お知らせ

生命の仕組みを探り植物を病気から守る(生命科学部応用植物科学科 大島 研郎 教授)

  • 2022年08月24日
お知らせ

生命科学部応用植物科学科
大島 研郎 教授


植物の成長を妨げる病原菌ファイトプラズマの研究に取り組む大島研郎教授。
食料問題やエネルギー問題に連なる未来を見据え、植物を病気から守ろうと尽力しています。

ユニークな病気を引きおこすファイトプラズマを研究

植物の健康を守るために、植物の病気について研究を進めています。

植物に感染する病原体は、カビなどの菌類、細菌(バクテリア)、ウイルスなどの多様な微生物です。その中で私が特に着目しているのが「ファイトプラズマ」という細菌です。

ファイトプラズマは植物の細胞内に寄生して性質を変化させ、正常な生育を妨げます。感染する植物の種類によって症状は異なり、アジサイが発症する「アジサイ葉化病」では、花が葉のような緑色になったり、花芯から芽が突き抜けるなどの病徴※1が見られます。

葉化病で緑色になったアジサイ(右)。現状は治療法がなく、昆虫が媒介して感染を広げる可能性があるので伐採処分するしかない

最もユニークな例が、クリスマスシーズンに見かけるポインセチアでしょう。赤い花が密集した小ぶりな観葉植物として知られていますが、本来は数メートルの高さにまで育つ樹木です。ファイトプラズマの感染により、茎や枝が密生する「てんぐ巣病」が発症し、姿が変化したのです。

ただ、このように植物の付加価値を高める感染例はまれで、ファイトプラズマに感染した植物の多くは著しく萎縮したり、実が育たないなどの病徴が出ることから、世界中で深刻な農業被害を広げています。

病害により失われる植物は食料可能生産量の12%以上、約9億人を養える量だといわれています。食料供給だけでなく、バイオ燃料の推進などを考えても、植物の病気を予防し、健やかな生育を助けることは、世界の多くの問題解決につながると考えています。

残念ながら、ファイトプラズマの感染対策はまだ確立していません。抗生物質で一定の改善効果がみられることは分かっていますが、人間への影響を考えると食用には向きません。植物自身の感染に対する抵抗力(植物免疫)を高める手助けをすることで、環境に悪い影響を与えない治療法を見いだそうと努めています。

植物病の研究を通じて「生命」の根源に迫る

細菌の研究をしていた父の影響で微生物に興味を持ち、研究者の道を歩み始めました。

学び始めた当初は、酒や調味料の製造に欠かせない酵母など、人間に役立つ微生物の研究をしようと農芸化学を専攻していました。その後、縁あって植物病理学者である東京大学の難波成任教授に師事したことから植物の病気の研究に携わるようになり、ファイトプラズマに出合ったのです。

植物の健康を守るには、感染のメカニズムを解明し、予防や治療につながる対処法を導き出すことが重要です。しかしファイトプラズマは人工的に培養できず、研究を進めるのが難しい微生物でした。1967年に東京大学名誉教授の故・土居養二教授らによって存在が発見されてから、2004年に難波教授と共に世界で初めてゲノム※2解読に成功するまでに30年以上の時間がかかったほどです。

正体を明らかにしてみると、ファイトプラズマは代謝系遺伝子が少ない不可思議な細菌でした。自分では生命エネルギーをほとんど生み出さず、宿主に依存して生きる「究極の怠け者」だったのです。しかも、生物には不可欠だと思われていた要素(ATP合成酵素)すら持っていませんでした。生物としての常識が覆されるような生態を目の当たりにして驚くとともに、「生命とは何か」という疑問に一石を投じる発見になりました。これからも、病気の解明を通じて、この疑問に向き合っていきたいと考えています。

植物の師管に感染するファイトプラズマを電子顕微鏡で観察した写真。小さな粒子一つ一つがファイトプラズマの細胞

チャット機能を活用して双方向授業を実現

学科レベルで植物の病気を専門的に研究している組織はまだ少ないので、支援環境を整えてくれる法政大学には、とても感謝しています。

特に、応用植物科学科では研究室や温室を共有で運営しているので、自然と研究室間の壁のない交流が図れ、学科全体で良い刺激が生まれています。

コロナ禍の影響によりオンライン授業となりましたが、チャット機能の使い勝手が良かったのか、学生からの質問が急増したのは予想外の効果でした。質問に対して随時答えを返すことで双方向のやりとりができ、授業が活気づいたのです。良い傾向なので、これからも対面とオンラインを併用した授業を続け、質問だけでなく授業の感想などもチャット経由で受け付けていこうと思っています。

学問の世界は、数多くの研究者が知恵を持ち寄り育てたベースがあるから、今があります。先人たちが積み重ねてきた知識の支えは、まさしく「実践知」です。将来の役に立つことを願いながら、学生へ社会へと継承していきたいと考えています。

植物と学生を見る目が優しい大島教授。研究室ではコミュニケーションを大切にして、一人一人に目を配りながら指導している

※1 微生物の寄生によって植物が病気にかかり、局部あるいは全身に異常を生じること。
※2 ゲノム 生物の細胞内にあるDNA(デオキシリボ核酸)配列で示された、遺伝情報全体を示す言葉。

(初出:広報誌『法政』2022年8・9月号)

生命科学部応用植物科学科

大島 研郎(Oshima Kenro)

1969年東京都生まれ。東京大学農学部農芸化学科卒業、同大学院農学生命科学研究科博士後期課程修了。博士(農学)。生物系特定産業技術研究推進機構派遣研究員、日本学術振興会特別研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科アグリバイオインフォマティクス特任助手、東京大学大学院農学生命科学研究科生産環境生物学専攻特任助教、同准教授を経て、2014年に本学生命科学部応用植物科学科教授に着任。現在に至る。日本植物病理学会評議員、日本マイコプラズマ学会理事を務める。