経済学部 教授 藤沢 周

2009年03月20日

プロフィール

経済学部 教授 藤沢 周

経済学部 教授 藤沢 周
(ふじさわ しゅう)

1959年新潟県生まれ。
法政大学文学部を卒業し、書評紙『図書新聞』編集者などを経て、1993年に『ゾーンを左に曲がれ』(『死亡遊戯』と改題)でデビュー。
1998年『ブエノスアイレス午前零時』で第119 回芥川賞受賞。
主書に『刺青』『陽炎の。』『幻夢』『心中抄』『焦痕』『第二列の男』ほか多数。
鎌倉市在住。
2004年より法政大学経済学部で教授をつとめる。
現在は『波羅蜜』(月刊誌「本の時間」)の連載を終了し、2009年の正月から新たな構想による新作を執筆中。

本当に好きなこと やりたいと思っていることを手放すな。あきらめなければ夢は必ず実現する
「表象」を楽しむ心を育てる

どのような経緯で小説家に?

経済学部 教授 藤沢 周

経済学部 教授 藤沢 周

新潟の漁師町で育ったのですが、18歳のある日、海に降る雪をみて「何てきれいなんだろう」と思ったのがきっかけですね。その雪景色が、作家としての原点、原風景といえるでしょう。それまでは柔道ばかりをやっているような少年で、読書などには無縁でした。

雪景色をみてから「美とは何か」といった論理では把握しきれないものを突き詰めて考えるようになりました。考えれば考えるほど分からなくなり、絶望感に襲われたりもしたものです。そんな状態の私と、現実の世界をつなぎ止めてくれたのが「言葉」でした。分からないなりにも思索したことを文章にすることで、かろうじて自分を支えていたような気がします

迷える時が3年間ほど続き、法政大学に入学した時には作家になることを決めていました。大学時代には小説を書くばかりの毎日。各文学賞に投稿して、最終選考などに残ったりしたものですから、作家になれるものと決め込んでいました(笑)。

そんなわけで就活もしませんでしたから、大学を出るとすぐに生活に困るありさま。日雇い労働などをして食いつないでいるような状態が1年半ほど続きました。それでも書くことだけは止めませんでした。友人の紹介で翻訳の仕事が入り、その縁から書評紙『図書新聞』の編集者になって、ようやく生活が落ち着いてきたのです。図書新聞時代は意識的に実作から離れていたのですが、ある日、同世代の作家の小説を読んで、「こんな古臭い文章ではだめだ。俺が書いてやる」という気持ちに―。そうして出来上がったのが、デビュー作の『死亡遊戯』です。

学生時代のお話をもう少し詳しく…

法政大学を選んだのは、象牙の塔にこもるのではなく、社会との接点をもって活躍している先生方が多いことが魅力だったからです。実際に小田実、益田勝実、松田修、西田勝、小田切秀雄といった先生方の授業を受講しましたが、それぞれが大変興味深い講義を展開され、今でもそのひとつひとつを覚えています。

恩師といえるのは、北村透谷研究の第一人者である小澤勝美先生です。先生のもとで私も透谷の研究を行い、その成果が認められて、学生時代から日本文学協会の会員になることもできました。

入学してから感じたことですが、法政大学のもうひとつの魅力は、多士済々の面々がそろっていることです。ずば抜けて頭のよい学生もいれば、学問は苦手だがスポーツは世界レベルという学生もいる。そうした友人たちと知り合えたことで、大学時代に大いに視野を広げることができました。彼らとは文学論などを徹夜で交わしたりしたものです。

とはいえ、私の目標は作家になること。小説を書くことを第一義に考えていました。阿佐ヶ谷のアパートにこもって毎日小説を書き続けていたというのが、学生時代の印象です。

作家の立場から現在の心情や生活を…

デビュー以来、既成の「文学」という概念を壊すという気持ちで作品に取り組んでいます。大事にしているのは、世界の実相を切り取ること。難しいことですが、その場の「空気」といったものを正確に描き切るのが基本ですね。ストーリーやドラマ、プロットなどにはあまり興味はないですね。

デビューから現在までの変化といえば、「非日常」から「日常」へと興味が移ってきたことです。デビュー当時はキャッチボーイ、彫師、破戒僧などといった少し日常からかけ離れた世界を取り上げていましたが、『陽炎の。』を発表したころから「当たり前の日常」というものに眼を向けるようになりました。「日常に潜む奈落」というものを描きたいですね。

この正月から新作に取り組んでいますが、読者をまったく意識せず、自分の世界をストレートに描こうと思っています。これまでにない試みなので、ファンの方は楽しみにしてください。

作家生活というのは人それぞれですが、私の場合はイメージを練るまでに時間がかかるタイプ。構想ができ上がれば、秘密の仕事場にこもって幾晩も徹夜をして書き上げていきます。文章を紡ぎだす作業は、苦しくもあり、楽しくもあるものです。

4年前から子どもと一緒に剣道を始めて、今では剣道が作家生活の息抜きでもあり、趣味にもなっています。剣道の奥深さに魅せられています。また、以前から禅に興味をもっていて、現在住んでいる鎌倉という土地柄、臨済宗のお坊さんと禅の話をすることも楽しみのひとつです。

大学教授として授業で大切にしていることは?

「日本文学」「文章表現」「日本文化論」「入門ゼミ」「ゼミ(演習)」の5つを担当しています。それぞれ特色はありますが、共通しているのは実作者の立場から「表象」というものを取り上げていることです。

例えば、ゼミでは学生たちに文学、音楽、美術など、ジャンルにこだわらずひとつの作品を創作させ、それを合評しています。その中から「表象」を楽しむ心を育てたいと考えています。経済学部としては毛色の変わったゼミですが、文学新人賞の最終候補に残った学生が3人出るなど、成果をあげています。

学生たちに伝えたいのは、学生時代だからこそ「大いに楽しむ」「大いに悩む」という2つ。表現すること、学問することを精いっぱい楽しんでほしい。そしてまた、あり余る可能性を前に大いに悩んでほしいと思います。

その中から、本当に好きなこと、本当にやりたいことを見つけてください。たとえそれを職業とできなくとも、手放さずに続けることが大切です。あきらめなければ、夢は必ず実現します。

(雑誌「法政」2009年3月号より)