード展示

法政埋工系学部の研究キーワード
この場に展示されているパネルは、法政理工系学部(情報科学部、デザイン工学部、理工学部、生命科学部:設置順)の専任教員が取り組んでいる研究分野・テーマです。パネルは着脱可能で、並べ替えができるハンズ・オン展示です。研究分野相互の関連や構造などについて、自由に思考し、議論しあえる場として活用いただくことを期待しています。

柱グラフィック展示

HOSEIミュージアムのご挨拶や説明、本サテライトの趣旨説明、法政理工系年表などを、既存の2本の柱上に、シルクスクリーン印刷したグラフィックです。

この他、サテライトに向かって左側壁面に、初代工学部長の加茂正雄教授、並びに、小金井キャンパス開設決定時の有沢広巳総長の胸像が置かれており、胸像の上には、小金井キャンパス開設時の谷川徹三総長の書が掲げられています。

柱グラフィック展示

企画展示「法政理工系の軌跡」のエピソード

以下は、サテライト小金井の「企画展示」で「法政理工系の軌跡についてもっと詳しく知りたい方はこちらへ」として紹介した記事の内容です。

航空工業専門学校(木月校舎)の頃
<コラム> 木月キャンパス 航空試験所に隣接

法政理工系の歴史は戦争中に設立された法政大学設立航空工業専門学校にはじまります。
同校の設立は戦局の悪化にともなう、文系の縮小政策並びに航空技術者の不足という国家の要請に呼応したもので、1944年4月、神奈川県川崎市木月に設立されました。同地が選ばれたのは、本学の予科の校舎があったことに加え、運輸通信省(元逓信省)航空局航空試験所が隣接していたことが理由とされています。同研究所の関係者の多くが教員陣に就任し、実習・実験の授業では研究所の設備が利用されました。

千葉県習志野校舎の頃
好評を博して続けられた千葉県下中等学校放送討論会

<コラム1> 好評を博して続けられた千葉県下中等学校放送討論会

敗戦後、航空工業専門学校はその存在理由を失い、1945年10月、法政大学工業専門学校へと改組されました。工業専門学校は1947年3月に千葉県習志野に移転、校舎は陸軍の兵舎を改造したものでした。習志野では入学志願者集めに苦労し、様々な試みが重ねられましたが、最も話題を呼んだのが千葉県下中等学校放送討論会でした。朝日新聞社の後援を得て、千葉県下の各校から参加者を集めた討論会は全国放送されるなど予想以上の好評を呼び、学校が習志野から富士見(東京都千代田区)へ移転した後も大学として取り組み、1968年まで22回も続けられました。

<コラム2> 最寄り駅までの片道約40分の道すがらのアフターゼミ

法政大学工業専門学校の習志野校舎は最寄りの国電津田沼駅から4キロ以上離れており、40分以上も歩かなければならない極めて不便なところにありました。そのため、木月校舎(神奈川県川崎市)で既に学んでいた学生たちの中から移転反対運動が起こり、移転決定後は多くの学生たちが去っていきました。他方で、校舎から駅までの長い距離は学生と教員の距離を縮める時間にもなりました。「帰路を学生諸君と共に歩いた。教室での接触よりも、この方がわれわれにとってより貴重な接触の機会であった」と回顧する当時の教員もいます。

麻布校舎の頃
倍々ゲームで急増する入学志願者

<コラム1> 倍々ゲームで急増する入学志願者

習志野校舎(千葉県船橋市)から富士見校舎(東京都千代田区)に移転してスタートした工学部は、そのわずか2年後1952年春、麻布校舎(東京都港区)へ移転します。狭い校地、古い校舎でしたが、この地でようやく実験室、実習室をはじめとした理工系学部に必要な整備が本格化しました。その後1964年の小金井キャンパス(東京都小金井市)への移転まで、麻布校舎時代は工学部の大きな発展期となりました。『経済白書』に「技術革新」という語が登場(1956年)し、高度経済成長に向かう日本社会で、理工系人材への期待が高まり、工学部の入学志願者も、497名(1952年)、780名(1956年)、1733名(1957年)と年々大幅な増加を続けました。

