本研究について、理工学部電気電子工学科の岡本先生から研究者の理工学部電気電子工学科の中村先生へのインタビュー形式でご紹介いたします。
発明の名称 | 太陽電池 |
出願人 | 国立研究法人物質・材料研究機構、学校法人法政大学 |
発明者 | 王 映樵、塚越 一仁、嶋田 壽一、越田 信義、中村 俊博 |
特許番号 | 特許第748635号(P7489635) |
特許情報 | https://www.j-platpat.inpit.go.jp/p0200 |
発明のポイント |
ペロブスカイト薄膜太陽電池へのシリコン量子ドット層の追加によ |
岡本先生: 本日はカーボンニュートラル推進のための特許技術について取材させていただきます。よろしくお願いいたします。
中村先生: よろしくお願いいたします。
岡本先生: 先生の特許技術の正式名称は?
中村先生: 「太陽電池」です。幅広く適用できるようにこの名称になりました。
岡本先生: 太陽電池研究を始めた経緯は?
中村先生: 半導体ナノ材料の研究から発展し、光材料としての応用を模索する中で、専門家との共同研究により太陽電池に応用しました。
岡本先生: 現在、再生可能エネルギーの重要性が増しており、先生の研究は社会のニーズに合致しています。他の分野への応用も可能ですか?
中村先生: はい。照明や受光デバイスなど適材適所での活用を検討しています。
岡本先生: 基礎・応用の両方を進めていますか?
中村先生: 主に材料研究ですが、応用への展開も進めています。
【インタビュアー】理工学部電気電子工学科 岡本 吉史 教授
岡本先生: 太陽電池の特許技術の発明者について教えてください。
中村先生: 私と物質・材料研究機構の塚越先生、東京農工大学の越田先生の3名が中心です。越田先生が出発材料を加工し、私が薄膜太陽電池応用向けに調整、塚越先生が太陽電池デバイスを作り評価する流れです。
岡本先生: 発電効率の評価は物質・材料研究機構が担当ですね。
中村先生: そうです。加えて台湾出身の物質・材料研究機構研究員の王さんが実験を主導し、私や学生が協力しました。
岡本先生: 共同研究のチームワーク向上の工夫は?
中村先生: 頻繁な連絡とデータ共有を重視しました。特に王さんのフィードバックが重要でした。
岡本先生: 学生への影響は?
中村先生: 材料のクオリティ基準を学び、応用研究の厳しさを実感したと思います。
岡本先生: ソフトウェア的な工夫は?
中村先生: 当時はメールと対面が主でしたが、今ならオンライン共有を活用できたかもしれません。
【インタビュイー】理工学部電気電子工学科 中村 俊博 教授
岡本先生:それでは、特許技術の内容をご説明頂けますか。
中村先生:今回の技術の核は「シリコン」──特にシリコンをナノスケールに加工することで、光を吸収し、発光させるというものです。これは「シリコン量子ドット」と呼ばれます。
岡本先生:量子ドットというと、粒子が小さくなることで性質が変わるんですよね?
中村先生:その通りです。通常、シリコンは光を吸収しても発光しません。これは「間接遷移型」のバンド構造によるもので、吸収したエネルギーが熱として逃げてしまうんです。しかし、シリコンをナノサイズにすると、量子効果により電子のエネルギー状態が変化し、光として再放出されやすくなります。サイズを変えることで発光の色(波長)も変えられます。
岡本先生:ナノサイズへの加工は、どのような方法を用いて行われているのですか?
中村先生:電気化学的手法を用いてシリコンをスポンジ状に加工し、さらにそれを粉砕してナノ粒子にしています。いわゆる「多孔質シリコン」を応用した独自の手法です。加工精度は1ナノメートル程度で、安定して大量に作れるのが特徴です。これは特許を取得済みで、東京農工大学の越田先生と共同で開発しました。
岡本先生:それを太陽電池に応用する背景を教えてください。
中村先生:最近注目されている「ペロブスカイト太陽電池」は高効率ですが、紫外線の変換効率が低いという弱点があります。そこで、我々のシリコン量子ドットが紫外光を吸収し、より長波長の光に変換することで、ペロブスカイト層がそれを再吸収し、電力に変換できるようになります。すなわち、「波長変換材料」として機能するわけです。
岡本先生:構造はどうなっていますか?
中村先生:既存の太陽電池層に加え、量子ドット層を1層追加するだけです[図1]。スピンコートなど一般的な成膜技術で対応可能で、新しい設備は不要です。非常に簡便で、既存の製造プロセスの中に自然に組み込めます。
岡本先生:どの程度の性能向上が確認されましたか?
