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薬剤排出ポンプの主要部品を組み換えることで大腸菌が多剤耐性を獲得する仕組みを解明
~新たな細菌感染症対策へ繋がる期待~

2016年02月27日

法政大学生命科学部の川岸郁朗教授・曽和義幸准教授・山本健太郎大学院生・稲葉岳彦博士(現:理化学研究所)らは、大腸菌の多剤排出ポンプの主要構成部品である内膜トランスポーター蛋白質がポンプ複合体に組み込まれる過程の可視化に成功しました。この解析により、大腸菌が、外環境に応じて、適切な種類のトランスポーターをポンプ複合体に組み込むことで、異なる種類の薬剤に対する耐性を獲得する仕組みが明らかになりました。本研究成果は、英国科学誌Natureの姉妹誌「Scientific Reports」のオンライン版で2016年2月26日午前10時(英国時間)に公開されます。

【研究成果のポイント】

  • 多剤排出ポンプ複合体の主要部品である内膜トランスポーター蛋白質が、ポンプ複合体に組み込まれる過程を一分子レベルで可視化
  • 環境変化に応じて新たに作られたトランスポーターが、既にポンプ複合体に組み込まれているトランスポーターと置き換わり、既存のものとは異なる薬剤耐性能を獲得する仕組み「トランスポーター交換」を発見
  • 薬剤を排出中のポンプ複合体は安定であり、トランスポーター交換が抑制されることを発見

私たちが細菌感染症に罹患すると多くの場合に抗生物質のお世話になり、速やかな効果を期待します。しかし、この有用性が逆に濫用を招き、薬剤耐性菌の発生、ひいては複数種の抗生物質に耐性をもつ多剤耐性菌の発生の原因をもたらしました。抗生物質などを用いた化学療法が困難な多剤耐性菌の出現により、私たち人類は再び感染症の脅威に曝されています。そのため、多剤耐性菌の克服あるいは出現の阻止は、非常に重要な課題です。細菌の薬剤耐性のメカニズム(図1A)の中でも、異物排出蛋白質複合体による薬剤の細胞外への輸送 は、1種類の蛋白質複合体により複数種の薬剤の排出が可能であることから、細菌の多剤耐性化の主要因の1つになっています。異物排出蛋白質の中でも、RND (resistance-nodulation-cell division)型と呼ばれる複合体は、細菌の細胞内膜から外膜の外までを橋渡しするような薬剤排出ポンプです。モデル生物である大腸菌では、基質を捕獲し、その輸送を駆動する「内膜トランスポーターAcrB」、内膜より輸送された基質の菌体外への通路となる「外膜チャネルTolC」、両者を繋ぐ「膜融合蛋白質AcrA」という3つの部品から構成されるAcrA-AcrB-TolC複合体が薬剤排出の主力として働いています(図1B)。TolCと結合する内膜トランスポーターは5種類あり、それぞれが異なる基質を排出する機能をもちます。本研究により、この内膜トランスポーターが外環境中の薬剤に応じて選択的にポンプへの組込み・離脱を行う ことで、柔軟に薬剤への耐性を獲得する仕組み「トランスポーター交換メカニズム 」を見出しました。

図1.細菌の薬剤耐性化メカニズムと大腸菌主要多剤排出ポンプAcrA-AcrB-TolC複合体

内膜トランスポーターAcrBは、外膜チャネルTolCと結合し、異物排出ポンプ複合体に組み込まれることで基質となる薬剤を細胞外へ排出しています。本研究ではまず、AcrBがポンプに組み込まれているときと、そうでないときで振る舞いにどのような違いがあるのかを調べました。蛋白質は非常に小さな物質であり、肉眼ではもちろん、通常の光学顕微鏡を用いても観察することはできません。そこで、遺伝子工学的な手法を用いて緑色蛍光蛋白質(green fluorescent protein, GFP)をAcrBに融合させることで、AcrBが強い蛍光により標識されるようにデザイン しました。この標識されたAcrBを全反射蛍光顕微鏡と呼ばれる顕微鏡を用いて観察することにより、生きたままの細胞で細胞膜中のAcrB蛋白質一分子の可視化に成功しました。通常、細胞膜に埋め込まれた蛋白質は膜の平面を動き回ります。AcrBの動きを観察すると、TolCがないときには確かに非常に広範囲を動き回っていましたが、TolCがあるときにはAcrBは細胞膜中で固定されておりほとんど動かないことがわかりました(図2)。これは、外膜チャネルTolCが、固いメッシュ状の細胞壁を貫いているためにほとんど動かず、これに結合したAcrBも動かないためと推定されました。TolCを可視化すると、確かにAcrBがTolCと同じ位置で固定されていることが観察されました。以上の結果は、細胞内で作られ、細胞膜に挿入されたAcrBは細胞膜中を動きまわり、細胞壁を貫くTolCと結合しポンプに組み込まれることで固定される ことを意味しています。

