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【法政の研究ブランド vol.4】グローバル・ビジネスにおけるコミュニケーション戦略で大切なプレゼンテーション力とアカデミック・ライティングとは(経済学部経済学科 中谷 安男 教授)

  • 2021年01月20日
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「法政の研究ブランド」シリーズ

法政大学では、これからの社会・世界のフロントランナーたる、魅力的で刺激的な研究が日々生み出されています。
本シリーズは、そんな法政ブランドの研究ストーリーを、記事や動画でお伝えしていきます。

ビジネスにおけるコミュニケーション戦略にはセオリーがある

 これまで、ビジネスにおけるコミュニケーション戦略(Communication strategy:以下CS)、つまりプレゼンテーションやネゴシエーション(ビジネス交渉)については、いわゆるプロの経営者による経験ベースで語られてきました。本来、経済・経営に関わる事象を分析する際はエビデンスが求められますが、私は、経済学から応用言語学に研究領域を広げ、ビジネスのCSに言語的なエビデンスを与え、具体的な改善策を示しています。
 ビジネスにおけるコミュニケーションは、口頭によるプレゼンテーションに留まらず、資料や提案書、契約書などペーパーを通じて行われることも多いため、私は「アカデミック・ライティング」の大切についても提唱しています。
 そこで、実際のプレゼンテーション映像やビジネスレターなどの資料を用い、そこで使われる大量の言葉を分析する「コーパス分析」を行い、グローバル・リーダーのCS向上に貢献すべく研究を行っています。つまり、実際に相手を説得するための方法を探求し、過去の成功パターンを分析して、セオリーとして確立して成功率を高めるのです。
 現在、日本では言葉に対していくつかの危機が指摘されています。一つには、SNSといった簡単で気軽に誰もが発信できるメディアが普及し、そこではあまり言葉を使わなくてもコミュニケーションが成立することを経験しています。しかし実際のビジネスにおける交渉や国際会議においては、言葉とともに、バックグラウンドとしての豊富な知識が必要になります。残念なことに日本では読書量が大きく減り、知識としての良質なインプットが足りない状態となっています。
 例えば、イギリスの大学では学生に本を読ませることを今も重要視しています。学生たちは自分たちが未来の社会を切り開くリーダーであるということを自覚して、常に「なぜ?」と問い、クリティカルに本を読み続け、議論しています。私はオックスフォード大学で研究員となり、「オックスフォード・ユニオン」というディベート団体も所属していました。ここでは、読書はもちろん、世界の偉大なリーダーたちの講演を聞いて、それに対するクリティカルシンキングの訓練を行い、自らの言葉を磨いています。残念ながら日本の大学ではこうした機会を得ることが容易ではなく、学生の読書量も減り日本が世界から取り残されるという危機感を持っています。

  • オックスフォード大学教育学部大学院の公開セミナーにおけるビジネスプレゼンテーションに関する講演

  • 1825年設立の世界最高峰のディベート組織オックスフォード・ユニオンでの世界チャンピオンによるワークショップ風景。ここで英国の首相チャーチル、キャメロン、メイ、ジョンソン等もディベートを競った。

グローバルに市場を拡大する日本企業で求められる人材

 かつては、国内市場をメインターゲットとする日本企業では、「阿吽の呼吸」で日本人同士が理解し合って完結していました。しかし今、伝統的な日本企業の売り上げもその多くを海外市場に頼っているという現状にあります。一昔前、海外志向のある学生は商社や外資系の企業を目指すという構図がありました。今や志向の有無にかかわらず、入社した企業で英語によるコミュニケーションが求められるケースが増えています。
 確かに日本語は、相手の気持ちを察し、その背景や文化を尊重し、少ない言葉で気持ちを伝えることのできる素晴らしい特徴を持った言語です。しかし、これからのビジネスにおいて場所が日本でないならば、適切な英語でのコミュニケーションを行える人材が、グローバルな市場でリーダーとして組織を引っ張るためには必要となります。
 さらに、実際のビジネスの現場では、契約書の不備が致命傷となり、訴訟にも発展するリスクをはらんでいます。そのため、なんとなく通じればいいという英語ではなく、正確さが求められるのです。
 こうした背景を踏まえると、学生時代に英語で考え、議論する経験が重要になります。そこで私は、欧米のビジネススクールで用いられる「ケーススタディ」を、学部生にも理解しやすいように、身近な企業のケースを用いた英語教材をつくり、それを基に議論を行う取り組みをしています。大学は、失敗を恐れずに自由活発な議論ができる場所です。だからこそ、超一流の議論ができる場所にしなければなりません。また、一流の経営者を招き交流し、彼らの言葉や実践から、自分との差を感じてもらうことも大切です。今の自分には何が足りないのか、自分だったらこうすると、様々なケースを通して当事者意識を持ってもらうことが大切なのです。経済学部では、有志の合同ゼミという形で、この取り組みを実践しています。
 もう一つ、ぜひ大学生にチャレンジしてほしいのが、4年間をかけて論文を書く練習を積み、その集大成として卒業論文を書くことです。つまり、アカデミック・ライティングのスキルを身に付けて欲しいということです。ビジネスの現場では、正確で論理的な言葉が武器になります。これまで日本における優れた実務家はたくさんいますが、グローバルなスキルを習得するために論文を書いた経験のある方は多くないと思われます。大学教育=アカデミック・ライティングの修得であり、大学教員の使命は学生に卒業論文を書かせることに尽きると私は考えています。世界のリーダーを輩出する大学で共通することは、論文をしっかりと書いていることです。これは、時代を問わず、人類の目の前に山積する諸課題を解決することを期待された若者たちをいかに「読む」「書く」を通して鍛えるか、それこそが論文執筆を通した大学教育の起源からの使命だからです。

