お知らせ

アート・マネメント教育を通じてアートと社会をつなぐ(キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科 荒川 裕子 教授)

  • 2020年01月15日
お知らせ

キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科
荒川 裕子 教授


美術史家として、英国美術の研究にいそしむ荒川裕子教授。ライフキャリア教育の側面から、アートと社会との関わりを探究するアート・マネジメントにも取り組んでいます。

独自性のある英国美術に傾倒し、西洋美術史を研究

西洋美術史(アート・ヒストリー)を専門に、研究を続けています。

日本では、美術史を研究する美術史家という存在はあまり知られていませんが、美術作品を解説するのも主要な仕事の一つです。作品が誕生した当時の時代背景や作者が住んでいた地域の特性などを踏まえて、作者が作品の中で表現したかった思いや、施した技巧などをひもとくことで、作品の価値や魅力を発見し伝え広めていくのです。

西洋美術の中でも私が専攻しているのは英国美術で、中でもロマン主義に類されるジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(以下、ターナー)を研究しています。ターナーは、巨匠がいないといわれる英国美術の中では例外的ともいえる知名度と人気を誇る画家で、かつて夏目漱石も英国留学中に大きな感銘を受けています。時代に先駆けた実験的な作風に取り組み、のちの印象派に影響を与えたと考えられています。

西洋美術の王道とされるフランスやイタリアと比べると、英国の美術は歴史も浅く傍流ともいえるような存在ですが、後発だからこそ、伝統芸術の概念にとらわれない独自性を発揮しています。とかく文化的エリートのものとされがちなアートを特別視することなく、例えば誰もが楽しめるように美術館を無料で開放するなど、労働者階級にも美を浸透させていこうとしたチャレンジ精神に、大きな魅力を感じています。

人間が人間であるための「感性」を育てる

キャリアデザイン学部では、教育キャリア、ビジネスキャリア、ライフキャリアという三つの視点から、人びとのキャリア形成を考えます。私は「生き方」を探求するライフキャリア領域で、アートを含めた文化全般を担当しています。

日本では、美術や芸術など、一般にアートと呼ばれる文化に対して、教養の高い人が好む高尚な趣味だと、格式ばった印象を持たれがちです。さらには社会経済が不況になると、アートなど無くても生活に支障はないと見なされたりもします。

しかし、これからの未来にアートが無くなってしまったら、人間は人間として生きていけないのではないかと危惧しています。アートは、個々の人間が固有に持つ感性を駆使して生み出すものだからです。

人工知能(AI)やロボットが席巻する時代に、人間の最後のとりでともいえる「感性」を守り、育てるにはどうしたらよいのか。そう自問しながら教育に取り組んでいます。

人の生き方について考えるライフキャリア領域では、人と人、人と社会のつながりの形成が普遍的な課題です。文化やアートを介した触れ合いは、国境や言葉の壁を越えて、人間同士の距離を縮めるための非常に有効な手段となるでしょう。

こうした視点を身につけた上で、教育やビジネスまで幅広い分野を横断して学べる、キャリアデザイン学部ならではの環境を強みに、多層的な学びを深めてほしいと願っています。

アート・マネジメント教育で学生の成長を後押し

日本のさまざまな文化に魅力を感じて、海外からの観光客が増えていることを考えても、文化には経済的価値や社会的価値を生み出す力があることが明らかです。そこで授業では、自由な発想や表現で生み出されるアートに、本来の美的価値に加えて、経済的、社会的な価値も戦略的に付加していく「アート・マネジメント」をテーマにしています。

アート・マネジメントとは、アートを通じて人と人とをつなぎ、人と社会とを結ぶ実践的な方法論の総称です。

例えば、ゼミで取り組んだプロジェクトの一つは、古着交換ファッションショー。シニア世代がリアルタイムに着ていた古着と、学生の服とを交換して着回しを楽しもうという、世代間交流の試みです。高齢者の情報が集まる地域包括支援センターに協力をお願いする交渉から、会場の手配や準備まで、学生が主体となって計画を進め、実施しました。

文化は、人の手で継承していかないと育ちません。アートを生み出す人と、アートを楽しむ人の間に、アート・マネジメントの手法を用いてつなぐ人がいることで、文化活動はより活性化し、豊かなものになります。

