2011年度

Vol.27 法政大学大原社会問題研究所 所蔵資料 ズュースミルヒ『神の秩序』初版本と謎の複製本

2011年11月24日

2011年度

大原社会問題研究所の蔵書コレクションには多くの稀覯(きこう)本が含まれますが、中でも特に貴重なのが、ドイツの統計学の父ともいわれるヨハン=ペーター=ズュースミルヒ(1707-1767)の『神の秩序』初版本(1741)です。
2050年に世界の人口は現在の68億人から91億人に膨れあがるといわれ、人口問題は今後の大きな課題ですが、ズュースミルヒは18世紀半ばに独自に人口調査を行い、「人口統計学の創始者」といわれます。
彼は当時のプロイセン王国の人口統計をとり、出生・死亡・増加の人口現象において「完全にしてかつ美しい秩序」が支配していることを明らかにしました。牧師であるズュースミルヒはこれを神の意思によるものとして『神の秩序』と名付けたのですが、神学的な部分を取り去れば、『神の秩序』は人口統計論として最重要な業績であり、のちにマルサスは、その主著『人口論』(1798)の中で『神の秩序』の一部を引用しています。

『神の秩序』初版本。左が1741年版、右が42年版で、装幀は41年版のほうがしっかりしている。1967(昭和42)年にこの41年版が写真版により復刻刊行された。また、初版の邦訳は1949(昭和24)年に高野岩三郎・森戸辰男両氏の訳で「統計学古典選集」第13巻(第一出版)として刊行されている。

『神の秩序』初版本。左が1741年版、右が42年版で、装幀は41年版のほうがしっかりしている。1967(昭和42)年にこの41年版が写真版により復刻刊行された。また、初版の邦訳は1949(昭和24)年に高野岩三郎・森戸辰男両氏の訳で「統計学古典選集」第13巻(第一出版)として刊行されている。

『神の秩序』初版本の入手に直接関わったのが、経済学者で元本学総長の有澤広巳(1896-1988)でした。東京帝国大学の学生だった有澤は、文部省留学生としてベルリン滞在中の1927年、恩師で当時大原社会問題研究所長の高野岩三郎教授から『神の秩序』初版本を探すよう依頼されます。数カ月後、懇意にしていた現地の古書店が1741年版『神の秩序』を探し出しますが、古い文献で調べると、同書の初版が42年と記されていたり、41年版でも標題が異なるなど諸説があることがわかりました。そこで店主と相談してベルリン国立図書館にこの41年版の鑑定を依頼したところ、同館では41年版を初版としている旨の回答があったのでこれを買い取りました。

『神の秩序』41年版に収められている統計表。42年版も本文はまったく同一。

『神の秩序』41年版に収められている統計表。42年版も本文はまったく同一。

この後、諸説の一つである42年版『神の秩序』が見つかり、これも入手するのですが、42年版は41年版の第二版でも改訂版でもないのです。ドイツの統計学者ヨーンの『統計学史』(1884)によれば、『神の秩序』の初版は極めて少なく、地元ベルリンでも王立図書館(現国立図書館)に41年版が1部あるだけで、図書館では、書名が変更されているほかは同一内容の42年版が別にあるという注記を添えています。
さらに、41年版に見られる製本ミス(同じ章がダブって2回出てくる)が42年版にもあり、再版であれば修正されるのが普通。正式な第二版はズュースミルヒ自身によって1761年に2冊本として刊行されていて、「読者への序言」の中で彼は42年の版は41年の版の単なる複製にすぎないと述べている(ヨーン『統計学史』)などの理由から、42年版はいわゆる海賊版ではないかという説もありますが、真相は現在に至っても謎のままです。
国内では法政大学のほか、京都大学が1741年版を所蔵していますが、いずれにしても『神の秩序』初版本は41年版・42年版ともに世界に数冊しかない稀覯本であることは確かで、2000年にベルリンのズュースミルヒ人口学協会のエッカルト=エルスナー会長が来日した際、本学を訪れ、42年版が大原社会問題研究所に所蔵されていることに興奮していたという話が伝えられています。

  • 参考資料 V・ヨーン『統計学史』(足利末男訳、有斐閣1956年)、有澤広巳「ズュースミルヒ『神の秩序』初版本の復刻」(朝日新聞1967年4月11日夕刊)
41年版(手前)と42年版の扉のページ。タイトル文字の大きさなどが微妙に違っている。ズュースミルヒはカントやヴォルフらの哲学者とも親しく、『神の秩序』にはヴォルフによる序文が寄せられている。『神の秩序』の正式な第二版は2冊本でページ数が初版の3倍あり、内容も豊富になって、新著といってよいほど。第二版の現物は、大原社会問題研究所の向坂逸郎文庫、および本学多摩図書館のグラス文庫がそれぞれ所蔵している。

41年版(手前)と42年版の扉のページ。タイトル文字の大きさなどが微妙に違っている。ズュースミルヒはカントやヴォルフらの哲学者とも親しく、『神の秩序』にはヴォルフによる序文が寄せられている。『神の秩序』の正式な第二版は2冊本でページ数が初版の3倍あり、内容も豊富になって、新著といってよいほど。第二版の現物は、大原社会問題研究所の向坂逸郎文庫、および本学多摩図書館のグラス文庫がそれぞれ所蔵している。

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