アカデミック・ライティングの手法はビジネスの現場で武器となる

kenkyu4_tama_nakatani03.jpg 論文や研究の成果とは一体何でしょうか。それは、どんなに小さくても、それまでにはない新たな発見を世の中に伝えることです。大学4年間を登山に例えれば、裾野がひろい山麓からまずは幅広い視点で周りをながめながら、各分野の研究セオリーに沿って登り始めます。やがて、登っていくうちに射程が明確になる、つまり研究テーマが絞られていきます。そして頂上に到達した際、どんなに小さな石でもいいので、新たな知の発見をひとつ置いてくる。そうすれば着実に山は高くなり、その上に立てば世の中がより広く見渡せるようになるのです。
 山頂を目指すまでに、様々な課題に直面し、それを解決するための方法がどこにあるのかを探します。教員のアドバイスのもと探求するという訓練を繰り返し、問題解決能力を養っていくのです。こうして4年間かけて成しえた小さくても貴重な発見を、的確に世の中に伝える。それがプレゼンテーションです。ここでCSが発揮されるのです。論文の執筆もCSが必須で、このため文書によるプレゼンテーションをまとめ数冊の著書にしました。
 冒頭で紹介した、大量の言語コーパス分析によって、世界のビジネスリーダーの英語プレゼンテーションには、共通した言葉が使われていることが分かりました。一部を紹介すると、かなり高い頻度で「YOU」という語彙と、それに結びつきの強い特定表現を効果的に活用していたのです。このことから彼らは、常に目の前の相手を見て判断し、その立場に立ち考え、聴衆が取るべき行動を示唆していることが分かったのです。次によく使われるのは、「WE」でした。英語の「WE」には排他的なWEと包括的なWEの2種類があります。前者は、伝えている側、例えば成果を発表している企業側や、研究者たちの総称で、聴衆は含まれていません。これに対して、後者は目の前にいる聴衆も含めた「私たち」で、これを使うと会場にいる人たち全員に影響のあることを意味します。世界のリーダーはこの包括のWEを効果的に活用し人々を巻き込みます。残念ながら、日本の経営者やリーダーが「私たち」という際、それは文字通り自分たちだけを見た、排他的な「WE」なのです。
 リーダーのための効果的な言葉の使い方は、ギリシアの哲人アリストテレスの著書でも予言されていました。私の研究では、コンピュータの力を借りた大量のデータ検証によって、初めてそのセオリーを数的に実証できました。つまり、優れたスピーチライターが説得力を高めるのに無意識に使う「YOU」「WE」を、なぜ、どこで、どのように使うべきなのかに関する科学的根拠を得たのです。 
 以上のように、伝える技術にはセオリーがあります。今コロナ禍でコミュニケーションの在り方が大きく変わりました。しかし相手を理解し、ニーズを知る。それに対して自分が持っている資源は何かを明確にし、それを伝える。この交渉や議論の場で、自分の意図を的確に伝えて相手を納得させて動かすという大枠のセオリーは不変なのです。変化するのは異なる媒体を使うというアプローチだけです。確かに、オンラインでのコミュニケーションには、よりはっきり話すとか、表情を豊かにするなど、アプローチを変える必要があります。これらをどのようにセオリーに当てはめるのか、新たな戦略も必要になるでしょう。
 大学時代に経験したアカデミック・ライティングの鍛錬は、世の中にないものを自分の力で見つけるために調べ、本当の課題を見極め、その解決法を先人の英知から導き、実際に解く力になります。さらには、その成果を伝えるために文章にするという、ビジネスや国際交渉の現場で日々行われている過程と共通しています。この力さえあれば、この先どんなに世の中が混沌になっても生き抜いていけると思っています。

経済学部経済学科 中谷 安男 教授

慶応義塾大学経済学部卒業、米国ジョージタウン大学大学院英語教授法資格、豪州マッコーリー大学大学院応用言語学修士、英国バーミンガム大学大学院応用英語言語学博士。オックスフォード大学客員研究員(2002年度、2019年度)。Journal of Business Communication等海外主要ジャーナル審査員。豪州、ニュージーランド、マレーシアの大学院博士課程外部審査委員。国際ビジネスコミュニケーション学会理事。著書 Global Leadership: Case Studies of Business Leaders in Japan 、『大学生のためのアカデミック英文ライティング』、『経済学・経営学のための英語論文の書き方』他多数。