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十四代 髙橋孫左衛門商店 髙橋 孫左衛門 さん

2015年12月10日

プロフィール

髙橋 孫左衛門さん

髙橋 孫左衛門(Magozaemon Takahashi)さん

1945年生まれ。経営学部経営学科卒業。江戸時代から続く、現存する日本最古の飴屋「髙橋孫左衛門商店」の十四代目。「髙橋孫左衛門」の名は、後を継ぐ際に戸籍上も改名するので、店の名前であると同時に、現当主の証しでもある。明治天皇の銀婚式や大正天皇の結婚式など、皇室の慶事にも用いられた銘菓の伝統を守り続けている。

漱石も愛した優しい甘味 受け継がれた味と心を守り続ける

江戸時代から400年近く続く、日本最古の飴屋を営む髙橋さん。
歴史に名を残す偉人や皇室からも愛された銘菓の味を、大切に守り続けています。

当主の重責を感じつつも伝えていきたい誇りの味

歴史を感じさせる店舗は、2004年に有形文化財に登録された

歴史を感じさせる店舗は、2004年に有形文化財に登録された

新潟県上越市で、1624(寛永元)年から続く飴屋を営んでいます。当家の習わしで、当主は改名して「髙橋孫左衛門」という名前を受け継ぎます。私は十四代目に当たります。

当店の飴の特徴は、くどさのない甘味と日持ちの良さです。初代が粟(あわ)から「粟飴」を創製し、四代目が材料をもち米に替えて、現在の淡い黄色で透明な水飴ができました。ただ、原料を変えたことを秘密にするため、名前はそのままでした。今では誤解のないように「もち米からつくった飴です」とお伝えしています。

この粟飴を素として、寒天を加えて独特の食感を持たせた「翁飴」、練り上げて水分を飛ばした「笹飴」などが生まれ、今に受け継がれています。

ありがたいことに、多くの方が好んでくださり、夏目漱石の『坊っちゃん』など、国民的な文芸作品にも取り上げられました。『東海道中膝栗毛』の著者として有名な戯作者の十返舎一九が店を訪れたこともあります。彼の作品の一つである『諸国道中 金の草鞋』のなかで、当時の様子を絵師が描いた一枚の絵は、感謝の気持ちを込めて当店のシンボルになっています。

この店の建物は1875(明治8)年に火事で焼け落ち、一度建て替えているので、今は様子が違っています。付近一帯が燃えたほどの大火事だったので、城の廃材なども利用して、急ごしらえで建て直したそうです。

築140年ということで、ところどころ修繕が必要なことがありますが、歴代の当主が大切に守り続けてきた思いがたくさん詰まっているので、大切に使っています。2004年に国の有形文化財に登録され、責任の重さも感じますが、商品の味とともに、商いも建物もこのまま守っていきたいですね。

大切にしたいのは原料そのものの味わい

粟飴から発展した商品の数々。『坊っちゃん』にも登場した笹飴は「歯に付くのでかまずに、小さく割って食べてください」との注意書き付き

粟飴から発展した商品の数々。『坊っちゃん』にも登場した笹飴は「歯に付くのでかまずに、小さく割って食べてください」との注意書き付き

もち米と麦芽だけで作る当店の飴は、原料そのものが持つ自然な甘味でできています。砂糖や保存料などの添加物は加えていません。作物が持つ自然のままの味、素材本来の味わいの良さを感じてもらいたいのです。

校外学習で店を訪れてくれた子どもたちにも「身近に畑があるのなら、採れたての旬の作物を食べてごらん。自然そのものの味がするから。その味を覚えておくんだよ」と伝え続けています。

飴ひと筋の商売を守り続けてきましたが、新商品の必要性も感じて、いくつか開発しました。一つは、翁飴に抹茶を入れ、薄いもなかではさんだ「くびきの里」。そして、抹茶の代わりに、翁飴に桜の葉の粉末を含ませて春らしさを演出した「桜花(さくら)くびきの里」。日本三大夜桜の一つである高田公園にちなんだ春限定の品です。

最近は自然食が見直されてきたことを受けて、初代が創製した粟飴を「粟の古代飴」として再現、復活することができました。昔よりも粟が手に入りづらくなっているので、期間限定の販売になりますが、初代の味を今に残せたことを喜んでいます。

奇術愛好会の活動を通じてコンプレックスを克服

シリアルナンバーが入った、奇術愛好会(HMS)のタイピン。青春の思い出の品として今も大切に保管している

シリアルナンバーが入った、奇術愛好会(HMS)のタイピン。青春の思い出の品として今も大切に保管している

法政大学の経営学部に在籍中に、どうにか克服したいコンプレックスがありました。話し下手で、極度の人見知りだったことです。

将来、店を継ぐとなると、接客からは逃れられません。上手とまでいかないまでも、「初対面の人とも恥ずかしがらずに話ができるようになりたい」と思っていました。

ある日、学生ホールで仲間がトランプの手品を披露しているのを見かけました。そして、手品を通じてなら話す練習ができると思いついたのです。

それがきっかけで奇術愛好会(Hosei Magicians Society、通称HMS)に入り、活動に夢中になりました。入会当時照明を担当していたので、手品を披露する機会はあまりなかったのですが、指サックを使った手品をひそかに得意としていました。他大学の奇術愛好会と交流したとき、上手な人の手さばきを見て、「自分もできるようになりたい」と何度も練習したことを懐かしく思い出します。今はもうできませんけれども(笑)。

卒業間際に、友人とともに北海道へ旅行したときの一枚

卒業間際に、友人とともに北海道へ旅行したときの一枚

そうして大学時代に培ったつながりは、今でも続いています。今でも人と話すのは得意とは言えませんが、かなり克服できたのは、学生時代の仲間たちのおかげだと思っています。

若い後輩の皆さんも、本分である学業のほかに、学生だからできることとして「苦手」に取り組んでみるのもいいんじゃないでしょうか。何度でも失敗できる自由な時間なのですから。社会に出る前のいい準備期間になると思いますよ。

(初出:広報誌『法政』2015年度10月号)