研究×SDGs生命科学部生命機能学科 山本 兼由 教授

大腸菌を用いてレアメタルの回収・蓄積に成功

  • 2016年 11月04日
  • カーボンニュートラル
  • 地方創生
研究×SDGs

本質を見極めるには基礎研究が重要と考え、ゲノム生物学の研究にまい進している山本兼由教授。
遺伝子研究で培った「知」を、特許につながる技術に応用。研究の視野を広げています。

生命力あふれる大腸菌でゲノム生物学の解明

ゲノム分野を専門とした生物学を研究しています。「ゲノム」とは、ごく簡単に言うと、遺伝子の状態を示す全体図です。生物は、数多くの遺伝子を持っています。これらの遺伝子は単独では機能せず、お互いに影響を与えて良いバランスを保ち、連携して機能します。この調整の仕組みや、個々の遺伝子はどのような働きをしているかという基本原理を解明し、生物の生きざまの一端を理解する。それが、私が探究しているゲノム生物学のテーマです。

研究の題材にしているのは大腸菌です。おそらく多くの方は、大腸菌と聞くと病原菌や悪玉菌というイメージをお持ちでしょう。しかし、遺伝子研究に携わる生物学者にとって、実は最適な実験対象なのです。

遺伝子、特にゲノムには、まだまだ解明されていないことがたくさんあります。事実を明らかにするには、さまざまな仮説を立て、時間をかけて実験と観察を繰り返す検証過程が不可欠です。飼育に時間がかかったり、入手や維持が困難だったりする生物は実験題材には向きません。その点で、大腸菌は、大腸だけでなく、体内のいたる場所で生息できます。さらに、体外に排出され、空気中に放たれても生きています。そんな過酷な環境でも生存できる順応性を持っている生物はそう多くはありません。大腸菌はとても優秀なモデル生物(研究対象の生物)なのです。

ゲノム研究を通じて、大腸菌の生きざまを解明していくと、どんな環境におかれても、変化に順応しながらたくましく生きていこうという生命力を感じます。長年接しているうちに、今ではいとおしさを感じるほど、大腸菌に魅了されています(笑)。

学会賞の受賞が、応用研究へのターニングポイントに

自然科学の中でも生物が好きで、生物の基本原理を探究する基礎研究を長く続けてきました。2013年に「大腸菌環境ネットワークに関する包括的研究」と題した研究で、農芸化学学会より、農芸化学奨励賞を頂きました。

この受賞が、私のターニングポイントになりました。自分なりに出した答えに対外的な評価を得られたので、研究に応用的な視点を加えて次のステップに発展させたくなったのです。

大腸菌のゲノム機能を有効に活用して、社会に役立つ研究ができないか。そう考えて、まずは人体にも深く関わる金属の応答性に着目しました。

生物が生きていくには金属が必須ですが、必要量はごくわずかで、摂取しすぎると害を生みます。それは人間も大腸菌も同じです。遺伝子には、体内の金属濃度を調整しようと働きかける性質(金属恒常性)を持つ遺伝子があります。それならば、大腸菌の4500個ある遺伝子のうち、モリブデンなどレアメタルに反応する遺伝子を活性化させると、特定の金属だけを回収・蓄積できるのではないか、と考えたのです。その仮説は実証され、大腸菌を用いてレアメタルを回収・蓄積する仕組みを発見し、特許を出願することができました。

この仕組みを応用すると、将来的に、日本が輸入に頼っているレアメタルが国内でも海水から採取可能となったり、工業廃液に含まれるリンや亜鉛などの環境汚染の要因とされる金属を回収し、地球環境の改善に役立てたりするなど、さまざまな分野への発展も期待できます。まずは実験対象としたモリブデン以外に、他の金属でも同じことができないか、企業と共同で実用化に向けた研究を進めています。

若いころの迷いと模索が、今につながる原点

私が大学や大学院で専攻した農芸化学は、農薬や化学肥料を開発したり、発酵や熟成の仕組みから醸造を学んだりするなど、化学の力を応用して農学を研究する学問です。

当時、私自身は、バイオテクノロジーに興味を持っていたのですが、大学の授業では化学の関連が多く、バイオテクノロジーの授業はあまり取り上げられていませんでした。生物を研究できる場所はないかと悩んでいたところ、運よく4年生でDNA(デオキシリボ核酸)やタンパク質を研究されている内海龍太郎先生の生物化学研究室に所属できました。

大学と大学院で私が手がけていたテーマは、新しい抗生物質の開発です。その研究で学位をもらうことができました。

ただ、私の中で疑問も生まれていました。研究に従事する中で抗生物質に耐性をもつ病原菌の出現を知り、科学の応用は万能ではないと。科学は確かに人の役には立つけれど、しかしそれを応用することは人間のエゴイスティックなふるまいではないか。自然をないがしろにしているのではないか。そう感じるようになり、科学の応用的な研究を進める前に、もっと基礎的な科学の研究をきちんと学んで深めたいという思いが膨らんできたのです。そこから自分が進むべき道を模索して、国立遺伝学研究所の石浜明先生の研究室の研究員となる機会を得たのです。その経験が、今の私につながる原点ですね。

法政大学生命科学部に赴任後、偶然にも農芸化学分野でご活躍する高月昭先生と同じ学科でご一緒することになり、高月先生の後押しもあって、農芸化学学会からの受賞につながりました。また、忘れていた農芸化学の分野に立ち戻り、自分の研究活動の起点に回帰するような感覚で、基礎研究を深めた今の自分が、法政大学ですべき研究を改めて見直す転機になったと感じています。現在、同じ学科の教員はもちろん、小金井キャンパスやマイクロナノテクノロジー研究センターでご一緒する生命科学部の他学科や他学部の教員から大いに刺激を受けながら、研究室の学生とともに研究を行っています。

自由と多様性を重んじる法政の学風と実践知が研究の刺激に

「研究」と「開発」は別もの、むしろ対の立場にあると考えています。分からないことを明らかにしていくのが「研究」で、既に判明していることを応用して新たなかたちを作り出すのが「開発」だと思うからです。また、学術的な知識や知恵を意味する「科学」と、技巧や能力の意味合いが強い「技術」も、相反する言葉です。法政が打ち出した「実践知」は、これら両極のどちらに偏るのではなく、それぞれを尊重する姿勢を端的に示した言葉だと思います。

教授が学生を抑えつけるのではなく、自ら考え、自ら切り開く自由を重んじ、多様性を認める法政での研究活動では、良い刺激を受け続けています。成果が目に見えづらく、地道な検証作業が必要な生命科学の研究のモチベーションを支えてもらっている気がします。

生命科学部生命機能学科

山本 兼由(やまもと かねよし)教授

1973年大阪府生まれ。
近畿大学農学部農芸化学科卒業、同大学院農学研究科博士前期課程修了、2000年3月同博士後期課程単位取得満期退学、2001年3月博士(農学)。
バーミンガム大学バイオサイエンス学部客員研究員、本学生命科学部准教授、ウォーリック大学バイオロジカルサイエンス学部客員研究員などを経て、2014年より本学生命科学部教授。
研究テーマはゲノム生物学。