2012年01月24日
生命科学部 環境応用化学科 教授 明石 孝也(あかし たかや)
埼玉県生まれ。
1991年 東京工業大学工学部金属工学科を卒業。
1993年 東京工業大学理工学研究科金属工学専攻にて修士課程修了後、日本鋼管株式会社に就職。
1996年 同社を退職し、東京工業大学理工学研究科金属工学専攻の博士課程に進む。
1999年 東京工業大学理工学研究科金属工学専攻にて博士(工学)
生命科学部 環境応用化学科 教授 明石 孝也
私の研究室では、無機材料化学という分野の中でも、600℃~1700℃という過酷な高温下で使用される部材の耐久性・耐食性向上、長寿命化を目指し、材料の開発を行っています。
火力発電所を例に挙げると、エネルギーの変換効率を高めるためには高温の熱を使うことが鍵となります。とはいえ実際には、タービンブレードなどの部品に使われている材料が高温に耐えられないため、燃焼温度を一定以上にできないのが現状です。しかしさらなる高温に耐えられる材料を開発できれば、エネルギー変換効率をより高めることができるのです。同時に、部材の劣化も抑えられるため長寿命化につながり、コストの軽減や省資源への貢献も期待できます。
皆さんの暮らしに身近なところでは、新型の「エネファーム」(家庭用燃料電池システム)の耐用年数を延ばすために固体酸化物燃料電池の耐久性・信頼性を向上させる研究や、ディーゼル車用の排ガス浄化フィルターの初期性能を長期間維持させる目的で触媒の改良研究などを行っています。
現在の日本のように、商品が壊れる前にどんどん捨てて、新しいものを買ってしまうライフスタイルが、このまま長く続くはずがないと思っています。この使い捨て文化が日本の経済成長や技術革新を促進してきた面も否定できませんが、商品の製造段階でエネルギーを消費していることを考えたら、これは地球資源の大いなる無駄使いにほかなりません。
最近では、LED電球など環境配慮型の製品も一般的になってきましたが、製品開発の現場では機能性が追求される一方、まだまだ耐久性や長寿命化はそれほど重視されていません。
私は製品の耐用年数を延ばす研究を進め、最終的には日本が物が壊れても修理して長く使う国になるのが理想的だと考えています。また、発電時のエネルギー変換効率を向上させるための一連の研究に取り組む根底には、限りある資源を大切にする社会の構築に貢献したいという思いがあります。
休日も研究にいそしむ研究室の学生たちと
私が高校生だった1985年、航空機の墜落事故が起こりました。この事故は本当に衝撃的で、毎日テレビの前にくぎ付けになりましたが、特に報道番組で何度も繰り返された「金属疲労」という言葉がとても記憶に残りました。
そんなある日、図書館でふと手にした『金属とはなにか 文明を支える物質のチャンピオン』(E.M.サビツキー/B.C.クリャチコ著 ブルーバックス・講談社刊)という本に、「欠陥がひとつもない金属を作ることができれば、強度を飛躍的に高めることができる」という趣旨の記述を見つけました。「そんなことが本当に可能であれば、それを作ってみよう」と考え、大学は金属工学科に進学しました。
しかし大学で勉強すると、その本の記述が必ずしも正しくないことがすぐにわかりました。ここでいう「欠陥」とは、結晶構造における〝抜け〞、つまり原子のない部分や、原子の繰り返し周期のズレのことを指しているのですが、原子の「欠陥」がないからといって耐久性のある材料とは一概にいえないのです。例えばビルの構造でも、堅固に建てたビルは大地震の際に大きく損傷する恐れがあるのに対し、地震の揺れを吸収できるよう、あえて揺れる構造で建てた方がむしろ倒れにくいことは、一般的にもよく知られています。このように金属材料の結晶構造においても、むしろ「欠陥」があるほうが都合がよい場合もあるのです。
現在研究しているもののひとつ、家庭用燃料電池用の酸化物イオン伝導体は、まさにその原子の抜けた部分を利用してイオンを流します。つまり、皮肉なことですが、今はむしろ"欠陥のある材料"を作ることを目指しているわけです。
しばらく遠ざかっている剣道。最近、昔の仲間から「また一緒にやらないか」と誘われているそう
近ごろは「自信過剰」を敬遠するあまり、非常に謙虚な学生が多いように感じます。しかし、例えば野球の試合でバッターボックスに立った時「あのピッチャーが投げる速球を、自分が打てるはずがない」と思ってしまったら、打てるはずの球も打てません。また、「自分は何もできない」と思っている人は、そもそも自分から行動を起こしませんから、本当に何も成し遂げられないのです。
私は3月生まれのため、幼少期は同学年の子どもに比べて身体が小さく、身体能力も劣っていました。これが長い間コンプレックスだったのですが、小学校4年生の時に通い始めた剣道クラブで、クラスで一番運動が得意な同級生と互角に戦うことができた時、意識が変わりました。「自分がけっこうできる」運動を見つけたことがうれしくて、それからはもう、本当に一生懸命に練習しました。そのかいあって、中学校の剣道部では部長を務め、高校生の時にはスポーツ少年団の埼玉県大会で大将としてチームを優勝に導くほどに上達しました。
学生の皆さんにも、ぜひ大学で「これなら他人に勝てる」と思える自分の"強み"を見つけてほしいと思います。どんなに些細なことでも、それを磨きあげれば自信のよりどころになるものです。
そして私自身も、学生一人ひとりの"強み"に気付いてあげられるよう、常に注意しながら見守っています。