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Vol.93 図書館ロビーの顔となった鐵臣の油絵の大作

2016年12月20日

≪身辺 秋から冬へ≫(1977)遠景に若いケヤキを、前景に収集した庭のザクロや栗の実、洋梨、葡萄などを細密画の手法で描いている。中央左の本はダリの画集でページには〈静物〉と記されている

≪身辺 秋から冬へ≫(1977)遠景に若いケヤキを、前景に収集した庭のザクロや栗の実、洋梨、葡萄などを細密画の手法で描いている。中央左の本はダリの画集でページには〈静物〉と記されている

市ケ谷図書館ロビーには、台湾と日本で活躍した画家、立石鐵臣(てつおみ、1905~1980年)が描いた油絵≪身辺 秋から冬へ≫が展示されています。

立石鐵臣は台湾・台北の生まれで、戦前は台湾と日本を往復しつつ創作し、戦後は日本を中心に活動した画家です。特に、戦前の台湾美術界および文化に与えた影響は大きく、近年その功績が再評価され、1996年には台北で展覧会が開催されました。2016年には、日本人と台湾人の2人の監督によるドキュメンタリー映画『灣生畫家-立石鐵臣』も製作されています。

鐵臣が台湾で活動した時代、後に本学第12代総長を務めた中村哲(あきら)教授が台北帝国大学(現・国立台湾大学)に在籍していました。台湾の文化に対して学問的な関心を強く寄せていた中村教授は、大学の教壇に立つ傍ら、医学部の金関丈夫教授や台湾総督府情報部の嘱託であった池田敏雄らと一緒に、台湾の民俗と習慣を記録・研究する雑誌『民俗臺灣』を編集しました。

台北帝国大学理農学部の嘱託として標本画の制作に従事していた鐵臣も、『民俗臺灣』の創刊メンバーとして、主に美術を担当。台湾各地での民俗調査に同行して、動植物や自然の風物、風俗などを記録するとともに、表紙や挿絵の版画なども手がけました。

戦後、日本に帰国した鐵臣は、作品制作に精力的に取り組み、抽象画、昆虫や植物を描いた細密画のほか、雑誌の挿絵など、多方面にわたって作品を残しています。

中でも≪春≫≪月に献ず≫と三部作をなす≪身辺秋から冬へ≫は、自然の中から身近な画材を収集して個別にスケッチし、それを紙の上に並べて配置して構図を決定し、最後にキャンバスに描くという独特な手法を採っています。鐵臣は1969から1979年まで神田の美学校で細密画工房の講師を務め、本作の制作過程も『細密画描法』(美術出版社)で詳しく解説しています。

鐵臣の最晩年の作品である≪身辺秋から冬へ≫は、中村哲総長との長きにわたる交流から、鐵臣の死後1981年に本学が所有することとなり、同年に新築開館した市ケ谷図書館のロビーに展示されました。

今年の5月から7月にかけては、府中市美術館で開催された「麗しき故郷『台湾』に捧ぐ―立石鐵臣展」に貸し出され、一般市民に公開されました。精緻で大胆なこの作品は、35年を経過した今も、図書館ロビーで印象的な輝きを放っています。

取材協力:府中市美術館、法政大学図書館 参考:立石鐵臣展

(初出:広報誌『法政』2016年度10月号)

立石鐵臣(左)   『民俗臺灣』1941年9月号の表紙、題材は玩具と思われる「鬼の餅搗(もちつき)」(右)

立石鐵臣(左) 『民俗臺灣』1941年9月号の表紙、題材は玩具と思われる「鬼の餅搗(もちつき)」(右)

市ケ谷図書館ロビーの展示風景

市ケ谷図書館ロビーの展示風景