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「規格外」を「個性」へ 労働を通じた自己の発現と発展 経営学部経営学科 西川 真規子 教授

  • 2019年07月11日
  • コラム・エッセイ
  • 教員
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とにかく物心が付いたころから学校が大嫌いでした。今になって思えば、態度も振る舞いも生徒としては「規格外」で、教師には扱いづらかっただろうと思います。高校では理系クラスでしたが、担任と衝突して大学では経済学を専攻。果たしてろくに勉強もせず卒業。当時ようやく大企業が女性総合職を採用し始めていました。とはいえ、実際には流通か金融くらいしか女子学生には門戸が開かれておらず、結局銀行に就職。そして、そこで大きな壁に打ち当たります。このことが今の研究につながっています。「研究を進めるには強い関心や問題意識が必要」と学生には常々伝えています。私の場合も、就職直後の痛烈な体験が大学院進学につながっています。採用された銀行で配属された職場は「女性=一般職」と「男性=総合職」で構成され、完全に性別によって職務が分離されていました。私は女性なのに総合職。当然男女どちらから見ても「規格外」です。職場の皆さんは良い方ばかり。個人的には大変良くしていただきましたが、職務となれば話は別。私をどう扱うべきか苦労されたことと思います。混乱が続き、貢献もできず、疲弊し、失意のうちに離職。


ただし、退職の際つい「オックスフォード大学へ進学する」と言ってしまったのです。大学卒業直前にオックスフォード大学に知人を訪ねた際の自由闊達(かったつ)な印象が残っていました。負け犬の遠吠えのようなものでしたが、結果としてオックスフォード大学で研究者としての一歩を踏み出すことになりました。

英国で社会学者として独り立ち

オックスフォード大学は中世に創立された大学と思っている方が多いかもしれませんが、実は半自律的な30以上のカレッジで構成される大学組織で、中世以降都度新たなカレッジが加わり現在に至っています。私が所属したナフィールド・カレッジは自動車王と呼ばれたナフィールド卿の寄付によって創設された、社会科学系のフェロー(教授や研究者)と院生のみからなる研究特化型の異色のカレッジです。小規模ですが、多くの高名な社会科学者(政治、経済、社会、歴史、統計の学者) を抱え、オックスフォード大学で初めて女性のフェローを出したことでも有名です。私が院生として学んだ当時、ナフィールドでは世界中から招かれたゲストが最先端の研究を発表するセミナーが毎週のように開かれていました。第一線の社会科学者たちが激論を戦わせる場を共有すれば、誰もが学問の面白さに目覚めます。ナフィールドには、独創性を評価し、院生であろうが名をはせた学者であろうが、自由に発言し徹底的に議論する風土がありました。私も駆け出しの院生とはいえ、フェローから職務分離研究の専門家として扱われ、身が引き締まる思いがしたものです。何より恩師Duncan Gallie教授が学術面で親身になって支援してくださり、また英国政府、オックスフォード大学、ナフィールド・カレッジから奨学金の支援も得て、博士号を取得。雇用労働問題を専門とする社会学者として独り立ちすることができました。

より良く生きていこうとする力を支える「ケアワーク」への取り組み

帰国後、東京大学社会科学研究所に助手として採用されました。新しい研究テーマを探していたところ、「ケアワーク」に巡り合います。きっかけは、職務分離のときと同様、学術的関心というより身近な問題意識でした。そのころ、社会福祉に携わる妹の体験を通じて理不尽な福祉現場の労働実態を知りました。そして、自らも娘を授かり新米の母親となったものの、実家の支援も大阪と東京ではままならず四苦八苦していました。当時も今も世間ではケアワークを「誰でもできる労働」と捉えるきらいがありますが、学術的視点からすると、保育や介護など有償のケアワークも家庭での無償のケアワークも、多面的な情報収集と複雑な判断を伴う感情労働であり、適切に実践するには高度な知識とスキルを必要とする、というのが私の見解です。その後縁あって職場を東京大学から現在の法政大学に移しました。私のケアワーク研究も、英独日米研究者の国際ネットワークGLOW(Globalization,Gender and Work Transformation)に組み込まれ、Sylvia Walby教授の先鋭なリーダーシップに触発されつつ発展していきます。一連の研究活動を通じて、私はケアワークを「他者の行動や情動、思考傾向からその生命活動(生活)上の不具合に気付き、その自己観を理解した上で、より良く生きていこうとする力を支えていく労働」と定義することにしました。

行き着いた研究テーマは労働とアイデンティティー

最近、新しい研究テーマに取り組みだしたところです。きっかけは、学部時代のゼミ指導教員だった北野利信先生との20年ぶりの再会です。当時がんを患い余命数カ月と宣告された北野先生は、自らの研究者としての人生を振り返り、米国時代の経験(北野先生は1950年代に米国留学後、日本の経営学に社会心理学的視点を導入したパイオニア)がいかに自らのアイデンティティーやウエルビーイングに影響したかを語っておられました。私も英国で社会学者として独り立ちしたことが、その後研究者としての道を開くこともあれば日本への再適応を阻害することもあり、大変共感を覚えました。以後、「労働とアイデンティティーの関連性」について研究を進めています。新しい研究において、私は労働を「自己発現、自己刷新、自己実現の場」として捉えています。果たして昨今の就労環境の急激な変化は私たち一人一人の自分らしさ、つまり「個性」を際立たせていくのでしょうか。自らを取り巻く社会関係やテクノロジーなど就労環境の変化に適応しつつ有意義な生涯を送るには、どのような環境要因や個人要因が関わってくるのでしょうか。今後、検討を進めていきたいと思っています。私のこれまでの人生を振り返ってみると、「規格外」故に青春時代までは寄る辺なくさまよい続けましたが、ナフィールド・カレッジという学究の場で初めて「個性」を認められ、引き続き研究者としての将来を見いだし、その後も良き理解者に恵まれて研究者として身を立てることができました。学校は相変わらず苦手ですが、これからも「規格外」ではあれ、研究者として自己刷新を図っていきたいと思っています。そして、本学の教員としても、未来を担う人材の「個性」を引き出すべく「自己発現、自己刷新、自己実現の場」を提供していきたいと考えています。

(初出:広報誌『法政』2019年5月号)

経営学部経営学科 西川 真規子

Makiko Nishikawa
1966年大阪府生まれ。1989年大阪大学経済学部卒業後、銀行勤務を経て、オックスフォード大学大学院へ。修士号、博士号を取得し97年帰国。98年東京大学社会科学研究所助手、2002年法政大学助教授を経て、07年より現職。関連業績に「感情労働とその評価」大原社会問題研究所雑誌 第567号、『ケアワーク 支える力をどう育む─スキル習得の仕組みとワークライフバランス』(日本経済新聞出版社)、“(Re)defining Care Workers as Knowledge Workers”, Gender, Work and Organization, Vol.18 No.1など。