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【多摩】<yahoo!基金夏休み学生ボランティア被災地支援助成>「チーム気仙沼つながら騎士(ナイト)」‐現地の方々との交流で学んだ気仙沼支援!(8/28-29)

2019年09月17日

【多摩】<yahoo!基金夏休み学生ボランティア被災地支援助成>「チーム気仙沼つながら騎士(ナイト)」‐現地の方々との交流で学んだ気仙沼支援!(8/28-29)

 

 8月下旬、宮城県気仙沼市で活動した「チーム気仙沼つながら騎士(ナイト)」12名の活動の様子を紹介します。

 

8月27日(火)

23時に池袋西口駅を出発し、夜行バスで気仙沼市役所に翌朝6時到着。

 

8月28日(水)

午前 気仙沼ボランティアステーションさんからご紹介いただいた気仙沼市市営内の脇住宅集会所の清掃と自治会の方々との交流会を行いました。交流会には9名の方が参加してくださいました。

学生から提案した「気仙沼の魅力について」語るグループワークでは、住民の方からいろいろな気仙沼の側面を教えていただき、和やかな会になりました。

午後 気仙沼市社会福祉協議会本吉支所にて現在の復興状況と地域の課題についてお話を伺いました。

15時 大谷学童保育センターでのお楽しみ会に参加させていただき、子ども達と交流しました。

会の後には、それぞれの学生が子ども達のやりたいことや遊びに付き合いあちらこちらで楽しそうな光景が広がりました。どの学生も子ども達とすぐに打ち解けていました。

 

8月29日(木)

朝  昨年ボランティア活動でお世話になった一般社団法人プロジェクトリアス代表の三浦友幸氏に、気仙沼市大谷地区の市民が一つになり、各行政機関と協力して大谷海岸防潮堤計画を大きく変更し、地域のアイデンティティである大谷海岸の砂浜を守ることに成功した活動についてお話を伺いました。

 

9時 気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館を見学。この施設は、震災当時まで宮城県気仙沼向洋高校の校舎として利用されていた建物に震災伝承館を加えたものです。

震災発生当初の生々しさが残っており、学生達はそれぞれに感じうることが多くあったようです。

午後 一関経由で東京駅に18時半到着、解散しました。

 

 

今年は大谷海岸の防潮堤工事が本格的に始まる為、2~3年の間は花火祭りを開催しないことが決定しました。そこで私たちは新たに気仙沼ボランティアステーション、気仙沼社会福祉協議会との繋がりを結び、公営住宅での清掃、そこに住む人々との交流を目的としたボランティア活動と大谷地区の学童保育センターでの子どもたちのイベント支援に参加することにしました。

今回の活動は、様々な年代の気仙沼の方々とお話をさせていただく事ができ、改めて気仙沼への思いが深くなりました。快く受け入れてくださった皆様、ありがとうございました。

今年は1年生6名の参加もあり、合計12名でのボランティア活動となりました。

 

本吉町、気仙沼市の皆様、大変お世話になりました。

 

本ボランティアは、多摩ボランティアセンター学生スタッフが2015年に企画。
2016年から「チーム気仙沼つながら騎士(ナイト)」を結成し、今年で5回目の活動となりました。

 

