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日経BP社 日経BPネット総編集長 渋谷 和宏さん

2013年04月04日

プロフィール

日経BP社 日経BPネット総編集長 渋谷 和宏さん

日経BP社 日経BPネット総編集長 渋谷 和宏さん

1959年神奈川県生まれ。
84年に経済学部を卒業後、日経BP社に入社。98年『日経ビジネス』副編集長、2002年『日経ビジネスアソシエ』を創刊し編集長に就任。ペンネーム渋沢和樹で小説も6作上梓。ベンチャー・サービス局長、日経BPビジネス局長、統合コンテンツ局長を経て12年より現職。テレビやラジオ番組でコメンテーターとしても活躍。

チャンスとリスクは表裏一体 積極的なチャレンジで道は開ける

『日経ビジネスアソシエ』など数々のビジネス誌をヒットさせてきた渋谷和宏さん。現在BPネット総編集長を務めながら、テレビやラジオのコメンテーターとしても多角的に活躍しています。

ジャーナリストを志して記者になる

自身が創刊した『日経ビジネスアソシエ』 が順調に部数を伸ばし、フェアが開かれた 大手書店売り場

自身が創刊した『日経ビジネスアソシエ』 が順調に部数を伸ばし、フェアが開かれた 大手書店売り場

昔から本が好きで「将来は文章を書いて暮らせたらいいな」と思っていました。大学時代はジャーナリズムに興味があり、『日経ビジネス』では署名入りの記事を書かせてもらえると聞き、日経BP社に入社。幸運にも日経ビジネス編集部に配属され、記者としての第一歩を踏み出しました。

しかし、間もなく署名入りの記事を書くことがいかに大変かを痛感しました。読者を納得させられる文章を書くのに四苦八苦し、徹夜して仕上げた記事を上司から突き返され、一から書き直させられたりもしました。さらに署名入りであるが故に、記事への質問や批判が直接私に届き、明確に説明する責任もありますから、逃げ場はありません。おかげで随分鍛えられ、プロ意識を養うことができました。

経済記者として7年、エンターテインメント誌や書籍の編集経験も経て、1998年に『日経ビジネス』副編集長になりました。2000年からは不定期で20〜30代向けの別冊も数冊制作しました。「若者向けのビジネス誌を作りたい」という入社当時からの夢に手ごたえを感じ、『日経ビジネスアソシエ』を立ち上げ、2002年に編集長に就任しました。今からすれば思い切った決断だったと思います

日本の通信業界に革命を もたらした第二電電の物 語。文庫版「稲盛和夫独占 に挑む」も発行

日本の通信業界に革命を もたらした第二電電の物 語。文庫版「稲盛和夫独占 に挑む」も発行

当時、20〜30代向けのビジネス誌は3誌ありましたが、どれも1年も経たずに休刊していました。その中の一誌では最終号で「なぜ20〜30代向けのビジネス誌はうまくいかないか」という記事まで特集したほどです。そのため懐疑的に見る人は少なくなく、ある関係者に創刊のあいさつに行った時も「悪いことは言わないからやめた方がいい」と懇々とたしなめられました。ここで自分の夢を手放すこともできたでしょう。

しかし、リスクはあってもチャンスから逃げるべきではないと思いました。「逃げたら必ず後悔する。もし失敗しても、チャレンジした分、後悔は少ないはずだ」そう開き直り、創刊を決意しました。

困った時は足を動かす

当初は苦労の連続でした。「困った時は足を使う」という記者時代の基本に立ち返り、20〜30代のビジネスパーソンにとにかく話を聞いて回りました。その中で「今のビジネス誌ってなんか遠い存在なんですよ」という発言が心に引っ掛かりました。

ビジネス誌は一般的に「自動車メーカーの戦略」「日本経済の動向」など企業やマクロ経済の記事が中心です。それらの内容は経営者や役員、幹部クラスの人々には有益な情報でしょう。しかし、若い世代が知りたいのはその先のことだと思い至りました。例えば「日本経済が自分たちの仕事や生活にどう影響するのか」といった個人にまで落とし込んだ情報です。そこに焦点を絞って企画や記事を工夫した結果、売り上げが少しずつ伸び、創刊4年目で10万部売れるビジネス誌に育て上げることができました。

日経ビジネスアソシエ編集長を離れた後も、絶えず企画を立ててモノを売ることを考えてきました。そのポイントとなったのは「時代の変化」「季節」「自分が手掛ける理由」の3つです。

まず「時代の変化」についてですが、アソシエを立ち上げた当時、日本の企業社会はグローバル化や成果主義が進む一方でリストラも盛んに行われ、若者の不安は高まっていました。その変化にアソシエの内容はうまくマッチしたのだと思います。一方「季節」に関してはもう少しミクロな話です。例えば、転職関連の本はボーナス支給時期の直前が売れます。これは転職を考えている人でも「今の会社でボーナスをもらってからにしたい」という心理が働くからです。そして、最後の3つ目が「なぜ私がやるのか」という理由です。熱い心でより良いものを作るためには、何よりも重要な基盤となります。

大学時代の経験が今につながる

大学時代Ⅰ部美術研究会で部長を務 めた本人と展覧会に出展した水彩 (静物)画

大学時代Ⅰ部美術研究会で部長を務 めた本人と展覧会に出展した水彩 (静物)画

記者時代の経験はもちろん、大学時代の経験も今の仕事の基盤となっています。その一つがゼミナールです。ゼミの授業を通して「経済っておもしろい!」と改めて実感し、日本経済新聞を読むようになったことが後の人生に大きな影響を与えました。ほかにも美術研究会に所属し、2年次から部長を務め、部の運営や部員の勧誘方法、どうしたら部を活性化できるかなど、今振り返ると雑誌の制作とも相通じる部分が多く、編集長という仕事にも生きました。

大学時代は是非、自分とは文化の違うさまざまな人と積極的に交流し、日々アンテナを張り、自分の頭で考えながら過ごしてほしいですね。この習慣がアイデアを生み出したり、クリエイティブな仕事をする上でとても役に立ちます。

加えて、失敗を恐れないこと。リスクにチャンスが潜んでいるとも言えます。私が小説家やメディアでコメンテーターをしているのも、チャンスに対して積極的に飛び込んでいった結果です。好きなことには貪欲にチャレンジすることで道は開けるはずです。