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進化心理学と法哲学を融合させ人間の本質に迫る(文学部哲学科 内藤 淳 教授)

  • 2020年10月30日
お知らせ

文学部哲学科
内藤 淳 教授


法哲学に取り組み、法に関する根本問題を哲学的に考察する内藤淳教授。
進化心理学と法哲学を融合した独自のスタイルを貫き、人間の本質に迫る研究を進めています。

進化心理学との出合いから研究者の道へ

専門分野は、法哲学です。法や社会制度をテーマとして「法とは何か」「社会制度の礎として、法が目指すべきことは」「社会はどう在るべきか」などを考察し、人間の本質的な在りように基づく根源的な解を追究しています。

私の法哲学研究の特徴は、進化心理学をベースとしていることにあります。進化心理学は、チャールズ・ダーウィンの「進化論」を立脚点として、人間の本性を解明しようとする学問です。生物学、心理学のみならず、多くの領域にまたがる学際的な応用力を秘めています。私は法学を専門としてきたので、進化心理学を土台に、法哲学で扱われる法や正義の理論を融合して、人間社会の在り方を探究することに取り組んでいます。

かつては、人間の本質を解明する鍵は「文化」にあると考え、興味の大半を異文化の理解に費やしていた時期がありました。学部生の時のゼミでは「法と文化」の勉強をしましたし、日本とは異なる、さまざまな文化に触れてみたくて、ケニアやタンザニアなど「よく知らない」国にも行ってみました。外務省所管の特殊法人(現在は独立行政法人)である国際交流基金の職員となって、各国との文化交流に携わっていたのも、自分にとっては自然な流れでした。

その後、進化心理学と出合い、生物原理にこそ、人間の本性を知る手掛かりがあると気付いて衝撃を受けました。手にしたはずの解の奥に、新たな知の扉を見つけた感じがして、その先を探究してみたいと思い、研究者への道を歩むことにしました。

人間の本質を考えるには、元々持っている性質や共通の特徴を知るだけでは不十分です。時代が変われば、環境が変わります。環境の変化の中で適応するために人はどう行動するか。それを踏まえて、現行の婚姻制度は時代に即しているかなど、社会制度の是非を考えることが大切です。

今はまだ、融合のルートが錯雑としている段階ですが、ゆくゆくは進化心理学と法哲学の論理をスムーズにつなげる道筋を確立させたい―。その思いが研究の原動力となっています。

哲学は自分を知るためのツール
人間力という「実践知」を養う

教育者という立場ではありますが、むしろ学生から教えられることが多いと感じています。

大学教育に携わる前は、法哲学を研究する身でありながらも、「哲学は実用性に乏しい学問。社会生活に役立てたいなら理論を学ぶよりも、経験を積むことが有効だろう」と考えていました。しかし、学生たちを見ているうちに、考えが変わりました。人間の本質を問う哲学は、一人一人が自分自身を知り、自信を育むためのツールとして有益に作用することに気付いたからです。

哲学全般のテーマには、自らに取り込んで人間形成の糧にできるヒントが詰まっています。その理解のために概念や理論を身に付けるうち、自分自身の思いや感情、行動について言葉で明確に理解できるようになり、強さが生まれます。分からないことには不安が募りますが、理解できれば恐怖は薄れるからです。そうして知識や経験、論理を取り込みながら自分自身の土台を強化していけば、社会で生き抜くための人間力という「実践知」が育つのです(図1)。

  • 図1:知識や論理をインプットし、自分自身を作りあげることが、社会で生き抜く力になる。そのための知が実践知。

個性と特性を見極め、適切なタイミングで成長の刺激を

大学教育で学生が成長するプロセスを目の当たりにするにつれ、教育者としての責任を強く感じています。

どの学生も、自身の中に成長する力を備えていますが、その力を働かせるためには、外部からの刺激が必要です。しかし、一人一人の資質と個性は異なりますから、画一的なマニュアルでは対応できません。

学生自身が持つ潜在力を活性化するには、どのタイミングで刺激を与え、どれだけ手をかければよいのか。負荷をかけて心を鍛えた方がよい場合もあれば、長所を見いだして自信を持たせることが大切な場合もあります。それぞれの長所、短所を把握した上で、ケース・バイ・ケースで見極めなければならない。学生に与える影響が大きい立場だからこそ、そこを見誤ってはならないと気を引き締めています。

2020年度は、新型コロナウイルス感染症の影響で対面での授業が制限されてしまっていることは残念です。学生の特性や心の動きを把握するには、五感を駆使して、一瞬の表情や無意識のしぐさ、ボディーランゲージなど、非言語の情報を得ることが重要です。それは、直接コミュニケーションを取らなければ、感じとりづらいものです。1日も早く終息に向かい、状況が好転することを願っています。

(初出:広報誌『法政』2020年10月号)

  • 左画像:2019年夏に開催したゼミ合宿での一枚。ゼミを通して自分と他人への理解を深める中で、ゼミ生同士の交流も自然と良好になる。
  • 右画像:ゼミでの日常風景(2018年撮影)。さまざまな法律問題や社会問題などのテーマに関して、常に活発な議論が展開されている。

法政大学文学部哲学科

内藤 淳 教授(Naito Atsushi)

1968年茨城県生まれ。大阪大学人間科学部・法学部卒業、同大学院法学研究科博士前期課程修了。国際交流基金勤務の後、一橋大学大学院法学研究科博士後期課程修了。一橋大学研究員、亜細亜大学非常勤講師などを経て2013年文学部哲学科准教授に着任。2018年から教授。現在に至る。