お知らせ

法政大学島野教授の国際共同研究チームがミトコンドリア・メタゲノミクスから明らかになった世界の潮間帯に生息する珍しい土壌ダニの進化の歴史を推定 ~SNSから過去に新種記載されたハマベダニの仲間たちの進化史~

  • 2024年06月04日
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法政大学の島野智之教授(自然科学センター・国際文化学部)、昭和大学の蛭田眞平准教授(富士山麓自然・生物研究所)、グラーツ大学のトビアス=プフィングスティル博士らによる国際共同研究チームが、ササラダニ類を対象にミトコンドリアゲノム全長を用い進化史の推定を行いました。

発表のポイント

  • ササラダニ類は本来土壌に生息するが、このダニが海岸の潮間帯にどのように適応したかを解き明かした。
  • 解析の結果、潮間帯ササラダニは陸上から海への適応が、独立して3回起こった多系統群であることを明らかにした。
  • 主に熱帯環境に分布するグループは2億2500万年前頃に、両極域を含む冷涼な海岸環境に分布する2科は1億5000万年前以降にそれぞれ分化、適応したと推定された。

発表内容

ササラダニ類(土壌ダニ)は、世界で約1万2000種(166科1328属)が知られており、ダニ類の中でも起源は古く、デボン紀前期(約4億1600万年前)から陸上生態系の分解者としての役割を担っています。ササラダニ類の多くは、土壌に生息し、落ち葉や落枝、あるいはそれと共に生息している微生物などを食べる事に特化しており、人や動物に害を与えることは決してありません。

世界では、ササラダニ類の約1%に該当する種のみ4科20属119種(日本に3科7属13種)のササラダニ類(以下、仮に「潮間帯ササラダニ」と呼ぶ)が、海岸の岩場の潮間帯に主に生息しています。本来は土壌ダニのはずでありながら、岩場の波をかぶるような潮間帯を主な生息地として適応しました。森林で地衣類を好む一部の土壌ダニが岩場の地衣類を食べるようになり、それが次第に海中で藻類を食べるにようになったのではないかと考えられています。現在は、満潮時には海面の下に沈んでしまうような厳しい環境で、潮間帯ササラダニは海藻を食べながら生活していると考えられています。空気を体の表面に蓄えられるように体には細かな構造があり、海面の下でも生きていけます。

このような大きな生息環境の変更は、非常に稀な進化イベントであると考えられることから、潮間帯ササラダニ(ハマベダニ上科)は、ササラダニ類の中から出現した、海岸への適応に成功した単一の共通祖先を持つ(単系統群)説が、従来、有力だと考えられてきました。

2021年、2022年の2年連続で、海洋生物種の世界登録簿(WoRMS)から「注目すべき海洋生物の新種トップ10」に選ばれたツイッターダニ(チョウシハマベダニ)と、リツイートダニ(イワドハマベダニ)(両種ともハマベダニ科)は、市民からのSNS投稿から新種の発見につながりました。これら2種もササラダニ類でありながら、海水に適応した珍しいグループで、海岸環境に生息しています。このように潮間帯ササラダニ類は、未だに多くの未記載種が存在すると考えられ、本来の生息環境である土壌から潮間帯で生活するようになった進化の歴史も、これまで明らかにされてきませんでした。

単系統群とされてきた潮間帯ササラダニは、合計4科に分類されています。“熱帯・亜熱帯”(熱帯・亜熱帯が主な分布域)のウミノロダニ科と、マンゲツダニ科の2科と、極寒の北極圏を主な分布域とし“北半球のみ”に生息するハマベダニ科、そして、極寒の南極圏を主な分布域とし“南半球のみ”に生息するイソナンキョクダニ科(仮称)です。