【参加学生感想】

「個人でも本などで情報収集はしていたが、現地のかたとの会話をするための準備というのは盲点であり、自分の勉強不足に気付かされた。集合住宅や学童の児童など住民の方と直接関わる機会が持てたことで有意義な活動ができた。その中で震災から8年が経過した今、学生ボランティアが求められていることというのが見えてきたように感じた。集合住宅の方の話によると、全員で楽しめるのは歌やダンスだと答えた方が多かった。私は、大学で落語をやっているのでどこかで披露する機会があれば喜んで頂けるのではと思った。街全体でコミュニティを作り上げていくことが街を盛り上げていく秘訣だと学んだ。さらに、震災で甚大な被害にあってもなお、海と向き合い、海とともに生きることを選択した住民の方々の強い決意を感じた。そして、2日目の震災遺構。今までメディアで見てきたはずの光景が目の前にあった。しかし、自分の目で見たときの感想はテレビで観たときのそれと全く異なっていた。想像を絶する光景に、言葉を失うという他なかった。この震災と、震災に遭った人々の記憶を多くの方に知ってほしいと思った。遺構を巡るなかで自分が将来やりたいことのビジョンが見えてきた。盛土されたその場所は誰かが津波の被害にあった場所であり、花を手向け、祈り続けた人がいたかもしれないこと。また、2日間歩いてきたこの地で8年前何が起きていたのか、ようやくはっきりと実感し、深く理解することができた。(裏を返せば、それ程復興が進んでいるということでもあるのだが。)人と人との繋がりをどのような形で支援することができるのか。それを追求していくことが今後の課題であると思った。」(社会学部1年 今井彩里衣)

 

【参加学生感想】

「気仙沼チームに入って初めて、気仙沼に訪れることになりました。伝承館では津波の恐ろしさをこれまでで一番身に染みて感じることができ、防災の重要性を何よりも実感させられました。しかし、ボランティアとして行くからには、私が「一方的に被災地の方の役に立つ」ことができなければいけないという思いがあったのです。内の脇住宅に訪れると、ボランティアステーションの方々は、今後の繋がりを持たせていただくための交流会だったこともあってか、私たちのことを「役に立ってもらう」という目では見ていらっしゃらない様子で、いくつも年下の私にも対等にお話ししてくださったように感じるくらいでした。本当に、私の方が温かい気持ちになってしまったのです。また、そんな中ボランティアステーションの方々に楽しんでいただける企画を用意していたり、丁寧な挨拶ができたり、そもそも夏祭りのお手伝いがなくなってしまっても次の代の活動に繋げる交流会の企画を立てていた先輩方に尊敬の気持ちも湧きました。我々がボランティアをしたいから誰かに困っていてほしいというのはおかしいことであり、当然実際には常に困っている人は気づくことができれば沢山存在しているはずです。それに気づくために社会問題にも目を向ける事、そしてボランティアセンターとして活動に移る積極性、対人力が必要だと強く感じました。来年にはこのように自分も成長していたいという気持ちです。ボランティアステーションの方が、「最近では子供を見ることがない」とか、「まちの人が集まった時、ここにもこんなに子供がいたんだと思ってしまった」と仰っていたので、地方はどこでも過疎化が進んでいるとはいえ、気仙沼は津波が到達する場所として認識されてしまっている今、若者が益々寄り付かなくなってしまっているには違いないかもしれないとふと思いました。そう考えると、学童保育にお邪魔し、子どもたちと遊べた事は、自分が「大学生として」お手伝いできた事に意味があったのではないかと前向きに捉えています。実際に子供たちに「大学生だ!」と興味を持ってもらい、最後には帰りを惜しんでもらえて幸せな気持ちでした。私は子供たちと関わる時、自分が子供だった時平等に構ってもらえていないと感じて強く傷ついた気持ちを思い出していて、自分はこの場でなるべく誰にも疎外感を感じさせまいと意識して接していました。そしてそれがなければ貰えなかったであろうと思う別れを惜しむ言葉がありました。その事で、やはり「やり方」が何でもいいわけではない、どうするのがいいのかなるべく知っているべきなのだと思いました。今回私は自己体験によって知っていた事があったわけですが、今後広く活動するには勉強することが必要です。振り返ると教育を意識した言葉選びで子供を注意するなどという事はまだできていなかったと思い当たります。この反省も、次に自分が的外れな事をしてしまわないように意識して覚えていたいです。この度の宿泊ボランティアは私にとって、既に私は二十歳ですが、さらに大人になるための様々な事を教え、また考えさせてくれたものでした。」(経済学部1年 鈴木響香)

 

 

1

市営内の脇住宅集会所で自治会の方々との交流会

2

学生が提案したグループワーク

3

大谷学童保育センターでのお楽しみ会に参加

4

子どもたちと交流

5

気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館を見学

6

無事にボランティア活動を終えました