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Vol.77 3本の「学問の木」

2015年01月15日

本学小金井キャンパスの中庭に3本の「学問の木」があります。2012年3月、小金井キャンパス整備の一環として中庭が竣工した際に植えられたもので、長田敏行生命科学部応用植物学科教授の発案・尽力により、東京大学附属小石川植物園から入手することができました。

メンデルのブドウ

メンデルのブドウ

メンデルのブドウ

メンデルは遺伝学の創始者で、エンドウの交配実験から遺伝法則を発見したことで知られます。彼の偉業が認められるようになったのは1900年の再発見以降で、生存中のメンデルは、現在のチェコ・ブルノアウグスチヌス派の修道院長であり、むしろ動植物の品種改良、気象学への貢献で知られていました。実用的育種の一環としてブドウの交配実験を行い、修道院の庭にはブドウが植えられていました。1913年に東京帝国大学理学部の三好学教授がブルノを訪れた際にそのブドウを所望し、翌年、ブドウの苗がシベリア鉄道経由で送られ、東京大学附属小石川植物園に植えられたのです。

第二次世界大戦後、チェコスロバキアが社会主義圏に属したことで、修道院は閉鎖、メンデル遺伝学に基づく正統的遺伝学が否定されたことで、メンデルブドウも失われてしまいました。その後、ベルリンの壁崩壊をきっかけに民主化がもたらされると、メンデルブドウが日本に残っていることを知ったブルノの人々から、ブドウの里帰りを希望する声が上がり、株分けしたメンデルブドウが送り返されました。里帰りしたブドウは、現在、ブルノのメンデル農林大学の植物園で無事成育しています。

ニュートンのリンゴ

ニュートンのリンゴ

ニュートンのリンゴ

古典物理学の巨人、ニュートン。彼は1665年から2年間、イギリス・ケンブリッジでペストがまん延したためリンカーンシャー州ウールスソープの実家に退避していました。この間、それまでの実験的成果をもとに思索を深め、三大発見がまとめられ発表されたので、この時期は驚異の年と呼ばれています。その実家の庭にあったリンゴのクローンの子孫がニュートンのリンゴです。1964年にイギリス物理工学研究所サザーランド卿から、当時の日本学士院長柴田雄次博士に送られてきたものです。

ニュートンは落ちるリンゴを見て万有引力を思いついたというのは後の人が言ったことで、その点は割り引いて考える必要がありますが、このリンゴは三大発見の目撃者であるという点で重要です。また、他の現代的な品種改良の過程を経ていない、原種に近いリンゴである点も貴重です。

楷の木

楷の木

楷(かい)の木

楷の木は、儒教の創始者孔子の生地・曲阜(きょくふ)にある孔子一族の墓所・孔林に植えられた樹木の一つで、孔子の没後にこの地で喪に服した子貢によって植えられたため、最も著名な木となっています。

このような由来から、大正時代に楷の木の種子が導入され、湯島の聖堂、岡山県の閑しずたに谷学校、栃木県足利学校などに植えられ、大きく育っています。

ブドウが生命科学の、リンゴは物理化学の象徴であるのに対して、楷の木は、より広い学問分野を代表していると言うことができます。

(初出:広報誌『法政』2014年度11月号)