<コラム2> 広がる学生たちの学びと活動(技術連盟、工学祭)

工学部が発展を遂げた麻布校舎時代、学生たちの学びと活動も大きく広がりました。この時期を、「学生諸君がその最も法政らしい活力を示した」と回顧する当時の教員(大江宏)もいます。学生たちは授業で得た刺激を深めるべく、自主的に各種「研究会」を立ち上げ、研究会を束ねる「技術連盟」も結成しました。そして各研究会が毎年の成果を発表する場として、1953年から、学生主体の「工学祭」が始まります。研究会での自由闊達な活動は、大学生活での得がたい記憶や友人関係となり、卒業後の集いの場である「同窓会」も生まれていきました。

エピソード 小金井キャンパス開設の頃
小金井キャンパス開設の苦労と有沢総長、加茂学部長

<コラム1> 小金井キャンパス開設の苦労と有沢総長、加茂学部長

1964年の小金井キャンパス(東京都小金井市)開設には、大変な道のりと苦労がありました。学部設置から10年にわたり学部長をつとめた加茂正雄を筆頭に、工学部教授会は、理工系学部として必要な教育・研究環境の整備を求めて、大学理事会と協議を積み重ねました。長い紆余曲折の末、ついに1960年、技術系学部への理解が深い有沢広巳総長のもと、本学創立85周年記念事業の筆頭として小金井キャンパス開設が決定します。その記念募金趣意書に有沢総長はこう記しています。
「現在わが国が緊急の要務である科学技術の振興に応えるため、技術者の大量育成と、工業技術の方法の革新と内容の強化を2大目標として工学部の移転を決意し(た)」

<コラム2> 注目を集めた本学教員による新校舎の設計

小金井キャンパス開設が決定すると、1961年に「小金井校舎設計監理委員会」が設置され、メンバーには、篠原三郎、青木繁、山田水城、岩下秀男といった工学部建設工学科の若手教員が参加しました。一人の建築家による設計という常識を破り、また使う側の立場で設計したこの「共同設計」方式は、画期的な取組として注目されました。また、学部・学科別の棟が一般的だった当時、教室棟、研究棟、管理棟と機能別に校舎を配置し、学問のセクショナリズムを打破する空間や、教室・研究室の仕切りを自由に調整できる柔軟なつくりなど、革新的な要素にあふれた新校舎が完成しました。

エピソード 小金井キャンパスの中庭
学問の木(メンデルのブドウ、ニュートンのリンゴ、楷の木)

<コラム1> 学問の木(メンデルのブドウ、ニュートンのリンゴ、楷の木)

2012年に小金井キャンパス(東京都小金井市)整備の一環として中庭が竣工し、その際に東京大学附属小石川植物園より寄贈いただいた3本の木が植えられました。
メンデルのブドウは、遺伝学の祖・メンデルが院長をつとめていた修道院の庭に植えられたブドウの苗が小石川植物園に植えられたもの。ニュートンのリンゴは、万有引力をはじめとする三大法則を発見した物理学者・ニュートンの実家にあったリンゴの木の株分けがイギリスから日本へ贈られました。楷の木は儒教の祖・孔子の墓所に弟子の孔林によって植えられた樹木の一つで、学問の聖木として知られています。

<コラム2> オブジェ

中央に亀裂の入った大きな石の彫刻「70年8月 石を割る」が管理棟横に設置されています。1970年8月に開催された国立近代美術館での展覧会「現代美術の一断面」終了後に、作者の彫刻家・小清水漸より寄贈されました。作者によれば、一塊の石(茨城県稲田産白御影石)として美術館に運び込まれ、その場で割られ、このふたつの行為によって芸術作品として成立したといいます。   

<コラム3> 時計モニュメント

小金井キャンパス開設50周年を記念して、本学学生の保護者組織である法政大学後援会より寄贈された時計モニュメントが中央館の横に設置されています。法政大学のスクールカラーである紺とオレンジを基調に、50年の節目を迎えて新しい時を刻むという意味から時計を組み合わせたデザインです。2014年11月1日に開催された小金井キャンパス開設50周年記念式典に際し、除幕式が行われました。