TBSアナウンサー 蓮見 孝之さん

2008年05月20日

プロフィール

TBSアナウンサー 蓮見 孝之(はすみ・のりゆき)さん

TBS編成制作本部編成局アナウンス部アナウンサー
1981年埼玉県生まれ。
2004年に経済学部経済学科を卒業、TBSにアナウンサーとして入社。
現在「みのもんたの朝ズバ!(取材キャスター)」「王様のブランチ(KANGEKI DVDブラボー)」「オビラジR」「さんまのスーパーからくりTV(外国人日本王)」の各番組を担当。
地元浦和の少年サッカーのコーチを続けていたこともあり、JFA公認のC級コーチと審判員4級の資格を持っている。大学1年時に、TBS系列「ウンナンのホントコ」の人気コーナーだった「未来日記」の出演経験もある。

生涯、一アナウンサーとしてテレビの“伝える”役割を果たしていきたい

TBSアナウンサー 蓮見 孝之さん

TBSアナウンサー 蓮見 孝之さん

「みのもんたの朝ズバ!」「王様のブランチ」などのレギュラー番組をもつ蓮見孝之さん。
大学時代はアナウンサーになることしか考えず、自主マスコミ講座に所属し学外においても、あらゆる機会を通じて“しゃべる”努力を重ねてきました。報道からバラエティー、スポーツと多くの分野を担当してきた経験を糧にしながらこれからも、子どもにも分かる言葉で伝える仕事を続けていきたいといいます。

父の若き日の夢を知りアナウンサーへの道を確信

――サッカー少年として、高校時代は県の強化選手にまで選ばれた蓮見さんですが、大学に入学すると一転アナウンサー志望に変わります。

テレビが好きだったので、高校生のころは、単純に「テレビに出たい」と思っていました。しゃべることが得意だったので、テレビに出てしゃべる仕事をしたいと考えたのです。
ただし、公務員一家に育ったこともあり、現実的には体育の教師を志望しました。教師もしゃべる仕事には違いありませんし…。
結局、希望した進路に進むことはできず、父とも相談した結果、将来の選択肢が多い文系に進むことにしました。ところが、そのとき初めて、父が若い頃テレビ局のカメラマンになることを夢見ていて、実際にテレビ局でアルバイトをしていたことを知ったのです。テレビに出たいという自分の突飛な思いも、ある意味、父親譲りであることを知り「これでいいんだ」と確信した覚えがあります。

大学入学後、アナウンサー志望のクラスメートに触発され、アナウンサーという職業が現実的な夢になりました。それからは、社会学部の授業を聴講したり、Jリーグ横浜FC(当時J2)のホームゲームのスタジアムDJのアルバイトをしたり、自主マスコミ講座で毎週、話し方のトレーニングを行ったりと、アナウンサー目指してまっしぐらの4年間を過ごしました。その間しゃべった量は誰にも負けない自信はあります。

報道の現場で感じた疑問は今でもまだ解決していない

――念願のアナウンサーとしてテレビ局に就職します。

入社すると最初はみな「はなまるマーケット」を担当しますが、私はまもなく「朝ズバ!」という報道番組で、取材キャスターを務めることになりました。事件や事故の現場で関係者に話を聞き、リポートにまとめる仕事です。ここで出会うのは、事件や事故の被害者や加害者、その家族、あるいは警察、消防の人たちで、タレントや有名人の方々とは無縁の世界です。一般にアナウンサーには華やかなイメージがありますが、こうした報道の現場で、地道に情報を集めて伝える仕事もあるのです。

報道に携わっていると大きな疑問にぶつかります。最初に担当した現場は、尼崎の列車脱線事故で、遺体安置所に向かう人や出てくる人にお話を伺う仕事でした。社会に大きな衝撃を与えた事件・事故について、その場の状況や雰囲気を、きちんと正確に実況として伝えることはとても重要なことです。とはいえ、悲しみのどん底にいる人にマイクを向けることはとても辛く、映像だけで十分ではないかと思ったりもします。

このように、報道に携わるテレビマンとしての意識を保ちながら、他方で、決してテレビに出たくない人たちをテレビ画面に映し出してしまうことへの大きな疑問や悩みは、未だに自分の中で整理がついていません。たぶん、そうした意識や葛藤を、これからもずっと持ち続けていくことが大切なのだろうと考えてはいるのですが…。

子どもや家族が見ているその思いを大切にしたい

――報道番組以外にも、スポーツ実況やバラエティー番組などへと、活躍の幅を広げています。

それまで報道しか経験していなかったのですが、2年目に格闘技の実況中継を任されるようになり、やがてバラエティー番組の1コーナーも担当するようになりました。いろいろな番組を経験することで、ひと口にアナウンサーといっても、本当にいろいろな業務があることを実感できました。

スポーツ中継では、試合を放送している以外の時間に、どれだけ選手や関係者と密接なコミュニケーションをとっているかということが大切で、それが実況の質にも響いてきます。自分の出演番組が増えるにつれて、そうした時間がとれないことへのストレスがたまってしまい、現在はスポーツ実況を外れています。

また、バラエティー番組では、台本はあるにせよ、当意即妙な対応が求められます。アナウンサーは結局はサラリーマンですから、担当番組が減っても固定給はありますが、その他の出演者の方々は、弱肉強食の世界で生きています。ですから、バラエティーの一線で活躍している人たちは、“しゃべり”のスキルが違います。同じしゃべる仕事に携わるものとして、とても勉強になります。
今後も、生涯一アナウンサーとして、いろいろな番組を担当したいと思っています。そして、家族が見ているんだということを常に意識し、子どもにも分かる言葉で、テレビを通して“伝える”努力を続けていきたいと思っています。

(雑誌「法政」2008年4月号より)