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公益財団法人広島平和文化センター 理事長 小溝 泰義 さん

2015年10月15日

プロフィール

広島平和文化センターが運営する広島平和記念資料館に展示されている、平山郁夫作『広島生変図』の陶板版の前にて

広島平和文化センターが運営する広島平和記念資料館に展示されている、平山郁夫作『広島生変図』の陶板版の前にて

小溝 泰義(Yasuyoshi Komizo)さん

1948年生まれ。法学部政治学科卒業後、1970年外務省入省。国際原子力機関(IAEA)事務局長特別補佐官(ウィーン)(退任時にIAEA功労賞受賞)、条約局法規課法規調整官、軍縮不拡散・科学部国際原子力協力室長、在ウィーン国際機関日本国政府代表部大使、駐クウェート特命全権大使を経て、2012年11月外務省退職。2013年4月より公益財団法人広島平和文化センター理事長。同年8月より平和首長会議事務総長。

人の思いが世界を動かす力を信じて飛び回る

世界を飛び回る外交官として数々の功績を残してきた小溝さん。今はその実績と経験を生かして、戦後70年経ってもいまだ傷痕が残る広島から、世界に向けて平和を願う声を広げています。

「核はいらない」という声を世界中に広めたい

広島平和記念公園内には、戦争で犠牲になった多くの動員学徒を弔う慰霊碑も建てられている

広島平和記念公園内には、戦争で犠牲になった多くの動員学徒を弔う慰霊碑も建てられている

42年に及ぶ外交官人生を終えた後、縁あって2013年から公益財団法人広島平和文化センターの理事長を務めています。今は、平和首長会議の事務総長として、悲劇を二度と繰り返させないという広島と長崎の深い思いを伝え、核兵器廃絶への道を切り開こうと世界中を飛び回っています。

平和首長会議には世界160カ国・地域、6706都市(自治体)が加盟しています(2015年6月時点)。この基盤に立って私たちが目指しているのは、市民意識を高めて「核はいらない」という声を広げていくことです。

そのためには、自治体間のネットワークを広げると同時に、活動を主導して活性化してくれる拠点が必要です。1945年に広島と長崎に原子爆弾が投下されてから70年の節目に当たる今年中に、世界30の都市に拠点をつくりたい。事務総長就任後1年半で19まで増えたので、なんとか目標を達成したいですね。

核兵器は現在、世界中に1万6000発近くあると言われ、いつ使われるか分からない危険をはらんでいます。一つでも事故を起こしたら、テロリストに奪われでもしたら―。待っているのは、広島や長崎と同じ悲劇です。ごく普通に生活している一般市民が被害に遭います。それは絶対に阻止しなければなりません。

広島や長崎に起こった出来事は他人ごとではない。もしかしたら自分の身近で起こるかもしれない。世界中の人に、その危機感を共有してもらうことが、核兵器を減らしていくことにつながると信じています。

クウェートの人たちから受け取った温かい思い

クウェートのサバーハ国王に謁見

クウェートのサバーハ国王に謁見

外交官としてさまざまな国に行きましたが、最後に駐在したクウェートは、特に思い出深いですね。

1990年に勃発した湾岸戦争でイラクがクウェートに侵攻した際、日本はクウェート支援のため130億ドルの資金提供をしました。しかし参戦国ではない日本の功績は、評価されていないと考えられていました。

しかし、私が駐クウェート特命全権大使に任命され、2010年11月に初めてクウェート国王に謁見した際、国王自ら「日本から受けた恩は決して忘れない。この恩に報いていくつもりだ」と感謝の言葉をいただいたのです。

平和のネットワークづくりのため世界の都市を訪問

平和のネットワークづくりのため世界の都市を訪問

そして翌2011年に東日本大震災が起こったとき、多くのクウェート市民が日本のために動いてくれました。弔問やお見舞いもたくさん届きました。学生は自発的な募金活動をし、小さい子どもまでが、お小遣いを使ってほしいと差し出してくれました。そしてクウェート政府は500万バーレル(400億円相当)の原油を無償支援してくださったのです。

紛争が続いている中東にいても、遠い他国の災難に心を痛めて、できることをしようと行動する子どもたちがいる。彼らが成長して指導者になれば、惨事を起こさない、お互いが協力できるような新しい国際社会に変わっていくかもしれない。その可能性を思わせてくれたことが、今の私の活動を支える根拠にもなっています。

思い通りにいかないときこそ自分の真価が問われる

経済協力のためのエジプト稲作調査

経済協力のためのエジプト稲作調査

大学時代は、自分が核に関係する仕事をするとは思いませんでした。しかし、偶然のつながりは感じています。

法学部政治学科に進学しながら法律の勉強になじめなかった私が、唯一魅力を感じたのが国際法。それを教えていたのが安井郁先生でした。選んだゼミの教授であり、恩師です。

安井先生はかつて、第五福竜丸被ばく事件を契機に原水爆禁止運動を組織化し、原水爆禁止日本協議会(原水協)の初代理事長を務めました。法政大学出版局の処女出版が、史上初の原爆被害記録である『ヒロシマ』(J・ハーシー著)であるのも、安井先生や自分へとつながる縁を感じますね。

若い後輩の皆さんは、これからさまざまな壁や挫折も経験するでしょう。私自身にも、長い仕事人生の中では憤りを覚える出来事が多々ありました。しかし、思い通りにいかないときにどんな行動をしたか。それが人生の岐路になると私は思っています。

周囲の助けや支えがあって、前向きでいられたこと、誠実さは失わず、自分にできることに全力を尽くそうと発奮したことが、今につながるいい結果に結び付いてきたように思います

(初出:広報誌『法政』2015年度8・9月号)