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2015年入学式 田中優子総長 式辞

2015年04月03日

2015年入学式 田中優子総長 式辞

新入生の皆様、入学おめでとうございます。保護者の皆様にも、心よりお祝い申し上げます。

先月、ここ日本武道館で、本学の卒業式がおこなわれました。その日に卒業した学生たちのほとんどは、入学式を経験できませんでした。2011年4月に入学した学生たちだからです。そこで、準備されながら読まれることの無かった入学の辞を代読し、短い入学式をおこなうことから卒業式が始まりました。
私はその席で、2011年3月11日のことを、決して忘れないで欲しいと述べました。なぜなら、後から考えたとき、その日は必ず、日本の大事な転換点であったことがわかるはずだからです。

そのように、それぞれの時代を体験しながら法政大学を卒業していった卒業生たちは、刻々と変わるこの世界で、今与えられている状況と与えられた時間を、懸命に充実したものに作り替え、仕事をしています。
その一人が、2ヶ月前にシリア領内で拘束されて亡くなった、ジャーナリストの後藤健二さんです。
後藤さんは法政大学第二高等学校と法政大学社会学部で学びました。世界でもっとも過酷な紛争地帯で、後藤さんはそこに生きる女性や子供の姿を報道し、人間がもつ差別や偏見や格差を乗り越えようとしました。争いの中で生きる場所を失っていく人々にまなざしを向け、その存在を報道することで、力の暴走を食い止めようとしました。
国と国との戦争以上に、内紛やテロリズムにさらされるようになった今日、卒業生たちはさまざまなかたちで社会や世界に貢献しているのです。

このように変動する世界では、大学もまた、変化しています。もっとも大きな変化は、グローバル化です。法政大学は文部科学省のスーパーグローバル大学創成支援の対象に選ばれ、グローバル化のフロントランナーになりました。入学する皆さんにとっては、国を越え、複数の言葉で学ぶ機会が格段と広がったのです。

学ぶことは、人間の持っている大切な権利です。今日から大学生である皆さんにとって、学ぶことは義務なのではなく、権利なのです。しかしその権利を行使できない人々も、世界にはおおぜいます。
昨年の12月10日、1997年に生まれた、皆さんとほぼ同じ年齢の女性が、ノーベル平和賞を受賞しました。当時17歳のマララ・ユスフザイさんです。マララさんはその授賞式で、「教育は人生の恵みの一つであり、不可欠なものの一つです。このことを、私は17年の人生で経験しました」と語りました。

彼女が10歳の時、暮らしていたパキスタンのスワートという地域が突然襲撃されました。そして400以上の学校が破壊され、人々が殺されました。15歳の時には、マララさん自身が頭を銃撃され、瀕死の状態になりました。マララさんは、教育を奪われている6600万人の子供たちの代表として、「中学校を建てたい。これが私の願いであり、義務であり、今の挑戦です」と、ノーベル賞の授賞式で語りました。
世界では学ぶ権利、とりわけ女性たちの学ぶ権利が、まだ充分に獲得されているとは言えません。教育を受けることのできる新しい社会を作るには、新しい学校が必要なのです。

マララさんの話は、実は法政大学の歴史とも重なります。法政大学は明治13年、西暦で1880年に始まりました。神田駿河台というところに、法律の学校である「東京法学社」として開校されたのです。
その東京法学社を作ったのは、3人の20代の若者でした。金丸鉄(まがね)28歳、伊藤修25歳、そして薩埵(さった)正邦24歳です。市ケ谷キャンパスの「外濠校舎」の最上階に「薩埵ホール」という多目的ホールがあります。その名称は3人の中の一人、もっとも若い創立者の名前なのです。
また、同じ市ケ谷キャンパスのなかに、27階の高層校舎があるのをご存じでしょうか?あの校舎は「ボアソナード・タワー」と言います。フランス人のボアソナード博士の名前からとったものですが、3人の無名の若者は自由民権運動のさなか、学問と教育こそ、民主主義の根幹であり、自由と進歩の原動力であり、新しい国を作る基礎だと考え、ボアソナード博士に教えを請い、博士も若者の思いに応えて無償で教育を引き受け、良き師良き友が、一緒に法政大学を作ったのです。
それは新しい世界に漕ぎ出していくことでした。そして、後に続く誰もが学ぶ権利と自由を獲得し、社会と、そして世界と、知識でつながることでした。

