研究×SDGs情報科学部コンピュータ科学科 佐藤 裕二 教授

コンピュータが自ら知識を得て成長するシステムの実現を目指す

  • 2017年 04月04日
  • カーボンニュートラル
研究×SDGs

情報処理の最先端技術を用いて、社会の役に立ちたいと意欲を燃やす佐藤裕二教授。現在は、「進化計算」を中心としたインテリジェントコンピューティングの応用研究にまい進しています。

自ら賢くなるコンピュータを「進化計算」で実現させたい

進化計算という手法を用いて、人工知能(AI)の一分野であるインテリジェントコンピューティング※1の応用研究を手掛けています。生物が環境の変化に適応しようと知恵を付けて進化していくように、コンピュータ分野でも自ら賢くなっていくシステムの実現を目指しています。

これまでのAI研究は、蓄積された大量のデータ(記憶)を呼び出して再利用する手法が主でした。この場合、人間が明示的にデータを追加しなければ、新たな知識は得られません。

今日、コンピュータが新たな知恵を獲得するための研究が進んでいます。つまりコンピュータを自律的に成長させる方法が探究されているのです。

進化計算※2は、さまざまな分野で応用が考えられる技法で、私が力を入れて取り組んでいる研究の一つが多目的最適化問題の解決です。

多目的最適化とは、複数の目的に対して、最適な答えを得ようとする方法です。例えば、新車の開発に当たって、「速く走る」かつ「乗車人数を多くする」など、方向性が異なるニーズがいくつも生じた場合、どうやって解決するかということです。

従来は、より重要と思われる事柄に重点を置くことで、打開策を見いだそうとしてきました。しかし、新たに手掛ける分野や経験のない事柄に関しては、何を優先すべきか判断することすら困難です。

このような場合に、進化計算を用いると、複数の解候補を同時に数値化して予測することができます。そこから解決策の選択肢を絞り込めば、最適なゴールを選びやすくなるのです。

※1 インテリジェントコンピューティング:コンピュータに人間のような知能を持たせ、不正確、不確実、および不完全さを許容した複雑な問題を扱うための情報処理技術。
※2 進化計算:生物は、子孫を残す過程で変異を起こし、環境に適応するか否か選別されながら進化を遂げる。この生物の進化の機構にヒントを得て、目的の結果に近づくようにコンピュータ上でランダムな変異や並列操作によって有効な解を導き出そうとする手法。

突然に行く手を阻まれて、もがいた末に見つけた新たな道

企業に勤めていた当初は、ハードウエアの開発に携わっていました。ニューラルネットワークという、人間の脳にある神経回路の仕組みをLSI(半導体集積回路)で人工的に装置化する研究・開発を行っていたのです。

転機が訪れたのは、国のプロジェクトへ参加するために、つくばの研究所に出向した時です。結婚して間もない時期の単身赴任に寂しさを感じつつも、研究に没頭できる環境で論文を仕上げて、学位を取るつもりでした。

しかし、異動して3カ月後、思いがけない出来事が起こりました。研究に十分な予算がつかず、方向転換してソフトウエア分野で新しい研究を始めるように命じられたのです。

今までの苦労はなんだったのかと、目の前は真っ暗になりました。先の見えない不安の中で考え抜いた末に、生物の進化や人間の脳の能力に関連した情報処理を実現しようと決めたのです。もう前に進むしかないと必死に研究に取り組み、念願だった学位を取得。その成果を国際会議で発表したことが縁で、法政大学へ来る道がつながりました。その選択に後悔はありません。

進化計算の研究は、コンピュータに関する知識や技術だけではなく、脳科学や生物学、遺伝学などの知見を取り込むことが重要です。複数の研究領域をまたぐような境界領域にこそニーズがあり、その問題を解決していくことで実社会に役に立つような成果を挙げられると考えています。

法政の自由な環境で得た発想を社会に還元するのが「実践知」

「自由と進歩」をうたった理念どおり、法政は自由な雰囲気の中で研究ができる大学だと感じています。そして私の中には、「そうした自由な環境で得られた発想は社会に役立てたい、社会に還元してこそ意味がある」という思いがあります。それが私にとっての「自由を生き抜く実践知」です。

学生の指導に当たっては「一人一人の自主性や主体性を育てる」ことを心掛けています。受験勉強などの影響かもしれませんが、近頃は自分で考えるよりも暗記したことを回答するような、受け身タイプの学生が増えているように感じます。行き詰まるとすぐに答えを知りたがりますが、できるだけ自分で考えるように促しています。社会に出たら、自分の頭で論理的に考えて、答えを出す対応力が求められます。自ら試行錯誤して、苦労しながら正解にたどり着くことで、初めて自分の力になると思うからです。

コンピュータも、同じ処理を幾度となく繰り返し、成功体験を積み重ねさせることで進化していきます。学生の皆さんも、さまざまな経験を経て自律的に新しい知恵を獲得し、さらに成長してほしいと期待しています。

〈実践知エピソード〉進化計算を実践的に活用するために、取り組んでいる課題

現在は、進化計算をさらに実践的に活用するために、いくつかの課題に取り組んでいます。

その一つが、処理スピードの高速化です。特に、多目的最適化問題で解を求めようとする際、考慮すべき目的の数が多かったり、複雑な課題であったりするほど処理が増えて、結果が出るまでに時間がかかってしまいます。大型コンピュータを利用すれば、容易に計算速度を上げられますが、維持費用と物理的な設置スペースが必要になるため、限られた分野での利用に制限されてしまいます。手軽に扱えるパソコンを使って処理効率を上げられれば、活用範囲は格段に広がります。

そこで、GPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)を用いた並列計算に着目しました。GPUは画像表示に関する処理を専門的に行う装置なので、パソコンに搭載されています。それを有効活用することにより、低コストかつ高速な処理が見込めます。

さらに、進化計算により、正しい解を導く力も上がってきます。もしシステム内で物理的な故障が生じたら、そこを自動的に回避し、処理を止めずに答えを導くこともできます。つまり、アプリケーションプログラムのサスティナビリティー(持続可能性)を高められるのです。

こうした、限られたスペースで信頼性のある高速処理を実現する技術は、多くの分野に展開することができると考えています。将来的には、自動車や医療機器などの精密機器の開発など、高いパフォーマンスが求められる分野で役立ってほしいと期待しています。

ハードウエアの開発を手掛けていた頃から、人間の脳の機能を解明しようと取り組んでいますが、まだまだ分かっていないことは多いですね。それだけに、とても魅力的で、できるだけ脳に近いシステムやハードウエアを作るにはどうしたらよいのか、興味は尽きません。

情報科学部 コンピュータ科学科

佐藤 裕二 教授

1957年東京都生まれ。
東京大学工学部物理工学科卒業後、日立製作所に入社。同中央研究所を経て、2000年4月から法政大学情報科学部助教授。2001年4月に同教授となり現在に至る。2007年9月には、イリノイ大学アーバナシャンペーン校(IlliGAL)にて1年間客員研究員を務める。2015年Highly Commended Paper Award for International Journal of lntelligent Computing and Cybernetics受賞。Complex & Intelligent Systems編集委員。博士(工学)。