研究×SDGs社会学部社会学科 澤柿 教伸 准教授

極限のフィールドワーク氷と大地の謎に迫る

  • 2018年 04月11日
  • カーボンニュートラル
研究×SDGs

白夜のテントの中で

「うわっ、生き物がいる!」羽毛服で膨れた体を寄せ合ってパソコンの小さな画面をのぞき込んでいた3人の研究者が、一斉に声を上げました。真夜中の太陽が生地越しに黄色く照らすテントの中で、深さ400メートルの南極の氷の底から引き上げたビデオカメラの映像をチェックしていた時のことです。映っていたのは、冷たい氷の底と大地との間にくさびのように入り込んでいた海水層の闇でした。その海水に漂って照明に引き寄せられるかのように、水中生物が闇の中からフレームインしてきたのです。

極限のフィールドワーク

私は、過去数十万年前から現在にかけて氷と大地との境界領域で何が起こってきたのかを明かにすることを目指しています。これには野外調査が不可欠で、これまでに4度の南極調査をはじめ、グリーンランド、ヒマラヤ山脈、南米パタゴニアなどに赴いてきました。厳しい自然環境と直接向き合うことになるため、「極限のフィールドワーク」と呼ぶ人もいます。

フィールドワークの醍醐味は、何といっても壮大な自然と触れ合うことです。電話もインターネットもままならず、風呂やトイレさえない不便さはありますが、俗世の雑事から解放されて、自然とじっくり向き合うピュアな時間を過ごすことができます。一方、自然は時として牙をむきます。ブリザードでテントが倒されたり、マイナス30度の外気で頬が凍ったこともありました。それもまた、都会では得難い「生きていること」を感じさせてくれる純粋な瞬間です。冒頭で紹介したのも、そんな自然と対峙する時間を重ねつつ、徹夜で作業した末に思いがけない発見に至った瞬間の叫び声でした。

流れ出す南極の氷

南極大陸を覆う氷は、つきたてのお餅がつぶれていくのと同じように、自重で変形しながら周縁部へと流動しています。陸から海まで出てきても、氷は途切れずにそのまま海水に浮いて庇(ひさし)のように張り出します。この庇は「棚氷(たなごおり)」と呼ばれ、後続の氷が海に滑り出て行かないように抑えています。最近、このふたが外れてしまうのではないかと心配され始めました。末端が割れて棚氷の面積が縮小し始めていることが確認されているのです。どうやら、温暖化で暖まった海水が棚氷の下に潜り込んで底から氷を解かしているのが原因らしい、と疑われています。
これを検証するため、昭和基地付近の棚氷に孔を開けて、その内部や底を観測してみました。まずは、氷の下に潜り込んでいる海水に達するように一つ、海水が浸入していない地表に達するようにもう一つと、2カ所に孔を開けました。大陸の氷が棚氷となる前後で様子を比較したかったからです。ところが、どちらの孔も予想に反して海水に貫通してしまいました。

氷を貫通した先の海底に見たのは、闇にうごめく生物の姿でした。
氷の下の暗くて狭い海水層で、しかも棚氷の先端から3キロメートル以上奥にまで生態系が広がっていたことは驚きでした。海水層の温度、成分、流速などの観測結果と併せて、予想以上に陸側まで海水が楔入(せつにゅう)し、海洋で起きている変化が迅速に陸上の氷にまで伝わっている可能性が示唆されました。

棚氷の上での調査キャンプ

熱水ジェットをホースで送り込みながら棚氷を掘り進む

衛星観測技術の活用

われわれの観測は、半世紀以上続く南極観測でも、まだ誰も行ったことのない棚氷上での試みでした。今や、グーグルアースが地球上の隅々までをパソコン画面に描き出し、GPSが即座に現在地を示してくれる時代になりました。それでもなお、南極には前人未踏の領域が残されているのです。

初調査に挑むワクワク感の一方で、想定されるリスクを最小限にとどめ、計画の実現性に見通しを付けておく慎重さが要求されました。そこで出発前から、人工衛星が撮影した画像を精査して慎重に候補地を選び、さらにその画像を仕込んだモバイル端末を現場に携行して、氷の裂け目などを回避しながら行動しました。こうして、無事故での計画完遂を実現させました。

このように、宇宙からの観測技術を使えば、厳しい現地の様子を安全な研究室にいながらにして解析できますし、映像の3D化や拡張現実化の技術を併用すれば現場への没入感を得ることもできます。野外での現実感を研究室に再現できたらなぁという思いは、極限のフィールドワーカーなら一度は夢見ることです。その思いが余ってハイテクの活用にものめり込み、技術の分野で書いた論文で、今春思いがけず賞をいただくこともできました。

探検と冒険

キャンパスで視野形成科目として地球科学を講義する他、「探検と冒険ゼミ」を主催して、野外に根差した探究の醍醐味を学生の皆さんに伝えています。また、予想に反して孔が海水に貫通してしまったように、温暖化の現状と行く末を突き止めるには、現場で調べてみないと分からないことが山積しています。研究への意欲もさることながら、あと何度あのピュアな空気に触れる機会が巡ってくるのだろうかとの思いから、次のフィールドワークに赴くタイミングを画策しているところです。

(初出:広報誌『法政』2017年度11・12月号)

社会学部社会学科

澤柿 教伸 / Sawagaki Takanobu

氷河地質学、自然地理学、第四紀学が専門。1966年生まれ。北海道大学大学院環境科学研究科修了。博士(環境科学)。北海道大学低温科学研究所研究員、同大学院地球環境科学研究科助手、助教を経て、2015年より法政大学社会学部准教授/国立極地研究所客員准教授。著書に『なぞの宝庫・南極大陸100万年前の地球を読む』(共著・技術評論社)、『フィールドに入る(FENICS100万人のフィールドワーカーシリーズ)』(編集/分担執筆、古今書院)、『自然地理学事典』(分担執筆・朝倉書店)など。2014年日本雪氷学会論文賞、2017年北海道地理学会論文賞受賞。学術論文多数。