研究×SDGs生命科学部生命機能学科 伊藤 賢太郎 専任講師

自然科学を数理モデルで解き明かし、他分野への応用研究に結び付ける

  • 2018年 09月26日
研究×SDGs

自然現象を数式で表現する「数理モデル」の研究に従事し、粘菌に関する共同研究ではイグ・ノーベル賞も受賞した伊藤賢太郎専任講師。法政大学での新たな展開を図っています。

数式は世界共通の言語 数理モデルで自然現象を表現

専門分野は応用数学です。生物の挙動や行動原理の数理モデル化に取り組んでいます。

数理モデルとは、自然界のさまざまな現象から本質的だと思われる性質を抽出し、微分方程式などの数式を使って表現する研究手法です。方程式と聞くと計算問題を解くというイメージが強いかもしれませんが、この分野の方程式は、文章を構成するように数式を組み立て、作り上げていくのです。

数学は世界共通で、誤解の余地がない「言語」です。日本語や英語など、コミュニケーションに使用する言語は、文脈によって多義的に解釈でき、意味が正確に伝わらないことがあります。対して、数式で示す表現はシンプルかつ厳密なので、数理モデル化することで主張が明確になります。加えて、コンピューターでシミュレーションすることで、仮定と結果との因果関係を明確に示すことができます。

数理モデルの研究は、そこで完結するものではなく、一つの中継点だと思っています。例えば、コウモリは群れをなして集団飛行をするとき、狭い空間でもお互いがぶつからないように、障害物を回避します。その仕組みは衝突回避のヒントになり、数理モデル化することで、車両やロボットの自動制御などに取り入れることも可能でしょう。一つの数理モデルが、他のさまざまな研究と結び付いて、新たな活用が広がっていく。その応用力の高さが魅力ですね。

粘菌と鉄道網の共通点とは!? 研究成果がイグ・ノーベル賞受賞

数理モデルの構築は、まず生物の生態を観察することから始まります。そこから得られたデータを基に特徴や傾向を見いだして仮説を立て、数理モデルを作ります。それをコンピューターでシミュレーションして、現象が再現できれば完成と見なすこともできますが、私はその先にも関わりたい。実験を専門とする研究者と密に連携を取りながら、数理モデルと検証実験を互いに洗練させたいと考えています。

北海道大学の電子科学研究所で研究員をしていた時代から、粘菌(モジホコリ)の挙動に着目し、現在も継続して研究を進めています。

粘菌はアメーバ状の多核単細胞生物で、餌を求めて広がるように変形しながらゆっくりと移動します。餌に接触すると、その餌を覆い尽くし、さらに餌を求めて移動しながら管状の輸送路を形成します。自分の体(原形質)や栄養分を、この管を通じて運ぶのです。流量が多い管は太く成長し、流れの少ない管は衰退するので、やがて余剰な管は減り、より洗練された輸送ネットワークが残ることが分かっています。

北海道大学時代にお世話になった中垣俊之教授らと共同で2010年に発表した研究では、粘菌が形成する輸送ネットワークと、人間が作り上げた輸送路である鉄道網を比較しました。関東地方の形状を模した容器を用意して、主要な鉄道駅にあたる場所に餌を置くと、仮説どおり粘菌は鉄道網に近い輸送ネットワークを形成しました。比較してみると、実際の鉄道網より輸送効率の高い最適解を示したルートもあったのです。こうした粘菌の特徴的な挙動を数理モデルで理論的に解明できれば、低コストで効率の良い輸送ネットワーク構築への応用も見込めます。

この研究は、ノーベル賞のパロディーとして「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に贈られるイグ・ノーベル賞の交通計画賞をいただきました。ユーモラスな賞ながら、真面目に取り組んだ研究を評価されたのはうれしいですね。

数学でさまざまな科学をつなぎ自分なりの「実践知」を追求したい

生命科学部で数学教員というのは異色かもしれません。しかし、私が取り組んできた応用数学は、多々ある科学の一分野というよりも、さまざまな科学をつなぐ懸け橋のような存在だと考えています。「生命」と「環境」と「物質」の三領域を有機的に結ぶことを目指した生命科学部で、新たな展開が図れることを期待しています。

今までは、粘菌やコウモリなどを中心に研究に取り組んできましたが、数理モデル化できるものであれば、対象は問わないつもりです。生物実験を通じて自然と向き合い、自然科学の理論を数理モデルという知で理解することで、「実践知」へとつなげる。そうやって、自分なりに自然科学に貢献できるスタイルを追究していきたいと考えています。

物理学のために学んだ応用数学の知識を、予測が付かない生物の世界に転用

幼い頃から算数などの難しい問題を解くのが好きで、最初は物理学者になりたいと思って大学では物理学を学んでいました。しかし、学年が進むにつれ、物理学科で学ぶ原子や電子といった肉眼で見ることのできない微細な世界よりも、自然界に現れる模様や同期現象などの「目に見えるスケールの問題」へ興味が移っていきました。

生物に限らずさまざまな自然現象をシミュレーションで再現するという研究に憧れて、大学院は北海道大学の応用数学の研究室に進学しました。その研究室内では粘菌も研究の対象となっており、生物と数学といった分野融合的な研究というものを強く意識するようになったのはその時期からです。いまでも自分の専門性を活かしつつ他分野の人と一緒に仕事をするというのは、実に刺激的な活動だと感じています。

縁あって、粘菌の迷路実験で有名な中垣俊之先生のいらっしゃる研究室で博士研究員をすることとなり、実際に粘菌を飼育、実験することで1年以上の時間をかけて粘菌の感覚を学びました。イグ・ノーベル賞はこの時期の研究に対して中垣先生をはじめとした多くの共同研究者の方ともに受賞したものです。生きている生物を用いるため、生物の行動実験は物理学の実験のように精度よく何度も同じ結果が得られるというわけではありません。それは粘菌のような原始的な生物であっても同じことがいえます。ですが、完全なる再現性を望むことはできないとしても、その中で自分なりの仮説を導き出して、近い形に再現できる数理モデルを構築していく過程が好きです。

法政には2017年に来たばかりなので、昨年はシミュレーション研究を中心に行っていましたが、今年からは実験室での実験をスタートしました。これから、学生たちと一緒に自然科学や応用数学の魅力を探っていくのが楽しみです。

世界共通で、誤解の余地がない「言語」としての数学を使いこなせるようになると、自分が感じている問題点を相手に誤解なく伝えるとか、誰の目に見ても明らかな形で問題を提示しやすくなります。そういう目的のために便利なツールであることを理解し、有効活用できるように身に付けてもらいたいと思っています。

アメーバ状の生物である粘菌イメージ

アメーバ状の生物である粘菌は、さざ波のような収縮活動をすることで、周囲へと少しずつ広がりながら餌を求めて移動する

生命科学部生命機能学科

伊藤 賢太郎 専任講師

1980年東京生まれ。博士(理学)。東京工業大学理学部物理学科卒業、北海道大学大学院理学研究科数学専攻博士課程前期・後期修了後、北海道大学電子科学研究所の博士研究員に。広島大学大学院理学研究科数理分子生命理学専攻の助教を務めた後、2017年より本学生命科学部生命機能学科の専任講師として着任。現在に至る。2010年中垣俊之教授らと共にイグ・ノーベル賞を受賞。