法政大学について

2004年度12月号 雑誌「法政」

法政大学の歴史(その76)「仏学会・東京仏学校関係文書をひも解く」

本学では「法政におけるフランス年」と題してさまざまな催しを企画・実施中である。大学史資料委員会も、この事業にいくつかの企画で参画している。その一つは、雑誌『法政』に連載している「法政大学の歴史」シリーズに掲載の仏学会・東京仏学校関連記事である。東京仏学校は本学の源流の一つであり、仏学会はその設置者であった。
また、日本土木学会の協力を得て、東京仏学校初代校長・古市公威のパネル展「古市公威とその世界」を市ケ谷キャンパスのボアソナード・タワー26階で11月25日から12月8日まで開催した。

そして現在、「仏学会・東京仏学校」関係資料などから構成される『法政大学史資料集』第26集の編集作業が進められている。「仏学会・東京仏学校」関係資料は、法政大学図書館に収蔵されている「日仏協会関係資料」と並ぶ貴重資料であるが、未整理のままになっていた。そのほとんどが毛筆書きの一次資料で、事務処理上重用な決済書類や仏学会総集会報告の原稿、さらに、入江文郎、村上英俊、河津祐之の墓碑建設関係書類などを収める。

1888(明治21)年の「仏学会員姓名緑」を見ると、名誉会員に伏見宮貞愛親王、子爵太田資美、東京学士会員村上英俊、式部長官侯爵鍋島直大、元老院議官侯爵蜂須賀茂韶、司法大臣伯爵山田顕義、仏国特命全権公使シェンキウヰチ、元老院議長伯爵大木喬任、特命全権公使侯爵徳川篤敬、従三位徳川昭武、巴里法科大学教授ボアソナード、法学博士アッペール(入会順)の名前があるが、彼らの多くは明治政府のフランス派の中心人物である。こうしてフランス派が結集したのは、明治政府内で英法派や独法派の台頭が著しく、彼らが危機感を募らせていたという事情があった。

この仏学会は、仏学校を設置することを主な目的として創立されたのであったが、上記資料からは、同会の事業が文化交流の貢献者の顕彰や、学術雑誌『仏文雑誌』の発行など、実に多角的なものであったことがうかがえる。
なお、現在、図書館に収蔵されている「塩田三郎文庫」も、塩田の息子である塩田孝太郎が仏学会に寄贈したものであった。

(大学史編纂室・和泉守信/明田川 融)

 

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