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三菱重工業株式会社 機械・設備システムドメイン事業戦略総括部 相模原管理部勤労・安全課 加藤 慶子 さん

2014年09月04日

プロフィール

三菱重工業株式会社 機械・設備システムドメイン事業戦略総括部 相模原管理部勤労・安全課 加藤 慶子 さん

三菱重工業株式会社 機械・設備システムドメイン事業戦略総括部 相模原管理部勤労・安全課 加藤 慶子 さん

加藤 慶子(かとう けいこ)さん

1988年大阪生まれ。
2007年法政大学キャリアデザイン学部に入学。1年次に女子セブンズの日本代表に選出され、3年次にはラグビーワールドカップ・セブンズに出場するとともに、東アジア大会では銀メダルを獲得。4年次にはロンドンに1年間留学し、女子ラグビーの名門「リッチモンドクラブ」でプレイ。2012年同学部を卒業。同年4月、三菱重工業株式会社に入社。営業職を経て、2014年より現職。福利厚生に関する業務を担当。

仕事とラグビーを両立し、リオ五輪での金メダルに挑戦する

法政大学在学中から女子セブンズ(7人制ラグビー)の日本代表選手として活躍してきた加藤慶子さん。2年後に迫ったリオ五輪での金メダルを目標に、仕事とラグビーの両立に全力を尽くす日々を送っています。

将来を広く見つめるためにキャリアデザインへ進学

大学2年次には、「ラグビーワールドカップ・セブンズ アジア地区予選」(2008年10月)に出場。男女と もに優勝し、香港での本大会への出場を決めた

大学2年次には、「ラグビーワールドカップ・セブンズ アジア地区予選」(2008年10月)に出場。男女と もに優勝し、香港での本大会への出場を決めた

2016年開催のリオデジャネイロオリンピックから正式競技に選ばれた女子セブンズ(7人制ラグビー)。キャリアデザイン学部OG、加藤慶子さんは三菱重工業株式会社に勤務しながら、代表選手としての活動を続けています。

大阪で生まれ、7歳の時からラグビーを続けてきた加藤さんは、高校時代からユース代表に選出されていました。「女子ラグビーは関東の方が盛んでしたので、首都圏での大学進学を考えていました。高校の先生から『将来の選択を広く見つめられる学部に進んでみてはどうか?』と助言され、キャリアデザイン学部への進学を決めました」

大学時代、平日は大学の授業に出席し、週末は大学のラグビーサークル「法政FRB」や社会人クラブチームでの練習に励む日々。一方、学部では佐藤厚教授の「人材育成論」という授業と出会い、学問に対する関心も高まりました。

「企業での人材配置が組織のモチベーションをいかに向上させるかを学びました。とても面白くて、ゼミナールも佐藤先生のもとで学びました。企業が制度を改善し、社員一人ひとりの力を150%引き出せば、企業の成長につながります。ラグビーとの共通性も強く感じました」

ロンドンにラグビー留学し世界と戦う底力を養う

在学中1年間休学し、ロンドンの名門「リッチモンドクラブ」にラグビー留学。身体面を鍛えるとともに、異文化にも触れた。試合後の仮装パーティーにて

在学中1年間休学し、ロンドンの名門「リッチモンドクラブ」にラグビー留学。身体面を鍛えるとともに、異文化にも触れた。試合後の仮装パーティーにて

1年次には日本代表に選出。3年次にはアジア予選を勝ち抜き、ラグビーワールドカップ・セブンズに出場。しかし、本選はノートライ全敗に終わりました。加藤さんは欧米の選手に対抗するために、4年次に1年間休学し、ロンドンへ留学。各国の代表選手が集まるリッチモンドクラブに参加しました。

しかし、留学当初は言葉も通じなければ、ボールも回ってきません。小柄な加藤さんは、体格の大きな欧米の選手達を相手にタックルで挑んでいきました。果敢なプレイが認められ、トップリーグの試合にも出場。さまざまな苦難を乗り越えながら世界と戦う底力を養った留学でした。

留学を陰で支えてくれた人物に学生時代からお世話になっていた法政大学OBの水谷眞さんがいます。ラグビー部OBであり、イギリスの駐在経験もあった水谷さんは、現地にいる駐在員仲間に加藤さんの世話をするよう声をかけてくれたのです。

応援してくれる周囲に感謝し目標に向かって突き進む

留学中に「リッチモンドクラブ」の仲間に誘われて現地のクラブチームのメンバーとして飛び入りで参加した、アムステルダムセブンズ

留学中に「リッチモンドクラブ」の仲間に誘われて現地のクラブチームのメンバーとして飛び入りで参加した、アムステルダムセブンズ

昔の女子日本代表選手は、アルバイトで生活費を得ながら代表活動に参加していました。加藤さんは、「ラグビーとフルタイムの仕事は両立できることを後輩たちに示したい」との思いから、一般企業への就職を決意。採用試験の面接では代表活動を続けたいという希望を正直に話し、三菱重工業株式会社に採用されました。

代表選手としての活動は週2回の平日練習と週末の合宿です。海外遠征も多く、会社を不在にすることが多くなりますが、三菱重工業株式会社では日本代表レベルの体育文化活動を許可するという規則があり、加藤さんの平日の活動は正式に認められています。それでも、先輩や同僚に迷惑をかけているという葛藤に悩みました。

「あるとき、先輩が『申し訳ない』という言葉を『ありがとう』に替えてごらん、と言ってくれました。その言葉で心が楽になり、感謝の気持ちで一杯になりました。目標に向かって、がむしゃらに突き進む。それこそが、会社での私の役割だと気付いたのです」

時間の管理を自分に厳しく課し、仕事と代表選手の活動を両立するハードな日々。けがにも苦しみました。それでも加藤さんは、2年後のリオ五輪での金メダル獲得を目標に定めています。

「私は天才ではないから、努力でここまできました。挫折も多かったから、どん底から這い上がる力は誰にも負けません。応援してくれている会社の皆さんや家族のためにも夢をあきらめない強い心を持ち続けていきます」

(初出:広報誌『法政』2014年度7・8月号)