1964年の小金井キャンパス(東京都小金井市)開設には、大変な道のりと苦労がありました。
学部設置から10年にわたり学部長をつとめた加茂正雄を筆頭に、工学部教授会は、理工系学部として必要な教育・研究環境の整備を求めて、大学理事会と協議を積み重ねました。長い紆余曲折の末、ついに1960年、技術系学部への理解が深い有沢広巳総長のもと、本学創立85周年記念事業の筆頭として小金井キャンパス開設が決定します。その記念募金趣意書に有沢総長はこう記しています。
「現在わが国が緊急の要務である科学技術の振興に応えるため、技術者の大量育成と、工業技術の方法の革新と内容の強化を2大目標として工学部の移転を決意し(た)」
小金井キャンパス開設が決定すると、1961年に「小金井校舎設計監理委員会」が設置され、メンバーには、篠原三郎、青木繁、山田水城、岩下秀男といった工学部建設工学科の若手教員が参加しました。一人の建築家による設計という常識を破り、また使う側の立場で設計したこの「共同設計」方式は、画期的な取組として注目されました。また、学部・学科別の棟が一般的だった当時、教室棟、研究棟、管理棟と機能別に校舎を配置し、学問のセクショナリズムを打破する空間や、教室・研究室の仕切りを自由に調整できる柔軟なつくりなど、革新的な要素にあふれた新校舎が完成しました。