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情報提供サービス会社 事務職 紺野 大輝さん

2017年09月04日

プロフィール

情報提供サービス会社 事務職 紺野 大輝さん

情報提供サービス会社 事務職 紺野 大輝さん

紺野 大輝(Taiki Konno)さん

1976年北海道生まれ。1995年、工学部(現・理工学部)に入学。在学時に国内旅行業務取扱主任者(現国内旅行業務取扱管理者)、一般旅行業務取扱主任者(現総合旅行業務取扱管理者)の資格を取得。会社員として勤務する傍ら、障がい者の就労支援などを行っている。2016年12月に著書『障がい者の就活ガイド』(左右社)が発行。

働く楽しさを発信して障がい者と企業・社会の懸け橋に

工学部(現・理工学部)に入学し、卒業後はホテルに就職。現在は情報提供サービス会社で事務職を務めながら、障がい者の 就労支援などを行っている紺野大輝さん。自分の能力を生かして他人や社会に貢献できるからこそ、仕事は楽しいと言います。

ぶつかった壁が転機に働けることは大きな幸せ

社会人になって16年目になります。新卒時は一般採用でホテルに就職し、その後、障がい者採用で今の会社に転職しました。

脳性麻痺という障がいをもって生まれ、「一生歩けない」と宣告されて入院生活を送っていました。幸い4歳の時に歩けるようになって退院し、幼稚園以降は普通学級に通いました。親からは、「将来は人員削減の心配がない公務員になりなさい」と言われ、それしか道はないと思い込んでいました。

転機となったのは、大学生時代に障がい者という理由でアルバイトを断られたことと、ようやく採用してもらえた学習塾で働くことの楽しさを知ったことです。その頃読んだ『ホテル王になろう』(中谷彰宏著)という本の影響もあって、旅行関係の仕事に就こうと決心したものの、当時はまだ障がい者へのあからさまな差別もあって、就職活動は難航しました。転職時も、補助業務や短期雇用が大半で、応募した企業は100を超えました。

それでもなんとか就職、そして転職でき、働けることに大きな幸せを感じています。だからこそ、この働く楽しさを障がいのある人に知ってもらいたいのです。

強みに目を向ければ 障がい者の雇用は難しくない

企業には、常用労働者の2%以上の障がい者雇用が義務付けられています。2%に満たない企業には不足人数分の納付金(月5万円)が課され、2%を超える企業には超過人数分の調整金(月2万7000円)が支払われており、全体として障がい者雇用を支える仕組みがつくられています。現在の法定雇用率の2%を達成している企業は直近で48・8%とまだ半分にも達していません。しかし、障がい者の雇用は決して難しいものではありません。障がい者であっても、できることや強みは必ずあるからです。企業は、個人の能力の過不足を補い合い、全体でパフォーマンスを発揮する組織です。雇用する側もされる側も、できないことではなく、できることを発揮することに着目すれば、良い方向に進むはずです。


法政大学で毎年開催している「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞(主催:人を大切にする経営学会、会長:坂本光司法政大学大学院教授)も、応募資格の条件に「障がい者雇用率」を挙げています。少子高齢化で労働力が減っていく中で、そうした取り組みが企業、社会、そして日本という国を元気にしていくと思っています。

挫折や失敗は必ず役に立つ 人との関わりが可能性を広げる

北海道千歳市で開催されたセミナーで 参加者の方々との一枚

北海道千歳市で開催されたセミナーで 参加者の方々との一枚

以前は自分が頑張ることばかりを意識し、迷惑をかけてはいけない、人に頼りたくないと思っていました。高校の3年間、45㎞のマラソン大会を一度も完走できなかったのが悔しくて、大学2年の時に時間無制限のホノルルマラソンに挑戦。40㎞地点でリタイアし、頑張ってもできないことがあるのかと挫折感を味わいました。

その12年後にある方から声を掛けていただき、50人の仲間とホノルルマラソンに再チャレンジする機会を得ました。そして11時間掛けて完走することができ、一人で頑張ってダメでも、仲間と一緒ならできることを学びました。

この経験が現在行っている障がい者雇用の啓発活動や就労支援の原点になっています。会社も多くの人と関わり合いながら成果を出す場だからです。働くことに自信をなくしている障がい者の方もいますが、私が発信をしていくことで、その方たちの希望につながるのではないかと考えています。

大切なのは自分で選ぶこと まずは目の前のことから

仲間と完走したホノルルマラソン

仲間と完走したホノルルマラソン

大学進学のとき、親からは一人で生きていく力を付けるために、北海道外の大学へ進むという条件を出されました。障がいがあるからこそ、「人の何倍も努力をしなければ」と厳しく育ててくれて、とても感謝しています。

数学が得意で、当時は環境に興味があったことから、法政の工学部(現・理工学部)を選びました。その頃1年生の授業だけは多摩キャンパスで行われており、体育の授業に間に合うように、離れた運動場に大急ぎで移動したことを覚えています。

在学中は、正課の科目の勉強はそこそこに、学習塾での講師のアルバイトや、就職を見据えた旅行関連の資格試験に励みました。それが自分の財産になったのは、「周囲がやっているから」ではなく、自分が主導権を持って選んだことだからです。自分で決めたことなら、たとえ失敗しても、いつか必ず役に立ちます。

やりたいことがないなら、まず目の前のことを一生懸命やってみてはどうでしょうか。小さな達成感が次につながるはずです。自分の能力を生かして、人の役に立てることほどうれしいことはありません。社会に出ることを楽しみに、充実した学生生活を送ってください。

(初出:広報誌『法政』2017年度6・7月号)