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【法政の研究ブランドvol.10】“越境”から“アンラーニング”へ続く学びから新たな視野を手に入れよう(経営学部経営学科 長岡 健 教授)

  • 2021年03月19日
  • ゼミ・研究室
  • 教員
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「法政の研究ブランド」シリーズ

法政大学では、これからの社会・世界のフロントランナーたる、魅力的で刺激的な研究が日々生み出されています。
本シリーズは、そんな法政ブランドの研究ストーリーを、記事や動画でお伝えしていきます。

学習は手段ではない

私が初めて研究対象としての「学習」に関心を抱いたのは大学時代でした。慶應義塾大学経済学部の高橋潤二郎先生のゼミに参加して、「学ぶってこういうことだったのか!」と衝撃を受けたのです。受験勉強が終わりやっと大学に入ったものの、大人数での画一的な授業が多く期待はずれのような気持ちを抱いていた時、高橋ゼミで先端的で刺激的な学習の場と出会い、学びの概念が一気に変わりました。今でいうアクティブラーニングを1980年代から時代に先駆けて実践していたのです。

新聞記者や大手広告代理店の社員の方など様々な分野で活躍している社会人の方が毎週のようにゼミに来て、これまで全く知らなかった世界を見せてくれました。話に触発されていく中で、先輩たちがすごいアイデアや人生哲学を語り始めたりする独特の空気が生まれていく。知識を得ることだけが学びではないということを体感しました。ゼミで認知心理学者の佐伯胖さんの本を読み、学習とは何かを深く考えたことも忘れがたい思い出です。大学卒業後もこういう学びの実践をしていきたいと思ったという意味で、この時の学びが私の原点だと言えるでしょう。

卒業後は金融機関に数年勤めた後、イギリスのランカスター大学に留学。先端的な学習研究に取り組む“個性派”が集まる梁山泊のような大学キャンパスの洗礼を受けるとともに、本格的に研究の面白さを知りました。留学当初はアクティブラーニングや参加型の学習に興味を持っていましたが、博士課程で今の研究テーマに繋がる「越境」や「アンラーニング」に関心が移っていきました。というのも、これまでの学習はアクティブラーニングを含めて学習目的を所与のものとして、もっぱら目的達成の効率化を目指していたことに気づいたからです。「越境」や「アンラーニング」を学ぶうちに、目的や目指すべき方向を考えること自体が学習の一部であるという考え方を知りました。そして、組織や学校がお膳立てした“正しさ”を無批判に受け入れ、与えられた目的を達成するために疾走し続けるような学習のやり方、つまり「学習を手段化すること」への問題意識が徐々に強くなっていったのです。

この時から「学習を手段化しない」ということが私の研究のスタンスになっています。学習を研究していると言うと、よく「どうやったらうまく学べるか」と聞かれます。でも、その問いには答えられません。例えば、幸福の研究をしている人に「どうやったら幸せになるか」とは聞きませんよね。そんなことより、「幸せとは何か」が本質的な問いだということを、私たちは知っていますから。学習も同じです。知識やスキルや能力をつけるよりというよりも、広い意味で人間としてより良くなっていく行為の総称として、私は学習を理解しています。

敢えて不安定な状態で自分自身を揺さぶる

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「越境」や「アンラーニング」というと何やら難しいワードのように聞こえるかもしれませんが、実はそれほどわかりにくい概念ではありません。例えば、今まで自分があまり興味を持っていなかった活動をしてみる、これまで交流がなかったタイプの人の話を聞いてみる、自分とは全く違う価値観に触れてみることなどを通じて自分を敢えて「不安定」な状態に置く。そのことによって、今まで自分が当たり前だと思っていた考え方を自分自身で揺さぶり、自問自答していきながら、今後目指すべき将来の方向や仕事のやり方をもう一度見つめ直す行為のことを「越境」と言います。

そして、「越境」の結果として起きるのが「アンラーニング」であるという位置づけです。「今まで出世をめざすのが当たり前だと思っていたが、父親として子どもと接する時間を長くするべきではないだろうか」という風に、目指す方向や学習の目的のようなものが変わることを「アンラーニング」と呼んでいます。実は、「アンラーニング」はこれまであまり重要だとは思われていませんでした。20世紀後半まで比較的社会は安定し、多くの人が「大きな物語」としての価値観を共有していたため、「家族にとって何が幸せなのか」「自分の仕事の意義は何なのか」といったことはいちいち考えなくても当たり前だったからです。しかし近年、社会が流動化し、価値観も多様化した結果、一人ひとりにとって幸福のあり方や仕事のやり方が多様になってきました。しかも、それが個人の中でも変化するようになった。そして、会社や上司の指示通りに学んでいればよかった時代は終わり、目指すべき方向を自分自身で見定め、主体的に変わり続けることが自分の成長にとって重要な意味を持つようになってきたということです。

