■ 日時: 2026年7月2日(木) 17時30分〜20時30分
■ 会場: 法政大学市ヶ谷キャンパス 新見附校舎3階 A305教室【対面式で開催】
■ 主催:法政大学国際日本学研究所
■ 報告者:根本雅也(一橋大学大学院社会学研究科講師)
■ コメンテーター:横山泰子(法政大学理工学部教授・国際日本学研究所長)
■ 司会:髙田圭(法政大学国際日本学研究所准教授・専任所員)
去る7月2日、法政大学市ヶ谷キャンパスにて、法政大学国際日本学研究所主催の研究会「幽霊があらわれるとき:超常体験談が映し出す戦争の記憶」が開催された。広島の原爆の記憶についての研究を行ってきた社会学者の根本雅也氏を招き、現在進めている新しい切り口からの戦争記憶に関する研究プロジェクトの一端をお話しいただいた。その新たな切り口とは、超常体験に表れる戦争の記憶である。この斬新な視点がどのように生まれたのか、根本氏の講演は、その問題意識から始められた。これまで根本氏が実施してきた被爆者の聞き取りの中で、霊を彷彿とさせる「不思議な体験」について聞くことがあったという。しかしながら、「戦争体験の継承」として認められる正当な記憶は、意識的で「事実」に基づいた語りだけであり、その中で語られる事実を超えた不思議な体験は、捨象され、対象にされることはなかった。根本氏による新たな研究は、こうした記憶を巡る学問的な状況の中で、超常現象の戦争記憶としての意義を真正面から検討するものであった。
超常現象の語りを読み解く素材として本報告で扱われたのは、いわゆるオカルト雑誌として知られる『ムー』の読者投稿欄である。根本氏は1979年から2020年に発刊された『ムー』の読者投稿欄で語られたアジア・太平洋戦争にまつわる超常体験談53件を分析し、見られた時期や対象を分類した結果、その大半(39件)が戦後の時期に体験された「未知の死者(知らない人の幽霊)」にまつわる超常体験であった。そして投稿者が経験した不思議な出来事や幽霊の目撃談をめぐる数々の具体例を紹介し、それらの多くに共通するある特徴を導き出した。それは、「〈未知の死者〉の出現・想起は、戦争にまつわる〈場所の歴史〉と伝承と密接に関係する」ということである。それは、多くの超常的な語りが防空壕や慰霊碑などの戦争の足跡を示すモノや南京や広島といった〈よく知られる歴史〉の場所と深く関連しているということであった。こうした『ムー』の読者投稿を素材にした分析を通じて根本氏は、講演を締めくくる二つの重要な問題提起を投げかけた。まず、超常的な語りが場所の歴史と関係するのであれば「場所の記憶」がなくなれば、それにまつわる幽霊も消えてしまうのではないか?そして、多くの超常体験談が戦後に見られた「未知の死者」であったことから、戦争にまつわる超常現象は、戦争との「近すぎず・遠すぎず」の時間的距離があった方が見られるのではないか?という超常現象が生まれる条件を導き出すための問いかけであった。
こうした根本氏による充実した講演に応答する形で、国際日本学研究所の所長で、怪談文化の専門家でもある横山泰子氏によるコメントがなされた。まず、横山氏は、根本氏が提起した場所と超常現象との関係について、長らく言い伝えられてきた法政大学小金井キャンパスの怪談とされるものが、建物が新築されていくにつれ、消え去っていったエピソードを例に賛同した。また、法政大学に限らず、大学という場所は、研究所などを中心に虚実入り混じりながら戦争との記憶と結びつけられやすい場所になっているからこそ、大学の怪談が多いのではないかと指摘した。さらに、根本氏が報告の中で展開した戦争との時間的距離の仮説と見解をともにするものとして随筆家の吉田悠軌による分析が紹介された。吉田氏は著書『よみがえる「学校の怪談」』の中で、根本氏の論文を参照し、1970年代生まれまでの彼らの怪異体験を戦災と結びつける説明ツールを持っていたため、この世代は戦争にまつわる怪異現象を体験する人々が多かったと主張しているという。そして、横山氏は三つ目として、東南アジアの怪談には日本軍と関連した話が少なくないという点をシンガポールの怪談本を例に挙げながら指摘し、怪異現象のトランスナショナルな側面からの研究の可能性を示した。
対面で行われた本研究会は、社会学や人類学に限らず、歴史学、文学、文化研究などの異分野の専門家が集まり、また北米、欧州、中国などの国外出身者も多く、怪異現象というテーマが普遍的で学際的な魅力を持つテーマであることを感じさせられた。そして、その後のディスカッションの際には、参加者からも多くのコメントや質問が寄せられた。例えば、怪談は一時的に消え去ってしまっても、時間を経て再び復活することがあるということ。また、トランスナショナルな点においても、海外の怪談はモノと結びついていることが少なくなく、例えば、フィリピンでは日本軍の砲台が残っていることで日本軍にまつわる怪異現象が多く聞かれるという指摘がなされた。根本氏による怪異現象から戦争の記憶を読み解くという手法はとても斬新で、場所の戦争記憶との関係、戦時体験の時間的距離など「幽霊の現れ方」の一般法則を示唆する報告とディスカッションは、想像力を掻き立てる刺激的な議論であった。近年の記憶論の分野では、国境を超える記憶(transnational memory)が注目を集めているが、そこに超常現象という魅惑的な視点を加えることで、この分野の更なる発展が期待できるようにも感じられた。
髙田 圭
法政大学 国際日本学研究所 准教授