これら4科の関係については以下の二つの仮説が提唱されています。
(仮説 1:単一起源説)従来、考えられてきた説、海岸への適応に成功した単一の共通祖先によって、いったん極寒の極域に適応した祖先が生じ、北極圏から北半球の冷温帯に分布するハマベダニ科と、南極圏からから南半球の冷温帯に分布するイソナンキョクダニ科のどちらもその祖先から進化し、他方、熱帯・亜熱帯にすむウミノロダニ科とマンゲツダニ科の2科ももともとの祖先を同じとして進化したという説と、(仮説2:複数起源説)南極圏と北極圏で異なる祖先から別々に進化し、熱帯・亜熱帯も異なる別の祖先をもつという説がありました。

本研究では、22種のミトコンドリアの全塩基配列を決定し、近縁種の配列とともに解析することによって系統関係の推定を行いました。次に化石の情報による補正を行った分岐年代推定により潮間帯ササラダニの進化史を明らかにしました。

その解析の結果は以下の通りです。
(1)「仮説2:複数起源説」を支持しました。つまり、潮間帯ササラダニ(ハマベダニ上科)は、陸上から海への適応が、ササラダニ類において独立して3回起こった多系統群であることを示唆しました。
(2)“熱帯性”のウミノロダニ科と、マンゲツダニ科の共通祖先は、三畳紀とジュラ紀にかけての期間(約2億2500万年前ころ)に、最初に海岸環境に適応したことが、分岐年代推定により示唆されました。現在のこの2科の分布域から考えれば、この出来事は超大陸パンゲアがまだ存在していた時期に起こったことが示唆されました。

また、“北半球のみ”の寒冷な地域に生息するハマベダニ科の祖先は、ジュラ紀後期から白亜紀初期(約1億7000万年前)にかけて海岸環境に適応し、ローラシア大陸の海岸地域に分布していたことが示唆されました。

一方“南半球のみ”の寒冷な地域に生息するイソナンキョクダニ科(仮称)の祖先は、ハマベダニ科の約3千万年後(約1億4000万年前)に海岸環境に適応し、ゴンドワナ大陸の海岸地域に分布していたことが示唆されました。

発表雑誌(インターネットサイトでの論文発表)

掲載誌名:Scientific Reports誌
論文名:Mitochondrial metagenomics reveal the independent colonization of the world's coasts by intertidal oribatid mites (Acari, Oribatida, Ameronothroidea). 
著者:Pfingstl, T., Hiruta, S. F., & Shimano, S.
公開日:2024年5月21日(火)
https://doi.org/10.1038/s41598-024-59423-7

添付資料

  • 図1.NSから発見、新種として記載されたツイッターダニ(チョウシハマベダニ)は「潮間帯ササラダニ」の仲間。『2021年の注目すべき海洋生物の新種トップ10』のひとつに選ばれた。

  • 図2.「潮間帯ササラダニ」の4科の関係について提唱されている2つの仮説: 「単一起源説」と「複数起源説」。

  • 図3.ミトコンドリアの全塩基配列を決定し系統関係の推定の後に化石の情報によって補正を行った分岐年代推定の結果。

  • 図4.「潮間帯ササラダニ」類の地誌的な生物地理。色のついた部分はそれぞれの地質時代における各グループの分布域を示す。破線は赤道を示す。

用語解説

分岐年代推定(分子時計仮説)は、以下の4つの仮説に基づいて、共通祖先がいた時期を計算している。
1) 遺伝子配列の変異は、遺伝子の複製過程でランダムに起こり、時間と共に蓄積されていく。
2) 2種類の同じ遺伝子同士を比較したとき、遺伝子配列が異なっている数は、この2種の共通祖先から別れてからの時間を反映している。
3) もし化石記録によって共通祖先がいた時期を特定できる種のペアがいれば、遺伝子変異の速度を推定できる。
4) この遺伝子置換速度を利用することで、他の種間にみられる遺伝子の相違から、それらの共通祖先がいた時期を計算できる。


【本件に関するお問い合わせ】
法政大学自然科学センター・国際文化学部
教授 島野 智之
E-Mail: sim@hosei.ac.jp

昭和大学富士山麓自然・生物研究所
准教授 蛭田 眞平
E- Mail: hiruta@cas.showa-u.ac.jp