研究×SDGs生命科学部応用植物科学科 越智 英輔 准教授

筋肉の神秘 そのメカニズムと可能性

  • 2017年 03月13日
研究×SDGs

筋線維研究とその成果の応用

左の写真のモザイク模様は何を撮影したものでしょうか。実は、摘出したラットの筋肉を輪切りにして染色した標本(横断切片)を、顕微鏡を通して撮影したものです。緑に染まっているものが遅筋線維(赤筋=タイプⅠ)、黒く抜けているものが速筋線維(白筋=タイプⅡ)です。名称のとおり遅筋線維は収縮スピードに乏しく、持久性に優れた筋線維です。速筋線維は遅筋線維とは逆に、スピードやパワー発揮に優れ、持久性に乏しいことが分かっています。さらに速筋線維(タイプⅡ)には、ミオシン(筋収縮に直接関与するタンパク質)のタイプ別に、ⅡA、ⅡX、ⅡBが存在します。基本的にどんなトレーニングをしても、力やスピードがあり、なおかつ持久力もあるⅡAにシフトするという適応が起こっています。

写真:J Muscle Res Cell Motil. 2015より

一方で、写真の遅筋線維と速筋線維との間に越えられない壁があるようです。一般人の一般的な筋の遅筋線維と速筋線維の比率は1対1ですが、マラソン選手は遅筋が多く、スプリンターは速筋が多いという報告があります。これらの違いが生まれつきなのか、長年の努力なのか、二つの可能性があるわけですが、今のところ「生まれつき」を否定する報告はありません。実際に私の行った動物実験でも、筋肉が太くなるトレーニングを実施した後に、速筋線維内のⅡB(およびⅡX)からⅡAへのシフトは認められたものの、遅筋線維と速筋線維の比率は変わりませんでした。ところが他の動物実験では、電気刺激によって筋肉を収縮し続けることで筋線維が速筋から遅筋へとシフトすること、筋を使えないことで遅筋が速筋に変わることも報告されていることから、現状では結論が出ていないといえるでしょう。

ヒトは、持っている荷物をゆっくりと下ろすとき、山を下るときなどには、筋肉をブレーキとして使います。この動作(筋が力の入っている状態で引き延ばされること)を、「伸張性収縮」といいます。伸張性収縮は、遅発性筋痛(いわゆる筋肉痛)や肉離れ損傷を誘発します。一方で、適切に行えば力が強くなる、筋肉が太くなる、運動療法に生かせる(循環器疾患・脂質異常・腱障害)ことも分かってきましたが、メカニズムは部分的にしか解明されていません。私はこの収縮に興味を持って研究を進めてきましたが、幸いにも最近、伸張性収縮により誘発される筋肉の肥大と損傷・萎縮とでは、活性化される細胞内シグナル伝達経路が異なることと、筋の支配神経の機能が低下していることを発見することができました。これらの発見を基に、現在は企業と共同でサプリメントの摂取効果を検証しています。その成果は、特にアスリートの競技力向上や早期の競技復帰、高齢者のサルコペニア対策などに応用できるのではないかと期待しています。

筋肉の記憶機能

筋肉の自立した機能として、近年注目されている概念「マッスルメモリー(筋肉の記憶)」を紹介したいと思います。ここでは、マッスルメモリーを、一度運動・トレーニングによって太くなった筋肉は、その後中断し萎えてしまっても、再開後に以前よりも早期に元の太さまで回復するという概念とします。

右下の画像(WEB上非公開)は、1本の筋線維を撮影したものです。薄い紫の筋線維のなかに明るい紫(あるいは白くみえる)の核が確認できます。画像の通り筋線維は、多くの核を持つ多核体です。筋肉が太くなるときには、主に筋線維内でタンパク質の合成が高まるわけですが、最初のステップは核の中で起こります。ごく最近の研究によると、一つの核の支配できる体積には上限があるようです。つまり筋線維が太くなるためには、筋線維に含まれる核の数が増えなくてはならないということです。実際に太くなった筋線維で核が増えることが分かっています。ただし、運動から離れて萎縮した場合に減るかどうかについては結論が出ていません。

話を「マッスルメモリー」の仕組みに戻しましょう。長期の運動によって筋線維内の核数が増えた後、運動を中断し筋肉が萎縮しても筋肉は核が増えた状態を維持していることで、再開後に筋肉が元に戻るのが早いという仮説を立てることができます。この説は私が共同研究を行っているオスロ大学のグループによってある程度は実証されていますが、その結果はステロイド投与(いわゆるドーピング)に基づくもので、過去の運動経験の記憶とは言い難い状況です。したがって私は、この仮説を通常の運動環境で実証すべく研究を進めています。

私はバレーボールをしていた学生時代に、どうすれば筋肉痛を防げるか、なぜ同じトレーニングを実施しているのに人によって効果が違うのか、などの問いがきっかけとなり、これらの研究に取り組むことになりました。運動・トレーニングの適応メカニズムを知れば知るほど、われわれの身体はよくできていると感じています。ものづくりに関係する専門教育が行われる小金井キャンパスですが、ものづくりに加えて「からだづくり」のための教養教育や、それを支える基礎研究が求められていることを念頭において、教育・研究を進めていきたいと思っています。

生命科学部応用植物科学科

越智 英輔 / Eisuke Ochi

専門はスポーツ科学、運動生理学。東京大学大学院総合文化研究科にて博士号(学術)を取得。明治学院大学、岡山大学を経て、2016年4月に法政大学生命科学部に着任。最近の論文は、Ochi E, Nosaka K,Tsutaki A, Kouzaki K, Nakazato K. (2015) Repeated bouts of fastvelocity eccentric contractions induce atrophy of gastrocnemius muscle in rats. J Muscle Res Cell Motil. 36:317-27, Ochi E, Tsuchiya Y, Nosaka K. (2016) Differences in post-exercise T2 relaxation time changes between eccentric and concentric contractions of the elbow flexors. Eur J Appl Physiol. 116: 2145-2154,など。