焦らない、短期的な効果を期待しない

「越境」は自分自身を揺さぶり、世間の常識や組織の規範に凝り固まっている“私”を解きほぐしていくプロセス。つまり、「越境」がプロセス、「アンラーニング」が結果ということです。大学の活動としてこの「越境」を実践しようと2011年から始めたのが、大学を飛び出し、街の中で創造的でオープンな学習空間をつくる「カフェゼミ」という試みです。近年、自由な雰囲気の中で対話をしながら新しい人間関係を築いていく空間という意味を持つ「サードプレイス」という概念が広まっています。ここでは、学生自身でゲストを招き、会場を整え、飲み物や食べ物を用意しながら、空間を一から創っています。試行錯誤の連続ですが、「カフェゼミ」という脱・予定調和の環境に身を置きながら、新しい学びの意味と可能性を考えるヒントを探っています。

こうした学びにおいて重要なことは、焦らないこと、短期的な効果を期待しないことです。今の学生は世間の動きに対する学習能力が高く、経済合理性と自己責任論に基づく価値観が染み込んでいます。まずは、それらを取り除いてあげないと「越境」ができません。たとえ失敗しても、何も起きなくても、とにかく楽しんで話すことを繰り返していくと、徐々に見知らぬ人と雑談ができるようになる。「テーマがあると話せるのに、テーマがなくなると話せなくなる」という傾向は、優秀な学生ほど顕著です。短時間で効率的に情報収集することが正しいことだと思い込んでいるからです。合理性や効率性だけを求めても対話は成り立たないし、偶発的な出会いもありません。ところが、活動や対話自体を楽しんでいると、特に「目的は学ぶこと」という意識がなくても、なぜか結果として学べる。そういうことを体感できる空間や活動をデザインすることがこれからの大学教育に求められているのだと思います。失敗を恐れずトライ&エラーを繰り返し、脱予定調和的な出来事を楽しみながら未来を切り開いていく。そんなマインドセットを大学教育を通じて醸成していきたいと考えています。

現在は、コロナ禍ということもあってオンラインで「対話型大規模講義」をしています。コンセプトは「同じ時間に同じ場所にいる意味を感じること」。授業を情報伝達の場と位置づけるのではなく、インタラクティブに考える力を身につける合同練習の場ととらえています。特別な仕掛けはありません。学生に楽しく聞いてもらえるよう、私が画面に向かって必死に話す。学生にはリアルタイムでTwitterに思ったことを何でも書いてもらう。学生には良い意見や質問を書くことを意識する必要はないと言っています。学生同士の意見交換も自然に生まれ、100分の授業でTweet数は500通にも上るので、授業後は必死になって返信しています。授業では「講義を聞く」と「意見を述べる」を同時並行的に行うよう指導していますが、学生からは「聞くと考えるのパラレル思考にチャレンジすることが、私の集中力をアップしてくれる」という声が寄せられるなど、脱・情報伝達型の授業に手応えを感じています。今後は、室内に篭るのではなく、街中や公園などの屋外から、モバイル環境で学生に受講してもらうオンライン授業も計画中です。

近年、大学は社会から「人材育成」の場と見られている現実がありますが、大学教育と人材育成は明確に違うものです。それは、誰がお金を払っているかを考えてみればわかる通り、人材育成とは企業が利益を追求するための「手段としての学習」です。一方、学習者自身がお金を払う大学教育はもっと自由で多様な価値観に溢れた活動であり、4年間の経験を通じて、広い意味で人間としてより良くなっていくことが、大学の活動としての学びです。与えられた条件の中で目的を達成するトレーニングのような「手段化された学習」だけでは、予見困難で多様な価値観に溢れる未来を切り開こうとするマインドセットを醸成するのは難しいように思います。企業にとって人材育成の効率化は重要なテーマですが、学生一人ひとりが試行錯誤しながら、目指すべき社会の未来像を描いていくプロセスそのものが、大学における「学び」の重要な一部を構成していると私は考えています。

  • 企業本社のオープンスペースでの「カフェゼミ」開催

  • 「カフェゼミ」での講義風景

  • 街中のワークショップスペースでの「カフェゼミ」開催

  • 市ケ谷キャンパスでのゼミ風景

経営学部経営学科 長岡 健 教授

慶應義塾大学経済学部卒業、英国ランカスター大学大学院博士課程修了(Ph.D)。社会理論、コミュニケーション論、学習理論の視座から、創造的な活動としての「学習」を再構成することが研究テーマ。現在、アンラーニング、サードプレイス、ワークショップ、エスノグラフィーといった概念を手掛かりに「創造的なコラボレーション」の新たな意味と可能性を探るプロジェクトを展開中。共著に『ダイアローグ 対話する組織』『越境する対話と学び』など。2020年度「学生が選ぶベストティーチャー賞」。