気象予報士 片平 敦 さん

2015年05月14日

プロフィール

気象予報士 片平 敦 さん

気象予報士 片平 敦 さん

片平 敦(Atsushi Katahira)さん

1981年埼玉県生まれ。
19歳で気象予報士の資格を取得。2003年に人間環境学部人間環境学科を卒業し、日本気象協会へ入社。現在は株式会社ウェザーマップに移籍し、関西テレビ放送「ゆうがたLIVE ワンダー」で天気担当のキャスターを務めている。

縁あって暮らし始めた大阪で「天気の町医者」になりたい

法政大学在学中に気象予報士の資格を取り、幼いころからの夢をかなえた片平敦さん。
大阪の人たちとの交流を楽しみながら、地域に密着した存在でありたいと努力を重ねています。

積み重ねた気象知識で生放送のアドリブをこなす

3月30日から関西テレビで始まった新番組「ゆうがたLIVE ワンダー」(平日15:50~19:00)のキャスターに

3月30日から関西テレビで始まった新番組「ゆうがたLIVE ワンダー」(平日15:50~19:00)のキャスターに

物心ついたころから気象解説者、いわゆるお天気キャスターになりたいと思っていました。空模様を推測するだけじゃなく、どうしてそうなるのか、人に説明するのがたまらなく好きだったんです。その夢を追い続けて、大学卒業後は日本気象協会に入社。現在は念願かない、夕方に放送される生活情報番組で天気予報を担当しています。

午後1時ごろに気象庁のスーパーコンピューターが計算した最新資料が届くので、そのデータを基に予想を立てます。雨雲の様子は5分おきにレーダーでチェックできますから、ギリギリまで微調整を加えて本番に臨む。そんな生活がもう10年続いています。

天気の解説に原稿は用意しません。すべてアドリブです。話し始めてから、「30秒短縮してくれ」という指示が入ることもあり、原稿を書いて覚えていたら対応できないんです。師匠(株式会社ウェザーマップ社長の森田正光氏)からも「気象のプロなのだから、知識を頭に叩き込んで、最新情報から瞬時に判断して説明できなければならない」と教え込まれました。

生放送でやり直しがきかないので、常に緊張感はありますが、幸いこの仕事を始めてから時間でミスをしたことは一度もありません。その点では、仕事仲間のスタッフにも信頼してもらえているようです。

忘れられない出来事は、2011年の夏に紀伊半島を襲った台風12号による大水害です。あのときは、半日以上前から異常事態が起こると予想されていました。放送の中でも「近年まれに見る大雨です。甚大な災害が起きてもおかしくない状況です」と、かなり踏み込んで伝えました。

それでも多くの方が土砂災害などの被害に遭って、残念ながら亡くなられた方や行方不明になった方が出てしまいました。ただ伝えるだけじゃダメだ、自分の言葉は心に響いていないと、力不足を痛感しました。その思いが自らの戒めになっています。

親近感と信頼を得られる存在になりたい

2015年2月には、天気を身近に感じる雑学情報が詰まった初めての書籍を出版

2015年2月には、天気を身近に感じる雑学情報が詰まった初めての書籍を出版

天気予報は、とてもローカルな情報です。天候を左右する気圧の影響も地形や海からの距離で違いが出るので、その地域にいて、地域特性を知らないと正確な予想はできません。

今、気象予報士として目指しているのは「天気の町医者」になることです。かかりつけのお医者さんのようなスタンスで、身近で健康をサポートしながら、地元の方から頼りにされる存在になりたい。そうしたら、言葉に力が生まれると思うからです。

「明日は寒くなりそうです」と呼びかけたら、風邪をひかないように注意したり、天災の予兆を警告したときに防災対策や避難など命を守る行動を起こしてくれたりしたら、それ以上にうれしいことはありません。そのためには、まず皆さんに信頼され、「片平が言うなら聞いておこう」と思ってもらえるように、まだまだ勉強し続けなければいけないと感じています。

異動を命じられ、偶然暮らし始めた大阪ですが、10年過ごした今では、気さくに声を掛けていただける土地柄も含めて、とても愛着のある街になりました。このまま、関西圏に暮らす人たちの役に立つ天気予報を、自分が務められる限り続けたいと思っています。

今しかできないことをやり切った充実感

学生時代、オープンキャンパスを運営した仲間たち

学生時代、オープンキャンパスを運営した仲間たち

大学時代を振り返ると、濃密な4年間だったと思います。学業と並行して挑戦した気象予報士の試験に、10代最後となる大学2年の冬に合格。実践経験を積みたくてオーディションを受けた結果、森田正光さんのアシスタントとして修業させてもらえることになりました。さらに、BS放送で大学生キャスターの活動もスタートしました。

ちょうど同じ時期に、大学では学生主体で運営する新たなイベント行事の企画が始まりました。所属ゼミ教授の口添えで参加することになり、新入生合宿やオープンキャンパスの立ち上げに関わることができました。学生のうちから、社会のしくみを垣間見られたのは得がたい経験でしたね。

ゼミでは長瀞へ水質調査に出かけるなど環境についても深く学んだ

ゼミでは長瀞へ水質調査に出かけるなど環境についても深く学んだ

ただ、寝る時間も惜しんで毎日フル回転していたせいか、大学4年生のときに体調を崩し、活動をセーブせざるを得なくなったのです。でも、どれも楽しくてどれも捨てがたいと悩んでいたら、「今しかできないことをしないともったいない」と師匠に助言されました。そこから、大学にいる間にできることをやろうと決めて、残りの1年を楽しみました。

その選択をして良かったと心から思います。大学の職員の方々、先生方、そして学部を超えて集まった仲間たちに囲まれながら、充実した毎日を送れました。そのとき集まったメンバーとは、10年たった今でも、いい交流を続けられています。

だから、法政で学生生活を送る後輩の皆さんにも、今できること、今しかできないことを精いっぱい楽しんでほしいと思います。その経験が10年後の自分を形づくってくれるよと、エールを送りたいですね。

(初出:広報誌『法政』2015年度4月号)