研究×SDGs人間環境学部人間環境学科 宮川 路子 教授

栄養療法と水素吸入療法に魅了されて

  • 2021年 01月12日
研究×SDGs

産業保健から栄養療法へ

産業保健を専門としていた私が栄養療法に舵を切ったのは6年前のことです。医学部卒業以来、予防医学を志し、病気になってから病院で治療をするのではなく、病院に行く前の段階での健康増進を目指していた私は、当時大きな壁に直面していました。それまで「正しい生活習慣で病気を防ぐ」という予防医学の理念の下、生活習慣改善の指導をしていましたが、健康的な生活を心掛けていた人から「なぜ、こんなに気を付けていたのにがんになってしまったのでしょう?」というような切実な声が寄せられるようになっていたのです。

また、産業医として働く人の健康管理に携わる中、メンタルの調子を崩す人も増えつつありました。そんなとき、大学教員として不安や悩みを抱える学生の相談を受ける中で気付いたのが、食生活の乱れでした。これはうつ病の社員にも共通しており、特に1人暮らしの学生や社員の食事は、コンビニ弁当やファストフード、カップ麺などのインスタント食品、あるいは麺類、おにぎりなどの糖質に偏った食事だったのです。

さらには、うつ病で休職する社員が精神科処方の薬を飲み続けても回復しないとか、親元で休養して元気になったのに、1人暮らしに戻って復職すると再発してしまうというケースもありました。これらを考え合わせると、「心身の健康にとって大切なのは栄養だ」という当たり前の考えに行きついたのです。そこから私は、体内の栄養バランスを整えて病気を予防・治療し、健康増進を図る分子整合栄養医学の勉強を始めました。

父のがん発症と栄養療法

栄養療法に進むもう一つのきっかけとなったのが、父のがん闘病でした。私が高校2年のとき、52歳だった父が腎臓がんを発症し、その後肺への多発転移で余命数カ月と言われましたが、さまざまな民間療法を試みて奇跡的に回復しました。そのときに父が取り入れた治療の一つが栄養療法だったのです。栄養医学の勉強を始めてみて、当時父が実践した糖質制限、ビタミンB群・Cの大量摂取がいかに重要なものであったかに気付きました。

父は2017年にも耳下腺がんを発症し、すでに転移もある悪性度の高いものでしたが、これも標準治療の手術、放射線治療、抗がん剤と、私が行った統合医療※の組み合わせにより運よく克服し、89歳の現在も元気に過ごしています。父の放射線治療の副作用が著しく抑えられたことは私の研究のステップとなりました。

スウェーデン・カロリンスカ研究所でがん細胞を用いた実験中の筆者

スウェーデン・カロリンスカ研究所でがん細胞を用いた実験中の筆者

栄養療法の実践

人の身体は栄養で作られています。身体を構成する細胞は主にタンパク質や脂質でできていますから、これらが不足するとさまざまな不調が出ます。さらに、細胞中のミトコンドリアでエネルギーを作り出すためには、ビタミンやミネラルが必要になります。ですから、これらが足りないとエネルギー不足となり、元気がなくなってしまうのです。コンビニ弁当や糖質まみれの食事ばかりでは栄養をしっかりと賄うことはできません。体調不良や精神障害の患者さんに栄養指導を行い、食事での摂取が十分でない場合にはサプリメントを利用すると、びっくりするほどの改善を認めました。

休日には栄養療法を実践するクリニックに勤めながら勉強を続けていましたが、他人のクリニックでは自分の理想とする治療ができないというジレンマに陥り、2016年の年末に小さなクリニックを開きました。時間が取れる日曜や平日夜に予約制で細々と診療をしていますが、いろいろな悩みを抱える患者さんが来院し、カウンセリングと栄養療法で回復しています。無料でメール相談も受け付けていますし、発達障害の子どもの栄養療法にも力を入れています。不登校やいじめ、引きこもりなどの改善を目指し、親子一緒の診察も行っています。

水素の素晴らしい健康効果

クリニックでは栄養療法だけでなく、免疫力を上げるといわれている水素ガス吸入療法も取り入れました。今までに約百人の患者さんに導入していただき、目を見張るほどの効果が得られています。

水素は体内での活性酸素の除去、血流促進、抗炎症効果、抗アレルギー効果、副交感神経を優位にする作用などが確認されており、抗がん効果も期待されています。慶應義塾大学病院で行われた研究では、心停止で病院に運ばれた患者さんに水素ガス吸入を行うと、蘇生後の脳神経と心臓の障害(虚血再かん流障害)が著しく抑えられることが分かり、厚生労働省から先進医療Bに指定されています。

また、高血圧などの生活習慣病、脳梗塞、心筋梗塞、肺炎、認知症、花粉症、アトピー性皮膚炎、ぜんそく、関節リウマチなどの疾患や、抗がん剤・放射線治療の副作用軽減、冷え性改善など、幅広い効果があるといわれています。

この他にも実際に吸入している方々においてさまざまな効果が認められていますが、特に睡眠改善効果は著しく、「熟睡できるようになった」「長年の睡眠薬服用をやめることができた」という報告が数多く寄せられています。副交感神経が優位になると緊張が解けて気持ちが明るくなるという効果もあるようです。そして最も重要なポイントは、水素吸入療法には副作用が一切なく、標準治療に影響を与えないことです。

栄養療法と水素で医療費を削減する夢を追う

私は「栄養療法と水素で健康増進を目指し、医療費を下げる」という壮大な夢を抱いて、その普及を目指しています。2018~2019年にはスウェーデンの医科大学・カロリンスカ研究所に留学し、水素とビタミンCの抗がん効果、および放射線防護効果についての基礎研究を行いました。非常に良い結果が得られ、現在法政大学から特許を申請中です。

こうした統合医療は保険適用になっていませんが、健康増進のために役立つと確信しています。ただし、理解を得るのが難しい場合も多く、主治医から否定されることもありますが、私は「信じて試してみる」ことをお勧めしています。

大学の講義では、人生100年の時代において健康寿命の延伸を目指し、健康の基本は栄養であるということを意識してもらうために、統合医療についてのテーマを取り上げています。少しずつこのような治療(健康増進法)が広まって、皆が健康で幸せに過ごせるようになることを心から願っています。

※近代西洋医学と補完・代替療法や伝統医学などを組み合わせて行う療法

(初出:広報誌『法政』2021年1・2月号)

人間環境学部人間環境学科

宮川 路子

1966年生まれ。慶應義塾大学医学部卒業、同大学大学院医学研究科博士課程単位取得退学。医学博士、産業衛生専門医・指導医、社会医学系専門医・指導医、NPO法人再チャレンジ東京顧問。ストックホルム大学ストレス研究所客員研究員(2007 ~ 2008)、カロリンスカ研究所客員研究員(2018 ~2019)。平成27年度中央労働災害防止協会緑十字賞、平成29年度建築物環境衛生管理会長賞を受賞。共著書に『こころの「超」整理法』(2012、中央経済社)。

栄養療法の正しい知識を伝える宮川教授個人ウェブサイト

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