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2016年入学式 田中優子総長 式辞

2016年04月03日

2016年入学式 田中優子総長 式辞

新入生の皆様、入学おめでとうございます。保護者の皆様にも、心よりお祝い申し上げます。

皆さんが入学したこの2016年度は、法政大学にとっても新しい出発の年です。私が総長に就任してこの2年の間に、法政大学はスーパーグローバル大学創成支援に採択され、日本の大学から世界の大学へと、一歩を踏み出しました。

さらに設立150周年を迎える2030年をめざして、長期ビジョンを策定してきました。そのビジョン策定の過程で、法政大学は初めて「大学憲章」というものを作りました。皆さんは、憲章に沿って教育が展開される、その第一世代なのです。

では、憲章をご紹介しましょう。

まず、この憲章には標語がついています。その標語を「約束」と呼んでいます。社会に対する大学の約束、という意味です。その約束は「自由を生き抜く実践知」です。
では、法政大学憲章を読みます。


自由を生き抜く実践知

法政大学は、近代社会の黎明期にあって、
権利の意識にめざめ、法律の知識を求める
多くの市井の人びとのために、
無名の若者たちによって設立されました。

校歌に謳うよき師よき友が集い、
人びとの権利を重んじ、多様性を認めあう「自由な学風」と、
なにものにもとらわれることなく公正な社会の実現をめざす
「進取の気象」とを、育んできました。

建学以来のこの精神を受け継ぎ、
地球社会の課題解決に貢献することこそが、本学の使命です。

その使命を全うすべく、
多様な視点と先見性をそなえた研究に取り組むとともに、
社会や人のために、真に自由な思考と行動を貫きとおす
自立した市民を輩出します。

地域から世界まで、あらゆる立場の人びとへの共感に基づく
健全な批判精神をもち、
社会の課題解決につながる「実践知」を創出しつづけ、
世界のどこでも生き抜く力を有する
あまたの卒業生たちと力を合わせて、
法政大学は持続可能な社会の未来に貢献します。


以上が、法政大学憲章です。
「自由を生き抜く実践知」とは何でしょうか?
ここでいう自由とは、権威や組織やまわりの空気に寄りかからず、自分の力で考え、その考えにもとづいて自分を律して生きることです。
実践知とは、単に実際に役立つ知識という意味ではなく、社会的に価値あるものに向かって、それぞれの現場で発揮する知性のことです。この標語は、法政大学の歴史と深いかかわりがあります。

法政大学は明治13年、西暦で1880年に「東京法学社」という名前で始まりました。実は、法政大学は、3人の20代の若者によって設立されたのです。自由民権運動のさなかでした。権利の意識にめざめた当時の人びとは、法律の知識を求めていたのです。
3人は金丸鉄(まがね)28歳、伊藤修25歳、そして薩埵(さった)正邦24歳です。市ケ谷キャンパスの「外濠校舎」の最上階に「薩埵ホール」という多目的ホールがあります。その名称は3人の中の一人、もっとも若い創立者の名前なのです。同じ市ケ谷キャンパスのなかに、27階の高層の校舎があります。その名を「ボアソナード・タワー」と言います。フランス人のボアソナード博士の名前からとったものです。3人の若者が法学について学び、東京法学社の知識の基礎となったのが、このボアソナード博士の学問だったのです。

憲章は最初に、その建学の精神と大学の歴史に触れています。そして「自由な学風」「進取の気象」という法政大学の特徴を述べ、「社会や人のために、真に自由な思考と行動を貫きとおす自立した市民に育てる」と約束しています。さらに、「地域」と「世界」の両方を重視すること、「批判精神」や「課題解決につながる実践知」こそが大切であること、そして「世界のどこでも生き抜く力」「持続可能な社会の構築」という、法政大学がめざす方向を語っています。

この中の「世界のどこでも生き抜く力」についてお話ししましょう。グローバリゼーションという言葉を皆さんは知っていると思います。世界全体が流動化し、情報、金融、企業、そして研究や教育も、国境を越えて大変なスピードで出入りしながら、交換したり協力したり競争する時代になっています。インターネットも、テロリズムも、難民も、グローバリゼーションのひとつの現れです。皆さんにはその現実の中で、自らの思考力と判断力をもち、自由に生き抜く実践的知性を、つけていってもらいたいのです。