図2.TolCの有無によるAcrBの軌跡の違い

黒丸と黒三角で示した軌跡はそれぞれTolCがあるときとないときのAcrBの軌跡を表す。AcrBの動きがTolCの存在により大幅に制限・固定されることがわかる。

AcrBと非常によく似た蛋白質にAcrDという内膜トランスポーターがあります。この内膜トランスポーターはAcrBとは排出する薬剤が異なりますが、AcrBと同様にAcrA、 TolCと複合体を形成し、多剤排出ポンプ(AcrA-AcrD-TolC複合体)として働きます。大腸菌の通常の生活環境下ではこのトランスポーターは作られておらず、シグナル伝達因子としての機能も担う化学物質インドールなどの刺激を受けることで発現されるようになります。そこで、私たちは、このAcrDの発現誘導がAcrBの振る舞いにどのような影響を与えるのかを調べました。すると、AcrDが増えるにつれて、固定されていたAcrBが動き出す 様子が観察されました(図3A)。これは、AcrDの分子数が相対的にAcrBより多くなったことで、AcrBがTolCから外れ、AcrDがTolCと結合しポンプ複合体を形成するようになったことを示します。つまり、新規に発現したトランスポーターが既にポンプに組み込まれていたトランスポーターと置き換わり、新しい薬剤排出ポンプを構築する ことが明らかになりました。私たちは、この仕組みを「トランスポーター交換メカニズム」と名付けました。さらに研究を進めた結果、AcrDでは排出できないがAcrBでは排出可能な基質薬剤(クロラムフェニコール、ミノサイクリン)が存在すると、この交換が起こりにくいことがわかりました。(図3B)。このことから、薬剤を排出しているときにはポンプ複合体が安定化し、交換が抑制される と考えられます。AcrBでしか排出できない抗生物質などの薬剤が外環境に存在するときに、ポンプに組み込まれるトランスポーターがAcrDであっては、細菌にとって生存に不利になることは明らかです。そのため、このような交換の抑制制御の仕組みがあることは非常に合理的 な生存戦略です(図4)。

図3.AcrD発現下でのAcrBの振る舞いと薬剤の影響

(A) AcrDの発現下での動いているAcrBと固定されているAcrBの割合を示した。
     AcrDの発現量が増えるにつれて、動いているAcrBの割合が増加している。
(B) AcrDを発現させた状態で薬剤を添加した場合のAcrBの振る舞い。
     薬剤の添加なしでは多くが動いているが、薬剤を加える事で動きが抑制されている。
     略語:CP,クロラムフェニコール;MINO,ミノサイクリン。

図4.トランスポーター交換モデル

新たに発現したAcrDが既にポンプに組み込まれているAcrBと置き換わり、新規のポンプ複合体を構築する。薬剤がAcrBに結合することで複合体が安定化し、交換は抑制される。

1950年代から広がりを見せ始めた薬剤耐性菌に対し、現在に至るまで根本的な解決策を私たち人類は確立できていません。発見された抗生物質は数千種類に達していますが、ヒトの感染症に対して使用できるものはその内の100種類にも及ばず、常に後手にまわっているのが現状です。近年になり、多剤耐性菌やそれを遥かに超える薬剤耐性能を獲得したスーパー多剤耐性菌が発生し被害が拡大しています。その原因の1つである、多剤排出ポンプは、多剤耐性菌対策における一つの焦点となっています。本研究は、RND型異物排出システムがどのように構築されるのか、その部品の動態に注目した点で独創的です。トランスポーター交換というダイナミックなシステムにより、外環境中の薬剤に対応して適切な複合体が選択的に構築されるという発見は、細菌の薬剤耐性化の仕組みの一つに迫るものであるといえます。将来的には、例えばポンプ複合体の形成を阻害する薬剤の開発など、新たな細菌感染症対策へと繋がることが期待されます。

なお、この研究の主要部分は、科学研究費補助金 新学術領域「少数性生物学−個と多数の狭間が織りなす生命現象の探求−」の助成を受けて遂行されました。ここに記して感謝いたします。

掲載誌情報

Scientific Reports(英国Nature姉妹誌)
論文タイトル:Substrate-dependent dynamics of the multidrug efflux transporter AcrB of Escherichia coli
著者:KentaroYamamoto¶, Rei Tamai, Megumi Yamazaki,Takehiko Inaba, Yoshiyuki Sowa,
and Ikuro Kawagishi*
¶筆頭著者
*代表著者

本件に関するお問合せ先

法政大学 生命科学部
教授 川岸 郁朗 (カワギシ イクロウ)
TEL: 042-387-6235
E-mail: ikurok@hosei.ac.jp

報道担当
法政大学 総長室広報課
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E-mail: koho@hosei.ac.jp