つまり、皆さんと同年代のマララさんが学校を作ろうとしている思いと、20代の若者が法政大学の前身を作ったこととは、実は同じことなのです。学校は新しい時代の理想の現れです。20代の若者は、やみくもに学校を望んだわけではありません。新しい社会を創るために、学び語らう場所がどうしても必要だったのです。
その場所が、今日の法政大学です。

マララさんの著書を翻訳して日本にその存在を広めたのは、法政大学を卒業し、法政大学で現在も教鞭をとっている金原瑞人(かねはら・みずひと)教授です。金原教授はマララさんと比較しながら日本の教育について、「先進国の生徒は、フォアグラ用に飼育されるガチョウのように教育を詰め込まれ」ているのではないか。と言っています。しかし同時に、「学ぶことの楽しさを味わえるのは、日本では大学」であり、「学問する楽しさを学生に知ってもらう場を提供するのは大学の使命の一つでもある」とも言っておられます。
これは体験に基づいた発言です。金原教授も私も、法政大学で水を得た魚のように、学ぶことが面白い!と思い、学問をすることにめざめたからです。法政大学はホームページでも多くの卒業生を紹介していますが、大学で「多様な人と出会い、思い切り自由に考えた」と語っている人は少なくありません。これは法政大学の誇る特徴のひとつです。
みなさんの前には、学ぶ権利と自由を使いこなす毎日が広がっています。視野を広げながら、自らの決断で人生を切り拓くのが「自由」ということです。これはけっこう大変なことですが、人生でもっとも楽しい時間でもあるのです。

ニューヨーク市立大学大学院のキャシー・デビッドソン教授は、「2011年にアメリカの小学校に入学した子供たちの65%は、大学卒業後、今は存在していない職業に就く」と予測しています。計算すると今から約12年後、つまり皆さんがおよそ30歳のころには、半分以上の職種が変わっている、ということです。法政大学はグローバル化のフロントランナーとして、この変化に対応することのできる能力を育てようとしています。

皆さんが卒業して働く場所は、企業に入ったとしても、あるいは後藤さんのように専門的なプロフェッショナルとして生きるとしても、ほとんどが、事実上の共通語である英語をコミュニケーションの道具として使うことになるでしょう。インターネット上で、より多面的な情報を獲得し、正確な判断に近づく手段としても、英語は有効です。
しかしグローバル化された大学とは、語学力を磨くだけの大学ではありません。自ら考え、自らの基準をもち、自らの道を選択することのできる「世界市民」を育てる大学のことです。
自立しながらも孤立することなく、多くの人と話し合い、協力して未来を創っていくのが世界市民です。議論しながら自分の考えを作っていく過程は、ゼミを中心に経験できます。長期の派遣留学、学部ごとの半期の留学、短期の国際インターンシップや国際ボランティア、そして大学内で受講できる英語による講義などの中で、皆さんは自分を表現するために、多くの方法を身につけることができます。

しかし私は皆さんに、もうひとつ目を向けて欲しいと思っていることがあります。日本の様々な地域の豊かさです。すでに多くの教員たちが、ゼミで地方に出かけ、フィールドワークをおこなってきました。私もその一人です。「ここには何もない」と言っていた学生たちが、文化や自然資源の豊かさに目を見張り、卒業して地域に入り、それまでなかった仕事を開拓する人もいます。まさに、自分で発見し、再構成する創造的な生き方をする可能性が、日本の中にもあるのです。

私は、「世界のどこでも生き抜く力を育てたい」と思っていますが、その「どこでも」の中には、日本のあらゆる地域が含まれています。スーパーグローバル能力はスーパーローカル能力でもあります。今はない新しい職業は、4年後に卒業するあなたがたが生み出すかも知れないのです。

日本と世界は大きな変化の時代を迎えています。変化の時代とは、若者たちが法政大学を創ったように、新しいものを創造する時代でもあります。
今日から4年間という限られた、短い時間ですが、思い切りひとりひとりの創造力を磨いて下さい。

ようこそ法政大学のコミュニティに入ってきて下さいました。心より歓迎いたします。

入学おめでとうございます。

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