すでに申し上げたように、法政大学は、全国の国公私立大学のたった4.7%の、スーパーグローバル大学に採択されました。法政大学がこのようなグローバリゼーションへの対応力を持ったのは、今に始まったことではないのです。法政大学は3人の若者が法学社を創設して間もなく、1889年に「和仏法律学校」へと発展しました。その初代学長は箕作麟祥(みつくり・あきよし)という人物でした。蘭学者の家に生まれ、英語とオランダ語に精通していました。19歳で今の外務省にあたる外国奉行の翻訳御用のリーダーとなったのち、21歳でフランスに渡り、フランス語を習得して帰国し、44歳で「和仏法律学校」の学長となります。そして最初の、フランス革命を本格的に論じた歴史書を書いたのです。法政大学はこのようにヨーロッパに開きながら、同時に法律の知識を求めるアジアの人びとのためにも、日本語のできない留学生を受け入れ、法律、政治、その他さまざまな科目を教えました。

そして今、海外留学する学生の数は、全国の大学のなかで常に上位を占め、卒業生は世界のさまざまなところで活躍しています。

たとえば、JICA研究所の上席研究員である古川さんは、国際的な援助活動のあり方を研究する仕事をしています。法政大学在学中に1年間の派遣留学を経験しました。まだアジア系の留学生が少なかった時代、バングラデシュ出身の友達ができたのが、国際協力に興味を持ったきっかけになったと言います。

ロンドン大学で講師をしている篠沢さんは、法政大学の留学制度を利用してアメリカに留学し、卒業後は日本企業に勤めながら大学院進学をめざして英語の勉強を続け、イギリス勤務時代に修士号を取得しました。法政時代の留学経験がなければ日本企業への就職も厳しく、ロンドン勤務もできなかっただろうと語っておられます。

米国大使館商務部の本田珠美さんからは、このあと直接、皆さんはお話を伺うことができます。

本学には約20年前から、留学生のためにすべての授業が英語で行われる仕組みもあります。8年前には、全授業が英語でおこなわれるグローバル教養学部が設立され、今年度からは、複数の学部や大学院で、英語による講義がいっそう充実します。日本語のできない留学生がキャンパスに増えてくるからです。もちろんこれらの仕組みを、日本人学生も使うことができます。

法政大学で鍛えられた「世界のどこでも生き抜く力」は、少子高齢化の進む日本の各地で、課題を解決する能力でもあります。日本と世界は大きな変化の時代を迎えています。変化の時代とは、若者たちが法政大学を創ったように、新しいものを創造する時代でもあります。みなさんは存分に、ひとりひとりの創造力を磨いて下さい。

私は46年前、先生方の自由な学風や、社会と向き合う真剣な姿勢を知って、法政大学に入学しました。大学は単に勉強するだけのところではありません。世界を知り、社会の課題と向き合い、自らの考える力を伸ばす場所です。法政大学はまさにそういう大学でした。1年生のとき、ある科目を履修登録して最初の授業に出て、驚きました。教室にはすでに単位を取得した2年生3年生も出席していて、フィールドでの調査や研究をともにおこない、時には彼らが講義もしました。何ごとも積極的に参加しようとする学生たちがいれば、先生方はそれに応えてくれました。学生が授業を変えるということが、実際に起こるのが、法政大学なのです。

大学には、教授や講師のほかに、学生をサポートする職員たちがいます。そして上級生、同級生たちがいます。みなさんはぜひ、大学という場に集まっている人々と一緒に、おのおのの能力を伸ばして下さい。好奇心の羽を、存分に広げて下さい。大学ほど、お互いに助け合って能力を自由に伸ばす力をもっているところはないのです。

ようこそ法政大学のコミュニティに入ってきて下さいました。心より歓迎いたします。

あらためて、入学おめでとうございます。

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