政府は、抜本的な統計改革及び一体的な統計システムの整備等を、政府一体となって強力に推進するため、統計改革推進会議を開催した。その「最終取りまとめ(平成29年5月19日統計改革推進会議決定)」においては、GDP統計の基盤となる産業連関表の供給・使用表(SUT)体系へ移行することが記された。この移行作業は単に産業連関表のみならず、ビジネスレジスター、経済センサス‐活動調査、経済センサスの中間年の産業統計調査(経済構造実態調査)、編集・補完手法、SUT推計の全てに関連するものであり、これらのプロセス全体を見渡した調整が必要になる。だが、現在のわが国における産業統計においては、基礎統計から加工統計(産業連関表)に至るまでのプロセスがそれぞれ分断されており、プロセス間の意思疎通が不足している。基礎統計から加工統計(産業連関表)に至るまでのプロセスを一続きのものとして全体を見渡すモデルとして記述することにより、透明性・説明力を高めるとともに、産業統計全体としての効率性を追求するための共通ツールとして産業連関表(供給・使用表)作成シミュレーションモデルを開発することにした。フェーズⅠでは平成28年経済センサス-活動調査(以下、「平成28年活動調査」と略す)の公表データをベースとした仮想データによる内生3部門表を作成した。そのフェーズⅡとして擬似ミクロデータによる産業大分類表のモデルを作成した。その研究成果を総務省統計局における会議「統計をめぐる諸課題に関する共同研究」において発表した。
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構は、(公財)統計情報研究開発センターと連携協力して、 オンサイト解析室でアジア各国の政府統計の匿名データをオンサイト利用できる「国際ミクロ統計データベース」の整備・構築を進めているが、菅幹雄は同データベースを活用した分析をかねてから進めてきた。2023年度は統計的マッチングの専門家である高部勲氏(立正大学准教授)の協力で理論面での補強を行うとともに、日本、タイ、オーストラリアについて比較分析を進め、その成果をWestern Economic Association Internationalの第17回国際会議(2023年4月12日~15日)においてMikio Suga, Isao Takabe and Rebecca Valenzuela” Cost of Elderly and Consumption in Two Generation Households; Insights from Virtual Households of Japan, Thailand and Australia”として発表した。
2020年に始まった新型コロナウイルス流行においては,外出自粛措置などにより家計消費支出に変化が観察された.2021年に菅は公表が相対的に早い総務省「家計調査」の月次データを用いて緊急事態措置実施期間(2020年4~5月)中の家計消費支出に伴う生産誘発額を計算した.さらに2019年の同月についても同様な計算を実施し,その上で同月比および同月差を観察した.2023年度は大学院生にアルバイトによる計算を依頼し、分析期間を2020年4月~2023年12月に延長するとともに、総務省統計局が新しく開発した消費動向指数の品目別の支出金額を掲載した参考詳細表を用いた分析も実施した。その成果は2023年度に『産業連関』に投稿し、同年度に掲載された(菅幹雄、井手健太「新型コロナウイルス流行下における家計消費支出の減少に伴う生産波及効果の変化」『産業連関』、31 巻 3 号)。
生命表(Life Table)は本来、人間について作成されるものであるが、これを事業所に適用することにより、同様に生命表を作成する。事業所の生命表ができれば、将来の事業所数の予測が可能になる。本研究は総務省統計局との共同で、経済センサス-活動調査及び基礎調査の結果を用いて、神奈川県について事業所生命表(期間2016~2021年)を試算した。その研究成果を総務省統計局における会議「統計をめぐる諸課題に関する共同研究」において発表した。
2023年度一橋大学経済研究所 共同利用・共同研究拠点事業プロジェクト研究「ミクロデータを応用した観光動態モデル構築のための統合研究」(研究代表者:法政大学 菅幹雄)において、宿泊旅行統計調査の個票データを用いて、2020年の神奈川県について市区町村別宿泊者数を試算した。その研究成果はオケージョナルペーパーにおいて発表した(菅幹雄「神奈川県の市町村別延べ宿泊者数の試算」『オケージョナルペーパー』、No.127)。
日本統計研究所では成立当初からずっと、諸外国の統計制度とりわけ統計調査手法に関する研究を行ってきた。2023年度は(公財)統計情報研究開発センターと共同で英国国家統計局(Office for National Statistics,ONS)よりHeather Bovill氏(英国国家統計局調査・経済指標課課長補佐)とIan O’ Sullivan氏(英国国家統計局調査戦略担当長)を我が国に招聘し、令和5年12月6日(水)に法政大学市ヶ谷キャンパスにおいて第20回国際ワークショップを開催した。Bovill氏には年次経済調査(Annual Business Survey,ABS)、O’ Sullivan氏には統合世帯調査(Integrated Household Survey,IHS)について講演をしていただいた。この研究成果で得られたABSの調査システムおよびIHSの成り立ち、内容、経過に関する知見は,我が国の統計調査のあり方を考える上で参考になるものと期待される。なお、この研究成果は『研究所報』で発表した(菅幹雄、阿久津文香「英国国家統計局の年次経済調査と統合世帯調査」『研究所報』、No.59)。
非対称な角度モデルとシリンダーモデルに関する最尤推定量の一致性を証明するために必要な統計モデルの識別可能性に焦点を当てて研究を行った。特に、円や円柱上の歪んだ分布族の識別可能性が既存研究では調査されていなかったが、本研究では三角関数のモーメントとディオファントス近似を組み合わせた新しい方法を提案した。特に一般的な正弦関数摂動分布(正弦関数摂動フォンミーゼス分布や正弦関数摂動巻き込みコーシー分布など)の識別可能性を証明した。また、角度変数の周辺分布が正弦関数摂動分布であるいくつかの円柱分布の識別可能性を証明した。
拡張正弦関数摂動分布(周辺円形部分)とWeibull分布(条件付き線形部分)を組み合わせることにより新しいシリンダーモデルを提案した。この分布族の特徴として、単純な正規化定数、単純な乱数生成、モーメントの陽的表現、およびパラメータの識別可能性が挙げられる。特に、角度確率変数の周辺分布と、線形確率変数が与えられた条件付き分布は、既存のシリンダーモデルよりも強い歪みを可能とする。これらに加えて、モンテカルロシミュレーションと実データ分析を調査した。この研究論文「Cylindrical Models Motivated through Extended Sine-Skewed Circular Distributions」は『Symmetry』に採択された。
指数分布の構造を利用して、コーシー型分布族に対する一般的な推定関数を導出した。特に、コーシー分布、対数コーシー分布、および他のコーシー型分布に対するEMアルゴリズムの明示的な形式が一般式として導出可能であることを示した。また、歪み分布の単純な更新式や、その有限混合モデルおよび回帰モデルも取り扱った。さらに、ベクターイプシロンアルゴリズムを援用することにより、EMアルゴリズムの効率的な加速も可能であることを示した。