HOME > 法政を知る・楽しむ > 法政ピックアップ > OB・OGインタビュー > 2011年度 > 株式会社西武ライオンズ 代表取締役社長 居郷 肇さん


株式会社西武ライオンズ 代表取締役社長 居郷 肇さん

2011年10月11日

プロフィール

株式会社西武ライオンズ 代表取締役社長 居郷 肇さん

株式会社西武ライオンズ 代表取締役社長 居郷 肇さん

居郷 肇(いごう・はじめ)さん

1956年岡山県生まれ。 倉敷工業高校時代は、ピッチャーとして選抜ベスト8の成績を残す。
経営学部経営学科に入学し、東京六大学野球で活躍。
1979年、卒業と同時に(株)プリンスホテルに入社し、同時に発足した社会人野球チーム「プリンスホテル硬式野球部」に所属。
引退後は、主に箱根のゴルフ場やリゾートホテルなどの営業やマネジメントを担当。湘南・伊豆・東海・九州総支配人、執行役員箱根統括総支配人などの要職を経て、2011年3月より現職。

プロ野球チームの球団経営トップとして明るく元気で、風通しのいい球団づくりを目指す

株式会社西武ライオンズ 代表取締役社長 居郷 肇さん

株式会社西武ライオンズ 代表取締役社長 居郷 肇さん

1978年のチーム誕生以来、25年間連続Aクラス入りという日本プロ野球記録をはじめ、リーグ優勝16回、日本一10回など、輝かしい戦績を誇る埼玉西武ライオンズ。その球団経営のトップを務めるのが、居郷肇さんです。今年3月から球団社長として再び野球の世界に戻ってきました。


 

打撃力を請われ新球団の主力選手に

東京六大学野球リーグで、史上初のサイクルヒットを放ち、新聞紙面を飾る居郷氏 <毎日新聞社提供>

東京六大学野球リーグで、史上初のサイクルヒットを放ち、新聞紙面を飾る居郷氏 <毎日新聞社提供>

――大学卒業後は、新しく発足した社会人野球チームに入団するなど、野球で人生を切り開いてきました。

野球は、中学の軟式野球から本格的に始め、ピッチャーとして、県大会初出場初優勝の大きな原動力になったと自負しています。その後、岡山県の2強の一角、倉敷工業高校の監督に声をかけられて入学。3年生の春には甲子園の選抜大会でベスト8まで進みました。しかし肩をこわし、その後は内野手に転向しました。
法政大学野球部時代の思い出で強烈なのは、なんといっても寮生活です。当時はまだ上下関係が厳しく、1年生の時は辛かったですね。もっとも、その後の人生で何をやるにしても、あの時の経験に比べれば大したことはないと思えましたから、あの経験があったからこそ、私の今の人生があるのだと思います。
江川卓選手などの力のある先輩たちが東京六大学野球で4連覇し、その卒業後に4年生、そして主将になったので、初戦でリーグ史上初のサイクルヒットを打てたこともいい思い出になっています。もっとも、史上初の5連覇はかないませんでしたが…。
卒業後は、プロから声がかからなければ社会人野球の東芝チームに行く予定でした。ところが、次の年から野球チームを立ち上げるというプリンスホテルから、是非に、ということで誘われたのです。優秀な選手を集めているし、自分たちが1期生なので怖い先輩もおらず(笑)、のびのびプレーできるだろうという期待もあって、入団を決めました。

30の手習い!?おもてなしの基本を学ぶ

野球選手の時間以外はホテルマン。赤坂プリンスホテルで、宴会サービスを担当していたころの1コマ

野球選手の時間以外はホテルマン。赤坂プリンスホテルで、宴会サービスを担当していたころの1コマ

――選手引退後は、箱根のリゾート関連施設で20年以上働くことになります。

7年間、赤坂プリンスホテルに勤務しながらノンプロの選手として活躍した後、30歳になって初めて普通の社会人になるわけで、最初は、満員電車に揺られて通勤することにさえ違和感を感じていました。
引退して2年目には、箱根に異動することになり、ゴルフ場やリゾートホテルなどの営業やマネジメントに携わることになりました。リゾート関連の施設は人が少なく、1人であらゆる業務をこなさなければなりません。それまでは野球中心の人生でしたから、分からないことが多く、高校を卒業したばかりの新入社員と一緒に、お札に見立てた新聞紙の枚数を数える練習から始めました。悔しい思いもしましたが、知らないことは教わればいいのだと割り切り、どんどん仕事を吸収していきました。

当時は、バブルの盛りで、政治家や財界人、芸能人などがゴルフ場をよく訪れていました。こうした方々を大勢お迎えする日々を過ごすうちに、まずは頭を下げて感謝の気持ちから始めるというおもてなしの基本を、徹底的に体に染みこませることができました。野球選手時代はちやほやされることが多く、航空券の買い方さえ知らなかったのですが、今度はまったく反対の立場。こうして、サービス業のさまざまな面を勉強することができました。

野球で始まり野球で終わる…

――リゾート畑一筋に歩み、西日本のリゾートを統括する執行役員から、一転して球団経営の責任者です。

本格的な野球選手出身者が、球団社長を務めるのは初めてだと内示をいただいたのですが、最初はとまどったことを覚えています。自分が就任してチームの成績が低迷したらどうしようとか、初めての経験となる球団経営を、この歳でまた一から教えてもらうことになるのかなどと、手放しに喜べる状態ではなかったのは確かです。
しかし、ライオンズは西武グループの顔であり、広告塔です。グループ全体のイメージアップのためにも、球団経営は極めて重要です。野球でプリンスホテルに入社し、育ててもらったわけですから、最後はまた野球で貢献するというのも悪くないなと思いました。
社長就任発表の翌日には震災が起こり、混乱の中で業務を引き継いだわけですが、こんな状況で野球ができることを本当にありがたく思い、野球ファンの皆さまに感謝する毎日です。その気持ちを、夏休みの子どもの入場料無料化など、さまざまな形でお返しするつもりですし、節電対策なども恒久的に進めていきます。
球団経営はまだ始めたばかりで、営業面に関しては、現時点で私が考え得ることはすでに行われているため