研究×SDGs人間環境学部人間環境学科 高田 雅之 教授

生態系の価値を読み取り、人と自然との共生の知恵を探る

  • 2019年 08月05日
研究×SDGs

人と自然が共生する持続可能な社会のために、生物多様性の価値への理解を広めることに注力する高田雅之教授。日本湿地学会の発起人の一人として、湿地研究の発展にも尽力しています。

豊かな生態系サービスを持つ湿地の保全をライフワークに

大学卒業後、さまざまな立場で一貫して公害や地球環境、自然エネルギーなど、環境問題に携わってきました。思い出深いのは公務員として北海道庁に勤めていた頃です。それまでの知識では解決できない都市型生活型公害の担当となり、身近な水環境の大切さを意識してもらうための「せせらぎスクール」という啓発イベントから始めました。多くの方を相手に試行錯誤するうちに、自然や生き物への興味が強く芽生え、横断的に環境問題を見つめる視点が育まれました。

中でも、強い関心を持って探究しているのが湿地です。そのきっかけは、ボランティアで環境省自然保護官(レンジャー)を補佐し、自然解説などを行うサブレンジャーに志願した際に出合った、北海道のサロベツ湿原でした。湿地というとじめっとした暗いイメージですが、東京はもちろん日本の低平地は元々ほとんど湿地でした。私たちの暮らしを支える水田や漁業は、湿地が身近であったことの証しと言えます。

湿地の中でも特に北日本に多い泥炭地を研究していました。衛星画像から特徴を読み取って変化を検出したり、時には同じ湿原に1年に100回も通って、そのたくましさと脆弱さを明らかにする研究に没頭しました。

自然は、食物を生み出し、気候を調整し、自然災害を軽減させるなど、多面的に私たちを支えています。これらの恵みを「生態系サービス」といいます。自然からの恩恵に依存して生きていながら、多くの人はその価値を十分認識しているとは言えません。

2019年3月に発表されたホットな研究では、世界の湿地が毎年生み出す経済的価値は約47兆ドルで、全ての自然が生み出す価値の約43%を占めていると見積もられました。

人は自然を消費せずには生きていけませんが、消費速度が再生産速度を上回ると持続的ではなくなります。世界の人口が増え続ける中で、将来の世代が持続的に暮らし続ける方策を見出すのは容易ではありませんが、それぞれの地域や分野でできることは必ずあると、あきらめずに手探りする日々です。

フィールドワークで培った知見を広く伝え残すために教育の道へ

自然や野生生物と関わる仕事や研究では、現場と対峙してフィールドという教師から学ぶことに加え、たくさんの関係者とつながりを作り、互いに知恵を高め合って解決策という藪を進んでいきました。その道はいつも悩ましいものでしたが、発見の感動と探求の好奇心は、やりがいと充実感を豊富に与えてくれました。そして活動を集大成する思いも込め、長年培ってきた知識と経験を次の世代に伝えたいと思い、大学の教員を志したのです。

湿地の研究は日本ではまだ十分に進んでいるとは言えず、2008年に日本湿地学会が発足し、文理両面から生態系と人との関係を探究する学際研究が本格化しました。2017年には自ら編集代表となって学会監修による日本の湿地についての本も出版しました。

一方、世界では、湿地の持つ水涵養や環境浄化などの生態系サービスを積極的に活用する「グリーンインフラ」が政策的に進められています。平常時は市民の憩いの場、増水時は洪水防止、非常時は水源として活用できるマルチな機能を持つ社会基盤と見なそうというものです。これが日本でも推進されていくには、自然の持つ機能を多くの人が理解し、まちづくりに組み込むことが重要です。特に都市において、グリーンインフラは今後重要な意味を持ってくると考えています。

アイデアを生み出す力を身に付け 知の財産を育てていってほしい

ゼミの課外活動では、千代田区周辺を対象に、都市の自然をテーマとしたフィールドワークに取り組んでいます。都市の自然がもつ魅力を大学生の斬新な視点で切り出し、多くの人が受け止めやすい形にまとめ、発信するスキルを身に付けることが目的です。

