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ビジネス・ブレークスルー大学大学院 教授
BBTビジネス・インキュベーションセンター センター長兼任
松本 孝利 さん

2016年02月10日

プロフィール

ビジネス・ブレークスルー大学大学院 教授<br/>BBTビジネス・インキュベーションセンター センター長兼任<br/>松本 孝利 さん

ビジネス・ブレークスルー大学大学院 教授
BBTビジネス・インキュベーションセンター センター長兼任
松本 孝利 さん

松本 孝利(Takatoshi Matsumoto)さん

1941年北海道生まれ。
工学部電気工学科(現、理工学部電気電子工学科)卒業。日本サン・マイクロシステムズ、日本シスコシステムズなどを設立し社長として手腕を発揮。1996年シスコ米国本社のアジア担当副社長として中国からインドまでを統括。伊藤忠テクノソリューションズ(株)社外取締役(~2014年)。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授(~2002年)。2001年法政大学名誉博士。2005年法政大学理事、2008年同理工学部教授に就任(~2012年)。2005年から現職。

日本のビジネスを先導するキーパーソンを育てたい

起業家としてIT(情報技術)業界において数々のベンチャービジネスを成功に導いてきた松本さん。
これからは次世代の担い手を育成しようと、ビジネス教育に力を注いでいます。

起業と経営の経験を生かしてビジネス教育に尽力

初代インターネット協会会長の故・石田晴久氏(右から3人目)、村井純氏(右から2人目)など、日本にインターネットを広めた面々

初代インターネット協会会長の故・石田晴久氏(右から3人目)、村井純氏(右から2人目)など、日本にインターネットを広めた面々

起業家としてベンチャービジネスを手がけてきた経験を買われ、現在はビジネス・ブレークスルー大学(以下、BBT大学)でビジネス教育に携わっています。BBT大学は世界的な経営コンサルタントである大前研一氏が学長を務め、実践的な経営学を学べる教育機関です。開校時からオンライン教育を採用しているので、世界中どこにいても好きな時間に講義を受けられます。そのため大学院の学生には働き盛りのビジネスパーソンも多く、仕事をしながらMBA(経営学修士)取得を目指しています。

大前学長とは旧知の仲だったので、BBT大学に先んじてBBT大学院を設立する際に「教授になってほしい」と声を掛けられ、そこから一緒に仕事をしています。人生のたそがれを迎えて、今までの恩返しの意味も兼ねて、日本ビジネス界をけん引していく後進を育てることに魅力を感じたのです。

インターネットを介して教育コンテンツを配信しているので、授業中に学生と対面することはありませんが、当学の学生たちとはBBTが開発した遠隔教育システム「AirCampusR」を使って交流しています。たまに一緒に飲みに行くこともありますよ。20代から60代まで幅広い年代の学生が世界各地からやって来るので、その多様性は刺激的です。この仕事に就いて10年以上になりますが、とても面白いと感じています。

ハイリスクな挑戦だからこそやる気が刺激される

米国シスコシステムズ・アジア担当副社長時代の1997年、バリ島で開催された第1回シスコ・アジア・セールスミーティングにて

米国シスコシステムズ・アジア担当副社長時代の1997年、バリ島で開催された第1回シスコ・アジア・セールスミーティングにて

初めて起業したのは1984年。経営が軌道に乗ったところで後任に託すことを繰り返しながら、今までに五つの企業を設立、経営してきました。

中でも印象深いのは、コンピューターネットワーク機器開発の世界最大手である米国シスコシステムズの日本法人「日本シスコシステムズ」を設立した1992年からの数年間です。

当時、他国は既にインターネットの重要性を認知しつつありましたが、日本でインターネットを知る人はほとんどいませんでした。そこで、親友であり、日本のインターネットのパイオニアである村井純(慶應義塾大学教授)らと協働して、日本インターネット協会を設立。インターネットの普及に力を尽くしました。あれから20年以上がたち、一般家庭にまで広く浸透した現状を目の当たりにすると、あのときの熱い思いがよみがえります。

会社を起業し、経営するときにリスクは付きものです。失敗することの危機感は常にありますが、人生は一度きり。いつまで生きられるか、誰にも分かりません。だからこそ今のうちに、自分が興味を持ってしたいと思ったことは成し遂げたいんです。不安を打ち消し、経営が安定するように必死になって取り組みます。その努力が幸いして、これまで満足のいく結果を出し続けてこれたと思っています。

大学の外にも目を向けて広い世界を知ってほしい

1989年米国サン・マイクロシステムズのスコット・マックニーリー社長と

1989年米国サン・マイクロシステムズのスコット・マックニーリー社長と

新しい世界を知りたい。興味と好奇心を持って、新しいことに挑戦しているときほど力がみなぎる―。私がそう考えるようになったのは、大学時代の下宿仲間たちのおかげです。

北海道から上京した私が、家賃の安さにひかれて選んだ住居は、中野区にあった古い下宿で、入居者は全員大学生でした。同年代ということですぐに打ち解け、お互いの部屋を自由に行き来して、将来について夜通し語り合うなど、多くの時間を彼らと共に過ごしました。今でも親交を深めている、最高の仲間たちです。

彼らとの交流は、自分を大きく成長させてくれました。例えば、仲間の一人に一緒にやろうと誘われて、大学4年間で500冊の小説を読みました。コツコツと取り組んで目標を達成したことは自信につながり、本からはたくさんのことを学びました。何より、難題に挑んで成し遂げることの楽しさを味わいました。あの日々が自分にとっての原点なのだと、今でも感じています。

1996年米国シスコシステムズのパーティーにて、ジョン・チェンバース社長(右端)と共に

1996年米国シスコシステムズのパーティーにて、ジョン・チェンバース社長(右端)と共に

日本シスコの社長時代に、元・法政大学総長の清成忠男氏が日本ベンチャー学会の特別顧問をしていた関係で、再び法政大学と縁がつながり、2001年に名誉博士の称号をいただき、理事や理工学部の教授も務めさせてもらいました。

自分の経験から後輩の皆さんに伝えたいのは、もっと広い世界を知るといいということ。学内にいる身近な友達だけでなく、他大学の学生や、他国籍の人とも、ぜひ交流してみてください。自分が慣れ親しんだ文化とは違う「異質」な人とコミュニケーションをとることで、新しい見方に気づかされることは多いものです。つまり、自分の視野が大きく広がるのです。そのためにも、卒業までに英語は不自由ないレベルになっておくことが必須です。



(初出:広報誌『法政』2015年度11・12月号)