中村先生:実験結果では、電力変換効率が約1.4%向上しました[図2]。太陽電池業界では、1%の向上でも非常に大きな価値があります。特に今回の技術は、大掛かりな構造変更なしで、ほとんど“隠し味”的に性能を底上げできるのが強みです。
岡本先生:まさに実用的な技術ですね。
中村先生:はい。さらに、量子ドットの生成が原理的にはグラムスケールからキログラムスケールまで可能なので、量産性にも優れています。大量に供給できることで、デバイス開発側も試行錯誤しやすくなります。
岡本先生:類似の特許技術はありますか?
中村先生:一部、海外でも似たアイデアの特許はありますが、量子ドットの大量生成と組み合わせた「実用性の高い構造」としてはユニークです。むしろ、シリコン量子ドットを太陽電池に応用するというアイデア自体は業界内では共通認識に近く、問題は「どう安定して大量に作るか」でした。私たちはそこを突破できたと思っています。
岡本先生:素晴らしい成果で、今後、さらに注目されそうですね。
中村先生:ありがとうございます。この技術の価値は、従来の太陽電池製造フローに一層加えるだけで少なくとも1.4%の効率向上が得られるという点にあります[図3]。つまり、低コスト・高インパクトの実装が可能です。今後さらに改良を進めていきたいと考えています。
図1 提案した太陽電池デバイスの模式図
図2 太陽電池の外部量子効率スペクトル
図3 量子ドット堆積による外部量子効率の増大率
岡本先生:特許技術の波及効果や社会実装の現状について教えてください。
中村先生:ペロブスカイト太陽電池は薄型で折り曲げ可能、塗料のように塗るだけで発電できるのが強みです。今後の主力材料になり得ると思っています。既に製品化も始まっており、アンテナのポールや窓ガラス、壁面などの曲面にも使える点が画期的です。
岡本先生:軽量ですね。
中村先生:そうです。積水化学では厚さ1mmのものも開発されていて、出荷後に切って電極をつければ発電可能です。将来的に大規模な普及が見込まれます。そこに私の開発したシリコン量子ドットを組み込めば、効率を1.4%底上げでき、波及効果は非常に大きいと考えています。
岡本先生:室内用の用途もありますか?
中村先生:はい。リモコンやセンサーなどの小電力機器なら、室内光でも十分です。家庭内には無数にありますし、エネルギーハーベスティング用途にも最適です。
岡本先生:大量生産には?
中村先生:現時点では1プロセスあたり0.05g程度の実績がありますが、kg単位の量産も構想しています。ただ大学では限界があるので、出口が見えてから進めたいですね。
岡本先生:量子ドットをさらに小さくすると良いことも?
中村先生:量子ドットを小さくすると緑や青など波長に発光色が変わります。そうして変換効率をさらに向上させる研究もあります。ただ小さくすると歩留まりが悪くなり、制御も難しくなります。
岡本先生:その効果は理論的に解明されていますか?
中村先生:理論はありますが、サイズが小さいと表面の影響が大きくなり、複数の解釈が生まれます。実験と計算科学の両輪で進められていますが、未解明な部分も多いですね。
岡本先生:なるほど。今後の展開が楽しみです。
中村先生:ありがとうございます。光材料の応用が広がる中で、より高精度・多波長対応の量子ドットを提供できるようにしていきたいです。
岡本先生:カーボンニュートラルに貢献できそうな他の研究があれば教えてください。
中村先生:私が扱っているシリコンは、無害で環境適合性が高い材料です。誤って摂取しても人体に影響がないほど安全で、自然界にも豊富に存在しています。他の半導体材料には有害なものも多い中、シリコンは将来にわたって安心して使える、持続可能な素材です。
岡本先生:SDGsにも適合していますね。
中村先生:そうですね。カーボンニュートラルは単にCO₂排出を減らすだけでなく、長期的な持続可能性も重要です。私は亜鉛の酸化物なども研究しており、鉛やヒ素、カドミウムといった有害元素を避け、安全な材料への置き換えを目指しています。
岡本先生:それらの材料は光デバイスにも使えるんですか?
中村先生:はい。発光ダイオードや太陽電池などの光材料としても応用可能です。今後も環境負荷の少ない素材で、高性能なデバイスを実現する研究を進めていきたいと考えています。
論文情報 |
Y.-C. Wang, S.-K. Huang, T. Nakamura, Y.-T. Kao, C.-H. Chiang, D.-Y. Wang, Y. J. Chang, N. Koshida, T. Shimada, S. Liu, C.-W. Chen, K. Tsukagoshi, “Quantum-assisted photoelectric gain effects in perovskite solar cells,” NPG Asia Materials, Vol. 12, No. 54, Aug. 2020. |
特許情報 |
発明の名称:太陽電池・発明者:王 映樵,塚越 一仁,嶋田 壽一,越田 信義,中村 俊博・特許第7489635号(P7489635) |