アート・マネジメントは、日本に導入されてから日が浅く、参考となる文献や先例も十分ではありません。トライアル・アンド・エラーで実践的な体験を積むしかない局面もありますが、より深く学びたいと大学院へ進学を希望する学生も増えてきました。

地方出身の学生からは、大学での学びを活用して、文化やアートで地元を活性化させたいと夢を語る声を聞くようになりました。実際、例えば四国に帰郷して起業し、行政機関と協働しながら、戦略的に街の文化的イメージを高めて活性化させるためのコンサルティングに取り組んでいる卒業生もいます。

学生たちが成長していく姿は、未知なる領域で教育という種まきを続ける力の源泉になります。そう遠くない未来に、アートを社会へつなげる「実践知」が日本各地で花開くことを信じて、楽しみにしています。

英国の美術史に日本との親和性を感じながら、日本の芸術分野の醸成を見守りたい

ルネサンス文化の中心となったイタリア、印象派を育んだフランスなど、アートの王道を歩んだ国々と比較すると、大陸と切り離された島国で独特な美術観を育んできたという点で、日本は英国とどこか似ています。

英国では、産業革命の成功により、経済活動の発展を重視する一方で、自国で文化芸術を育てる活動は軽視されてきました。例えば美術品が欲しいなら、経済力にものをいわせて外国から買えばいいと考えていたからです。

その結果、英国で美術を醸成しようという意識が高まったのは、フランスやイタリアから数世紀遅れてのことでした。土壌のないところから新たに開拓したので、アートとはこうあるべきだという固定観念に縛られず、自然のままの美を愛し、美しいものを日常生活の中に取り入れようとする独自の意識が育ちました。

それまでの西洋美術では、絵画や彫刻などの美術品は、宮殿や大聖堂といった特別な場所に飾る装飾品として礼讃されてきたことを考えると、美術を特別視することなく、一般市民にも手の届く身近なものにしようとした英国のスタイルはかなり独特です。そこには、英国なりの経済思想もあったと考えられます。優れたデザインの家具や日用品を通じて生活の中に美を落とし込み、労働者が豊かな美意識を備えれば、彼らが作り出す製品もまた美しく魅力的なものになり、世界のマーケットで優位に立ち、さらに国が豊かになるという発想のもと、産業と美を直結させていったのです。

こうした英国の感覚は、日本の民芸運動にも大きな影響を与えたと考えられています。日本には、そもそもアート(芸術)という概念がなく、例えば絵を描くのは画家ではなく「絵師」であり、仏像を彫るのは彫刻家ではなく「仏師」と称され、芸術家というよりは専門職人に近い存在でした。明治の文明開化によって欧米の文化が流入してきた際に、アートという概念も持ち込まれ、「芸術」という訳語が当てはめられました。美術館や美術学校など、アートを推進するためのさまざまな制度が整えられていく一方で、巨匠が描いた名画よりも、生活の中で食器やインテリアなどを楽しむような英国美術の感覚は、職人がこだわって美しい工芸品を作り上げてきた日本文化となじんだのでしょう。

とはいえ日本では、芸術や文化の振興を個人のレベルを超えて広く社会の課題ととらえる意識の醸成は、まだまだ十分ではありません。独自性のある芸術文化は、人生を豊かにするための精神的な栄養であると同時に、経済や社会にも好ましい影響を与える価値を持っていることに気付き、国を挙げて振興させようという動きがようやく高まり始めています。研究や教育を通じて、その一端を担っていきたいと強く願っています。

  • ゼミでは、アートを介して表現力やコミュニケーシ ョン力を高める取り組みを展開。2017年には子ども たちを対象に創作ワークショップを企画・実施した

キャリアデザイン学部キャリアデザイン学科

荒川 裕子 教授

神奈川県生まれ。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。東京大学大学院人文科学研究科西洋美術史専攻博士前期課程修了。明治学院大学文学部などで講師を務め、静岡文化芸術大学文化政策学部助教授を経て、2005年より本学キャリアデザイン学部助教授、2008年同学部教授、現在に至る。2014年イェール大学付属ポール・メロン・センター客員研究員。2019年から市ケ谷学生相談支援室長。