2016年から3年間、千代田区より千代田学の助成金をいただき、「緑・水辺・生物による千代田区の魅力化プロジェクト」と題して学生主体で取り組み、現地調査、魅力的なスポットを紹介する冊子の制作などを行ってきました。企業とコラボして、探鳥会の開催やスマホアプリへのコンテンツづくりも行っています。

こうした活動経験の一つ一つは、学生たちが自ら考え、行動し、解決のためのプランを模索しながら得た「実践知」という財産です。これからも豊かにアイデアを膨らませ、多くの人と関わり合い、互いに作用を及ぼしながら、知の財産を育てていってほしいと願っています。

日本の生物多様性を支える小さな湿地を次世代に引き継いでいくために

日本の平野部のほとんどは元々湿地だったと想像されます。日本人はそこを水田に変えながら長く自然と共に暮らしてきましたが、明治以降、近代化の波が押し寄せ、自然環境を大きく変えるような土地開発が進められ、湿地は急激に数を減らしました。大正時代以降、約6割の湿地が消失したとされています。その結果、人と自然とのバランスを損ない、私たちが本来拠って立つ生物多様性の劣化が進んでいます。

例えば、泥炭地の乾燥化です。枯れた植物が分解されることなく堆積してできた泥炭地湿原には、炭素が大量に蓄積されています。排水などによって泥炭地の乾燥化が進めば、植物遺体は分解して土壌内に蓄えられていた炭素は二酸化炭素として放出され、地球温暖化を加速することにもつながります。乾燥した泥炭は燃えやすいので、熱帯地域ではしばしば地峡全体の二酸化炭素濃度を押し上げるほどの大規模火災が起こります。

そのような中、日本では湿地保全に向けて国が先導した自然再生事業の取り組みが各地で進められており、釧路湿原をはじめその地域を代表する湿地において着実な成果も見られています。その一方で、知名度はそれほど高くはないけれども地域の人に昔からなじみがあって、その地域の生物多様性を特徴づけているにも関わらず、自然再生の対象になるわけでもなく人知れず劣化が進んでいる小規模湿地が各地に多く存在しています。そんな湿地をどのように守っていけばよいのか、現在その課題と解決策を探索中です。

そこで何より鍵となるのは、近隣地域に住んでいる人たちの関わりです。その土地の自然を知り尽くす人たちがその価値を知って大事にしてもらう、そしてそれを行政や専門家が持続可能な活動となるよう支えていくことが望まれます。失いかけた自然を以前のように戻すことは容易ではありませんが、時間をかけてでも地域に住む人々の手で、次世代への継承と併せて育んでいく、そのプロセスが大切だと思います。

そんな視点から東~北日本に多い泥炭地湿原だけではなく、西日本に多く見られる湧水湿地も対象として各地の湿地を訪ね、その価値とそこに関わる地域の人々の活動をテーマにコツコツと調査研究を進めています。その過程で泥炭地湿原と湧水湿地の水文環境の違いも見えてきて、また他の地域の参考となる事例も発掘しつつあります。公共事業を中心とした自然再生協議会という合意形成の仕組みとはまた別の、小さな湿地を持続的に守っていく仕掛けを、現場に足を運び、多くの方々からのお話をいただくことで見つけ出していきたいと思っています。

都市の自然に関するゼミの活動が評価され、2017年度の「ちよだ生物多様性大賞最優秀賞」を受賞。千代田区長から表彰を受けた

人間環境学部人間環境学科

高田 雅之 教授

1958年北海道生まれ。宇都宮大学工学部環境化学科卒業、北海道大学大学院農学研究科環境資源学博士後期課程修了。地球環境学修士、農学博士。シンクタンク、北海道庁、環境省、国立環境研究所、北海道立総合研究機構などを経て、2012年より本学人間環境学部に教授として着任。現在に至る。世界の湿地と島巡り、憧れの野鳥探しを至上の喜びとしている。