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銀座7丁目クリニック院長・形成外科専門医 田牧 聡志さん

2013年12月19日

プロフィール

銀座7丁目クリニック院長・形成外科専門医 田牧 聡志さん

銀座7丁目クリニック院長・形成外科専門医 田牧 聡志さん

1967年東京生まれ。
1991年工学部機械工学卒。1993年大学院工学研究科を修了し、アイエヌエイ生命保険会社勤務(~1995年)。2002年杏林大学医学部医学科卒。順天堂医院、帝京大学病院での研修医を経て、2004年東北大学病院形成外科に入局。仙台医療センター、平鹿総合病院、東北大学病院高度救急救命センター等の医員を経て、2010年石巻赤十字病院形成外科診療科長。2013年3月より現職。日本形成外科学会専門医、日本熱傷学会専門医、厚生労働省医政局長認定臨床研修指導医。日本美容外科学会(JSAPS)正会員。

「為せば成る」 自分を信じ夢を追いかけよう

大学院工学研究科を出て就職したものの、子どもの頃からの夢だった医師を目指して医学部に入学し直し、形成外科医となった田牧聡志さん。石巻赤十字病院で勤務中に東日本大震災に遭遇、以後、救急災害医療にも尽力しています。

パートナーからのひと言で小さい頃からの夢を踏み出す

エンジニアになるつもりで勉強していた工学部時代

エンジニアになるつもりで勉強していた工学部時代

高校の頃は数学・理科は得意で、エンジニアの道を志して法政大学の工学部に入学しました。在学中はサークル(サーフィン部)や塾講師のアルバイトにも打ち込み、その後大学院を経て外資系保険会社に就職しました。

しかし、実は私は小学生の頃から将来は医者になりたいという夢を抱いており、高校2年生までは医学部を志望していたのです。悶々とした日々を送っているときに、法政を卒業して獣医学部に入学したサーフィン部の先輩から「俺のいる学部で勉強し直したらどうだ」と声をかけられました。

“根性”を培ってくれた法政大サーフィン部の仲間たち(左端が本人)。現在は部員が少なく、募集中

“根性”を培ってくれた法政大サーフィン部の仲間たち(左端が本人)。現在は部員が少なく、募集中

とはいえ受験のことや学費のこと、また獣医を目指すということで自分の夢をかなえられるのか、などいろいろ悩みました。そして当時付き合い始めたばかりだった現在の妻に、獣医を目指すことについて相談したのです。すると彼女は「医者になりたいのだから頑張って医学部に挑戦しなよ!」とひと言。この言葉に励まされ、医学部を挑戦することにしました。

その後は受験勉強に励み、かいあって翌年、医学部からの合格通知を手にすることができました。こうして私は医学生として再出発することになったのです。

石巻で遭遇した震災と不眠不休の災害診療

駆け出しの頃(左)を経て、准教授から執刀を任されるようになった(右)

駆け出しの頃(左)を経て、准教授から執刀を任されるようになった(右)

医学部では、手先の器用さに自信があったため、繊細な手技が要求される形成外科を専門分野に選びました。

卒業後は初期研修を行った後、研修医時代の恩師の薦めで東北大学病院の形成外科に入局しました。東北地方は形成外科医の数が少ないため、多くの手術をこなさなければなりませんでしたが、経験を積む絶好の環境でした。こうして7年間の経験を経て専門医資格を取得。2010年4月、石巻赤十字病院に形成外科診療科長として着任しました。

東日本大震災に遭遇したのは、翌年のことでした。経験したことのない揺れに「これは大変なことになる」と直感しました。石巻市には家族が住んでおり、万一のことも頭をよぎりましたが、幸いにも家族は無事だったため安全な場所に避難させ、災害診療に専心しました。

被災した人であふれる震災直後の石巻赤十字病院のロビー

被災した人であふれる震災直後の石巻赤十字病院のロビー

震災直後から、病院は津波から逃れてきた被災者の方々で膨れ上がり、最初の3日間は病院の全スタッフが文字通り不眠不休でした。人は極度の興奮状態になると睡眠も食事もとらずにいられるといいますが、まさにそんな状況でした。事務職員や看護師の中には家族が行方不明の方もおり、そんな中で救援活動を行う姿に、本当に頭の下がる思いでした。

サーフィン部での経験が自分を支えてくれた

その後2年間は石巻で勤務を続け、今年4月に銀座のクリニックの院長に招かれ今に至りますが、将来は形成外科および美容外科全般をカバーできるような自分のクリニックを開きたい、という夢を持っています。

2011年11月に校友連合会宮城県支部設立110周年式典で東日本大震災での経験を講演した

2011年11月に校友連合会宮城県支部設立110周年式典で東日本大震災での経験を講演した

大学に合計13年間通い、2年半の企業人生活を経て、医師としての今の自分があるわけですが、この間の自分を支えてくれていたのは、サーフィン部で培われた「芯の強さ」だった気がします。今でもサーフィンは続けていますが、サーフィンは見た目よりもかなりの体力が要求され、時に死を覚悟することもある危険で激しいスポーツなのです。わがサーフィン部OBの中に、社会の一線で大活躍されている先輩方が多いのもうなずけます。

最後に、後輩の皆さんには「為せば成る」という私の座右の銘を伝えたいと思います。大学を卒業してからも人生は長く、大学4年間で全てが決まるわけではありません。最終的に頼れるのは自分だけですから、その自分の力を信じ、一生懸命「為す」ことで、人生を「成して」いってほしいですね。私もこの言葉をかみしめながら、まだまだ夢の途中を走っているところです。