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プロバスケットボールチーム リンク栃木ブレックス所属 落合知也さん

2017年11月28日

プロフィール

プロバスケットボールチーム リンク栃木ブレックス所属 落合知也さん

プロバスケットボールチーム リンク栃木ブレックス所属 落合知也さん

落合知也(Tomoya Ochiai)さん

1987年東京都生まれ。2010年法学部を卒業。2013年にNBDLリーグ大塚商会アルファーズに入団、2015-16シーズンにNBDLリーグのベスト5に選出される。2016年にリンク栃木ブレックスに入団。2014、2016年に日本代表チームのメンバーとしてFIBA3x3 World Championshipsに出場している。

離れて気付いたバスケの魅力を さまざまなかたちで伝えていきたい

9歳で始めたバスケットボールから、2度離れたことがあるという落合知也さん。2020年東京オリンピックの正式種目となった 3人制バスケットボールの日本代表を目指して、練習と普及活動に励んでいます。

背番号91を付けて20年 得意なのは「泥くさい」マッチアップ

小学校3年生で初めてシュートを決めたときの感覚が忘れられずに、それ以来足かけ20年、バスケットボールを続けています。北米のNBAリーグで活躍したデニス・ロッドマン選手に憧れ、彼の背番号「91」をずっと付けてきました。身長195センチメートルのスモールフォワードとして、一対一で特定の相手をマークするマッチアップで、自分よりも大きい外国人選手の攻撃を防ぐことを強みとしています。

2016年に男子プロバスケットボールのトップリーグ「Bリーグ」が設立され、私が所属するリンク栃木ブレックスが初代チャンピオンになりました。ブレックスは、外国人選手やコーチも含めて全員で一つの方向を目指すチームです。9月に今シーズンが開幕し、2年連続チャンピオンになるために、チーム一丸となって日々練習に励んでいます。

日本には「3×3 PREMIER・EXE(スリーバイスリー・プレミア・ドット・エグゼ)」という3人制のトップリーグもあり、私はブレックスの3人制チーム「BREX・EXE(ブレックス・ドット・エグゼ)」でもプレーしています。

ストリートボールとの出合いと選手になってからのけがが転機に

雰囲気がよく、萎縮せず、のび のびとプレーできた法政大学のバスケットボール部

雰囲気がよく、萎縮せず、のび のびとプレーできた法政大学のバスケットボール部

土浦日本大学高校、法政大学と進学先はバスケットボールの強豪校でした。法政大学では、2年生のときに全日本大学バスケットボール選手権大会(インカレ)で準優勝し、3年生のときにはU24の代表候補に選ばれました。実業団からのオファーもあったのですが、当時の実業団リーグに魅力を感じられず、そんな自分が選手として通用するはずがないと思ったら、バスケットボールへの情熱が急に冷めてしまい、卒業後は別の道に進むことに。

初めてバスケットボールから離れ、姉がモデルをしていたこともあって、長身を生かしてモデルに挑戦してみようと思いました。でも現実はそう甘くない。競争が激しくアピールが必要な世界で、身長が「高すぎて」逆に仕事がなかなか入らず、アルバイトで生計を立てる日々が続きました。

そんなときに出合ったのが、「ストリートボール」と呼ばれる、屋外でプレーする3人制バスケットボールです。参加してみて、プレーヤーのストイックさ、バスケットボールへの情熱に驚きました。みんな仕事で忙しい中、時間をつくってトレーニングをし、週末はイベントに参加する。しかも、それをとても楽しんでやっています。

おかげでバスケットボールの楽しさを思い出すことができ、自分のプレーで人を引き付ける意識を持つことが「プロ」なんだと気付きました。

もう一度バスケットボールをやろうと決心してからは、5人制でBリーグが誕生し、3人制は世界で公認されてトップリーグができ、さらには東京オリンピックの正式種目に決定されるなど、追い風に恵まれました。

そんな順風満帆のようなバスケットボール人生に、2度目の転機が訪れました。昨年10月に中国で開催された3×3の世界選手権の試合中に右膝の前十字靱帯を断裂してしまったのです。

大学卒業時は、自らバスケットボールと距離を置きましたが、今回は思いもよらないアクシデント。手術とリハビリで10カ月近くもコートから離れ、自分にとってバスケットボールがどれだけ大切なものかを再認識しました。

けがをしてからは、食べていなかった朝食を摂るようになり、栄養士の指導を受け、練習前後のセルフケアを念入りに行うなど、けがをしない体づくりを意識するようにもなりました。

復帰第一戦となった今年8月のプレシーズンゲームの試合でシュートを決めることができたのは、多くの方に支援していただいたおかげです。

目指すは五輪の日本代表 バスケの普及活動にも取り組みたい

泥くさく守り抜くマッチアップが持ち味

泥くさく守り抜くマッチアップが持ち味

私がバスケットボールを続けているのは、一旦離れて悩んだからこそ。大学卒業後すぐに実業団に入っていたら、たぶんモノにならずに1、2年で引退していたと思います。やりたいことを職業にするのか、趣味として続けるのかで悩むこともあるでしょう。ぜひたくさん悩んでください。そして、親や周囲に相談するのも大事だけれど、感情の赴くままに行動するのも一つの方法だと思います。若いうちはやり直しはいくらでもきくのですから。

3人制バスケットボールには個人的な思い入れがあるし、5人制とは違う魅力もあります。今は、周囲の理解のおかげで、例外的に両方をプレーさせてもらっています。それに応えるためにも、絶対に東京オリンピックの3×3の日本代表になりたいんです。

また、モデルやストリートボールで磨いた表現力を生かして、Bリーグや3×3の普及活動にも取り組み、末長くバスケットボールに関わっていきたいと思っています。

(初出:広報誌『法政』2017年度10月号)